第876話 欲しかった情報ですが何か?
リューのいるクレストリア王国に侵攻してきて、一部の領地を奪ったアハネス帝国の新領地では、現在、内乱が起きていた。
帝国に反発する勢力が、抵抗を繰り広げているのだ。
帝国は占領当初から、この事は当然、想定済みだった。
その為、帝国法を説いた看板を占領地の至る所に立て、守らない者には厳罰を徹底する。
新たな国境線は厳重な警戒を行う事で、外部との接触を断ち、新領地へ帝国民の入植を進めるなど、早い帝国化を図っていた。
しかし、どこからともなく訓練された武装兵が出没し、ゲリラ的に領地内の帝国軍食糧庫を襲うようになった。
各地で同時多発的に行われていた事も後日発覚し、これが組織的である事は、帝国だけでなく、占領地の領民達も理解した。
帝国内から新領地に食糧他、装備品から消耗品まで輸送されていたが、それも、どこで調べ上げたのか、手薄なところを狙って襲撃される。
これにより、新領地の帝国軍は、現地調達を強いられる事となった。
現地の商人達は、商売人らしく帝国軍の足元を見て、必要物資の値を釣り上げた。
これは、需要と供給の関係上、仕方がない事でもあったが、帝国は、これを嫌がらせ、もしくは内乱を起こしている『敵』に与する反逆行為とみなした。
占領地の司令官は、値を釣り上げた商人達の逮捕命令を下し、各地に部隊を派遣。
しかし、各地でその部隊がゲリラ兵に襲撃を受け、撃退される事案が起きた。
これには、捕縛される予定だった商人達は、いろんな意味で驚いた。
謎のゲリラ部隊が自分達を助けてくれた事もだが、帝国の商人に対する対応にもだ。
そこで商人達は、帝国に掴まらないように雲隠れした。
ちなみに、商人達を救ったゲリラ部隊はリューの息のかかった者達である。
中心にいたのは、東部国境の帝国領になった街レドライで、クレストリア王国に忠誠を誓い、地下で抵抗を続ける組織、『レドライ防衛戦線』だった。
リューが一度、助ける機会があった組織で、命名もリュー自身が行った。
今は、リューの部下が潜入して、『レドライ防衛戦線』に、戦略戦術訓練の指導と物資の支援等を行っている。
背後には当然ながら、クレストリア王国がおり、資金も出してくれているのでリューの懐は痛まない。
さらに、旧東部国境の商人達も、『レドライ防衛戦線』の活動資金をねん出し、彼らの人脈を駆使して、活動範囲が飛躍的に増しつつある。
リューの計算では、ここまですぐに拡大するとは思っていなかった。
だが、王国と帝国とでは、文化があまりに違う事が、一因なのは確かだ。
領民にとって王国時代は、比較的自由があった。
領地間の移動も、統制されていなかったし、娯楽も許されていたのだ。
だから、領主達が王国を裏切り、帝国側に寝返った時は、もっと生活が良くなると思っていた。
領主もそう言っていたからだ。
しかし、現実は、私財の所有を制限し、食糧や消耗品は配給制、娯楽も制限され質素倹約を求められた。
食糧生産の為、農家に転身する事を強いられた者も多い。
自由は無くなり、移動もままならなくなった。
そして、ようやく、領民達は自分達が騙されたのだと気づいたのである。
だが、抵抗するには、力がいる。
彼らにはそれが無かったから、絶望するしかなかったのだが、そこに、戦う意思を示したのが、抵抗組織『レドライ防衛戦線』だった。
領民達には、これが希望の光になったのは、言うまでもない。
帝国に義理も無いから、誰もが『レドライ防衛戦線』に期待し、協力を申し出た。
その勢いが、ここ半月余りで、爆発的な速度で増しているのだった。
「……報告でざっくりとは聞いていたけど、ここまで、大きくなっていたのか……」
部下から渡された資料の内容に、リューも驚きを隠せない。
「文化の違いは大きいわね」
後ろで覗き込むように資料を見ていたリーンが、感想を漏らした。
リューもこの的確な指摘に頷くしかない。
前世の世界でも、某国家主義的な文化に、民主的な文化が入った結果、あっという間に、国が崩壊しかけたなんて事を聞いた事があった。
厳しい生活を強いられ続けたところに、楽しい生活という選択肢を与えられれば、誰もが楽しい生活を選ぶのは当然だろう。
逆に、楽しい生活を奪われ、厳しい生活と規則を強いられたら、反感を持つのは当然である。
旧東部の領民達も、まさにその状況だった。
「領民達の反感は想像以上に大きいみたいだね」
リューは嬉しい誤算を口にする。
だがこれは、リューの計画が順調に進んでいる事を意味した。
クレストリア王家や国の重鎮達も、旧東部領地を奪い返すつもりでいる。
ただ、戦争での損失も大きいから、すぐには軍を動かせない。
今は体力を回復しつつ、帝国に謀略で損失を与えるという段階だった。
それも、リューと地元の抵抗組織『レドライ防衛戦線』の働きもあり、かなり早いテンポで、進行しているのだった。
リューは旧東部領地での活動報告に満足していたが、帝国内の情報収集活動については、さらに満足する事となった。
それは、リューが情報網作りを始めた当初から、部下に命じて探させていた人物が見つかったからである。
その人物とは、戦争時、スゴエラ侯爵を総指揮官とする南東部貴族連合軍(ランドマーク家も所属)を散々苦しめた帝国軍指揮官、ヤン・ソーゴス将軍の事だった。
いや、今は、元将軍と呼んだ方がいいだろう。
当時の将軍は、戦時中、南東部貴族連合軍を、かなり苦しめた若手の天才的な将軍だったが、リューや祖父のカミーザ率いる軍が後背を荒らし、補給線に打撃を与えるなどして、援軍を断って苦しめた。
その為、帝国軍は戦線の維持が難しくなる。
本軍の撤退もあり、名将として名高いスゴエラ侯爵や、父ファーザ達率いる軍の反撃に遭い、彼も撤退を余儀なくされたが、その時、帝国軍は大打撃を受けた。
ヤン・ソーゴス将軍は、厳しい追撃の中、よく戦った方だろう。
命からがら、帝国本土に逃げ帰ったが、ヤン・ソーゴス将軍は、敗戦の責を問われ、その地位を追われる事となった。
当初、ヤン・ソーゴスの個人情報は国で秘匿されていたので、どこに飛ばされたのかわからなかった。
だが、優秀な部下達が帝国内に情報網を短期間で作り、ヤン・ソーゴスの居場所を見つけてきてくれたのだった。
「ヤン・ソーゴスの居場所は……、帝国南部の開拓村? 元将軍なのに、なんだか酷い扱いだね」
リューは、父やスゴエラ侯爵を相手に互角以上の戦いを見せた若き才能を、とても評価していたから、驚くしかなかった。
「はい、こちらで得た情報では、その才能を皇帝に見いだされて、あっという間に将軍まで出世しましたが、周囲からの反感も沢山買っていたようです。一番の被害を出した彼が、敗戦の全責任を背負わされた格好ですね。元々平民上がりという事もあり、貴族武官が圧倒的に多い帝国軍なので、皇帝も使い捨てと判断したのか、庇わなかったようです」
部下が報告内容について、詳しく説明する。
「……可哀想な末路だけど、こちらにしたら願ったり叶ったり、だね。──リーン、スード君、次はヤン・ソーゴスがいる南部の開拓村へ勧誘に向かうよ!」
「「了解!」」
リューは張り切り、リーンとスードは、その行動力にも慣れた様子で、躊躇する事無く返事するのだった。




