第871話 進展しますが何か?
バシャドーの街、城館内のとある寝室。
「シルバさん! 無事でしたか!」
「シルバ殿、生きておられてよかった……」
「旦那、よく生きていたな! はははっ!」
アキナ・イマモリー、エンジ・ガーディー、ケンガ・スジドーの三人は、リューの計らいで、療養中のシルバと再会を喜んだ。
「三人とも、元気そうだな……。──一時は、死を覚悟したのだが、なんとか生き延びる事ができたよ」
シルバは、初めて笑顔を見せた。
三人は心が許せる人物だという事だろう。
「領主様、この度は我らの大切な方を助けて頂き、ありがとうございます」
エンジ・ガーディーが仲間を代表して、リューに頭を下げた。
アキナ・イマモリーとケンガ・スジドーも慌てて続く。
シルバも三人と会えた事で、リューが信用していい相手のようだと判断したのか、寝台のうえで、頭を下げた。
「シルバさんは、見取り図にも載っていない隠し地下牢に幽閉されていたので、偶然でしたが、助けられて良かったです」
リューはシルバの笑顔が見れて安心した。
地下牢から助け出してからのシルバは、安堵した様子が見られなかったのだ。
如何に、緊張状態が続いていたかわかるというものだった。
「なんとお礼をしたらいいのか……。領主様は何か望みがありますか?」
エンジ・ガーディーは、リューが金銭や酒、女を与えて満足するような人物ではない事は、薄々理解していたので、率直に聞く事にした。
「望みですか? うーん……、当然ながら、みなさんにはこれからも、この街の為に尽力してもらいたいと思っています。ただ、その為には悪意ある勢力を跳ね除ける力が必要です。僕も領主として最大限、力を尽くしますが、他の方法も考える必要があると考えています」
リューの言葉に、シルバ達は黙って耳を傾けた。
それが、実際に痛感している事だったからだ。
「当然ながら、この街は、領主である僕が治めなくてはいけない事なので、僕の統治するもう一つの街から、人材を呼び寄せたいと思っています。そちらと協力してもらってもよろしいですか?」
「領主様の判断なら、我々も文句は言えません」
エンジ・ガーディーが、リューの提案に難色を示す事無く、同意した。
これには、リューも内心安堵する。
同意なく、最初から余所者の部下を呼び寄せていたら、反感を買っていた可能性は高かっただろう事は予想できていた。
それが協力的な姿勢になったのは、かなりの前進と言っていいだろう。
「あとは、裏社会についてですが……」
「そちらは領主様も専門外でしょうから、俺達がなんとかしたいと思っています」
ケンガ・スジドーが、リューに恥をかかせないよう、先回りして答えた。
「いえ、そちらにも僕から提案があります」
「「「提案?」」」
シルバ達は、少年領主が何を言い出すのか想像ができず、首を傾げる。
「ええ。外部の良心的な勢力との協力関係、もしくは同盟などを検討して頂けますか?」
「良心的な勢力との協力関係……、ですか? それは我々も考えました。ただ、一番交流がある勢力に『聖銀狼会』という西部地方裏社会の勢力がありますが、王都進出の野望を掲げる武闘派組織なので、あまり良心的とは言えません。そもそも、裏社会において、良心的な組織は存在しないかと……。まあ、同一の敵を相手にするにあたって、同盟を結ぶのは可能かもしれませんが、どこまで当てにしていいものか……」
エンジ・ガーディーは、裏社会における信用というものが、無いに等しい事をよく理解していた。
だから、リューの良心的な勢力という言葉は、裏社会を知らない素人の意見に聞こえていた。
「……エンジ。王都で有名な『竜星組』はどうだろう? 幽閉されていたこの数か月でどう変化したかはわからないが、当時の噂で聞く限り、他の組織とは毛色が違うように感じたのだが……」
シルバが選択肢の一つを提案した。
「『竜星組』ですか……? この街にも小さい事務所を設けていますが、うちとの接点はほぼゼロです。これから、関係を構築するにしても時間がかかり過ぎます。あちらも、うちの事はほとんど把握していないはずですし。間を取り持ってくれる共通の有力な人物がいれば話は変わってくるのでしょうが……」
エンジ・ガーディーが、リーダー的存在であるシルバの提案に頭を悩ませた。
「ちょうどよかった。『竜星組』は信用できますよ? 僕が保証します」
「「「えっ?」」」
まさか少年貴族であるリューの口から、保証という言葉が出てくるとは思っていなかったから、シルバ達は思わず、驚きの声を上げた。
「領主様、相手は王都最大勢力にして、先程話した『聖銀狼会』の王都進出を阻んだ武闘派組織ですよ? 最近では『屍黒』という組織も潰したと聞き及んでいます。そのようなところと繋がりがあるのですか?」
アキナ・イマモリーがみんなを代表して確認を取る。
「(僕の組織だけど)ええ、よく知っています。王都でも有名な任侠組織として、民衆からの支持も厚いので信用できますよ。何なら(僕と)交渉しますか?」
リューの言葉に、シルバ達は目を見合わせた。
「……失礼ですが、領主様は、なぜ、『竜星組』と関係をお持ちなのでしょうか?」
エンジ・ガーディーは、バシャドー裏社会のボスとして、組織はどこも似たり寄ったりという意識があった。
だから、リューが好少年貴族に見えたから、『竜星組』の使い走りとして利用されている可能性を危惧した。
「そうですね……。近いところだと、王都の復興に際し、焼け出された王都民の支援を協力して行っている事や、国を裏切り帝国に与した貴族の処罰について、僕が間に入り、力を尽くしてもらった事もあります。これ以上は、国家機密なので話せませんが」
リューはまさか自分が組長ですよ、とは言えないので、間違ってはいない事実を話した。
これなら、エンジ・ガーディーの特殊な目でもってしても、魔力の揺らぎで判断する事は不可能だろう。
「(嘘は吐いていないようだ……)なるほど……。戦時に、国に協力して活躍したというのは聞いていましたが、そこに領主様も関わっておられましたか……。少し、みんなで話し合いをさせてもらってよろしいでしょうか?」
エンジ・ガーディーは、シルバ達と内々で意見を交わしたいようだ。
「わかりました。それでは席を外しますね」
リューは、笑顔で頷くと、リーンとスードを連れて、寝室から出ていくのだった。
「あの領主様の仲介なら、信用していいんじゃないかしら?」
アキナ・イマモリーが、第一声を口にした。
「なんだ、アキナ。偉く肩入れするじゃないか」
ケンガ・スジドーが、茶々を入れる。
「私は商業統括担当官として、下で働いているから、みんなより、人となりを理解しているのよ」
アキナ・イマモリーはムキになる事無く、サラッと答えた。
「だが、話は裏社会の事だ。領主様が信用できても、『竜星組』がどこまで信用できるかはわからないぞ」
エンジ・ガーディーが慎重さを見せた。
「……それなら、『聖銀狼会』も交えて三組織同盟を結んだらどうだ?」
シルバが、みんなの意見を聞いて、折衷案を提案した。
「三組織同盟……。──なるほど、裏切りがあっても牽制できるようにですか」
エンジ・ガーディーが感心した様子を見せる。
「ならば、そこに『死星一家』も入れてくれ。あそこの幹部のゴーザは信用できるからな。それに、領主様も信用できるぜ。この街の為に、ブチギレてくれたお人だからな。あの目に嘘はないと思う」
ケンガ・スジドーも修正を提案した。
シルバは牢屋に繋がれていたので『死星一家』を知らなかったが、説明を聞いて納得した。
「ケンガが信用できると言うなら、大丈夫だろう。だが慎重を期して、四組織同盟を領主様に提案するのは良いと思う」
シルバは体力が回復しきれていないので、少し疲れた様子だった。
「それでは、領主様にそう伝えましょう。──シルバ殿、今日はもう休んでください」
エンジ・ガーディーはシルバの魔力の揺らぎから疲れているのに気づいた。
その間に、アキナ・イマモリーが席を外してもらったリューを呼びに行くのだった。




