第768話 組織に潜入ですが何か?
クレストリア王国において伝説であり、お伽噺の存在とされている組織の中の一つに暗殺ギルドがある。
リューも最近までは実在するとは思っていなかったうちの一つであるが、元暗殺者のアーサに教えてもらいその存在を知る事になった。
王都の縄張りを外部の組織から守る為、手を結んで協力し合った過去もある。
だが、暗殺ギルドは基本、闇から闇に移動し、その存在をひた隠しにしてきた長い歴史があるだけに、拠点やその規模など謎が多い。
だが、リューは接点ができた時から、この暗殺ギルドについてアーサに調べさせていた。
やはり、蛇の道は蛇という事で、アーサはその期待に応え、見事、暗殺ギルドの拠点を発見してくれていたのである。
そして、現在、リュー達は『次元回廊』で王都に移動し、アーサの他の部下と合流してから、その案内で全員仮面を付け、王都の地下に張り巡らせれている下水道の中を進んでいた。
アーサの部下は全員で十五名。
全員《《副業》》が殺し屋であり、リューとアーサによってスカウトされた者や、元から『竜星組』にいた殺し屋に、アーサの下で腕を磨いた者などで構成されている。
本職は全員、別にあり、それを普段こなしたうえで、必要な時には副業をこなすという決まりがあった。
これらの規則はアーサが決めている。
アーサ自身はリューのメイドとして普段仕事をしている事から、何か考えるところがあったようで、メイドの部下ダブラを育てたついでに、ミナトミュラー家の暗部として殺し屋部門を担当する事になったのであった。
その殺し屋達も普段は一般人として働き、その間で暗殺ギルドについて調べていたようで、同業者にしかわからない感覚でその拠点の場所に目星を付けて探し、ついに見つけたのである。
それが、下水道であったのだ。
王都の下水道は、新しいものから古いもの、すでに使用を中止し廃棄されたものなど入り組んでいて、その歴史も長い。
建国から数百年であるが、リューも詳しい事はあまり知らない。
王都は元々、旧地下迷宮跡地に作られたとも言われているが、これも定かではない。
だが、当時から王都の地下は下水道がしっかり作られていたというから、元となるものが最初からあったのではないかと言われていた。
その入り組んだ地下の下水道を全て把握する者はいないから、古い歴史を持つ暗殺ギルドが拠点として使用していたとしてもおかしい話ではない。
「……下水道のはずだけど、途中から水が綺麗になっているよね? それに、大分深く地下に降りてきた気がするのだけど?」
リューは自分達を先導するアーサの部下に、聞く。
「この辺りはもう本来の下水道を抜け、上下水道管理局の地図にも載っていないところまで潜っています」
アーサの部下はリューの疑問にそつなく答えるのであったが、その視線は地下通路の先に向けられている。
「我々も下手にここまで潜るのは避けています。いつどこで暗殺ギルドの構成員とバッタリ出会うかわからないので……」
アーサの部下がそう答えると、先行して進んでいた部下が戻ってきた。
「拠点に連中が集まっているようです。出入り口に見張りは一人だけ。拠点に入っていった数を考えると二十人はいるかと……」
部下の一人がアーサにそう伝える。
アーサは黙って頷くと、
「という事らしいよ、若様。見張りはボクが殺ろうか?」
とリューに小声で提案する。
「それじゃあ、静かにお願い」
「うん」
アーサはリューにお願いされると嬉しそうに、拠点の出入り口まで走っていく。
だが、その足音は聞こえないので、妙な感覚になる。
リュー達は足音を立てないように、靴に布を巻きつけて音を殺しているのだが、アーサはそんな様子はないので、やはり、職業柄身についている、という事だろう。
リュー達がアーサの後を追って進み、角を曲がるとすでに見張りは倒れていた。
どうやら一瞬でアーサによって倒されたらしい。
その手口はわからないが、角から出入り口までの距離を考えると飛び道具を使用したのだろうが、何を使ったのかはわからなかった。
リューはマジック収納でその見張りの死体を回収して進む。
先頭はアーサの部下四名が進み、その後にアーサ、リュー、リーン、イバル、スードに、残りの部下達が続く。
奥に進むと、明るくて広い空間が見えてきた。
そこは訓練場になっているのか、投げナイフや弓矢、吹き矢に、見た事がない武器での訓練などが黙々と行われている。
リューはそこに、アーサ達を率いて堂々と入っていく。
暗殺ギルドの構成員達は最初、ここに侵入者がくるとは全く思っていないのか、リュー達仮面の集団を見ても、同僚だと思ったのか、一瞥したら練習に戻る者がほとんどであった。
リュー達に不審を感じた者も、全員が全ての同僚を把握していないのか、首を傾げるだけでスルーする。
リュー達はその広場のような場所を通り過ぎて奥に入っていく。
そこでようやく、大きな扉の前にいた見張りが、リュー達を止めた。
「地方遠征組の者達か? 会長への任務完了報告は、一人が原則だ。代表者以外は待機室に移動してくれ」
リュー達を同僚だと思ったのか、見張りはそう言うと、大扉手前にある扉を指差す。
その時である。
リューが指示する事もなく、リーンとアーサが一瞬で見張り二人に迫り、一滴の血も流す事無く見張り二人をそれぞれの手段で仕留めていた。
リーンは、相手の口を左手で塞ぎながら、腹部を右で強打して失神させ、アーサは見張りの首を両手で打ち据えるようにして気絶させたのだ。
見張り二人は、二人に抱き留められると、縛り上げられて待機室に押し込められる。
リューはそれを待ってから、大扉をノックした。
「何者だ?」
大扉の奥から低いが冷静で鋭い声がする。
どうやら、大扉を開けるには、何か合図があったようだ。
だが、リューはお構いなしに、マジック収納から専用ドス『異世雷光』を取り出すと、大扉の継ぎ目を一閃する。
すると、鍵と閂が両断され、大扉はイバルとスードが素早く押して開く。
そこには、また、大きな空間が開けており、その室内の先に長い机とそれを囲む椅子、その奥にただならぬ雰囲気を醸し出す、老人が座っている。
「何者だ? ここがどこの組織か知っての狼藉か?」
手前に立っていた巨体の男が、室内に入ってくるリュー達に立ちはだかるように再度、静かに問い質す。
「うちの部下が世話になったので、お礼参りさ」
リューは仮面越しにそう答えると、奥の老人に鋭い視線を向けるのであった。




