第589話 無事生還しましたが何か?
土色のドラゴンは一帯を消し飛ばしてしまった。
周囲はその威力に森はえぐれて地面がむき出しになり、土煙が舞う。
土色のドラゴンはその土煙の中に翼を羽ばたかせながら降りていく。
そして、その翼が巻き起こす風で一帯の土煙が晴れていった。
そこにはボロボロになった一枚の鉄の防壁とその陰にいたリューとリーンが立っている。
そのリューの手には、自慢のドス『異世雷光』が抜き放たれ、すでに魔力を込めているのかバチバチとドスと右腕には雷属性を帯びていた。
リーンは風魔法詠唱状態にある。
そして、リーンが魔法を詠唱し終わり、それをリューの背中に向けて発動した。
「『突風』!」
リューはそのタイミングに合わせるように、土色のドラゴンに向かってジャンプする。
リーンの風魔法はそのリューを押し出すように強い風を生み出した。
リューは自身の全速力とリーンの魔法により生み出された推進力で超高速移動を実現する。
土色のドラゴンは、常軌を逸したその速度に、不意を突かれた形になった。
リューは、一瞬で距離を詰め、土色のドラゴン頭上まで飛翔すると、
「『雷神斬』!」
と技名を唱えて逆手に握った『異世雷光』で斬りつける。
その瞬間、『異世雷光』から雷撃が土色のドラゴンの頭から胴体にかけて走り抜けていく。
「グァー!」
土色のドラゴンは、長い間、他者によって傷を負う事もなかったのだろう。
久方ぶりの頭への強烈な痛みに思わず声を上げた。
「やったの!?」
リーンがリューの渾身の一撃に期待する。
だが、その期待に反し、リューは手応えをあまり感じていなかった。
「くっ、これでも浅いのか!」
その言葉からいつもの余裕は感じられない。
リューは一旦、地面に降りると、飛び退ってリーンの近くまで移動する。
そして、二人は次の敵の攻撃に備えようとした。
だが、土色のドラゴンは反応しない。
いや、完全に停止したようにも見える。
「「?」」
リューとリーンは、次、同じ攻撃をされたら厳しいと考えていたところであったから、これには少し気を削がれた。
そこに、祖父カミーザがランドマーク領兵隊長のスーゴと加勢に加わる為二人の傍に現れる。
「二人とも大丈夫か!? ──まさか生きてる間に上位級のドラゴンに会えるとは思わなんだ……」
祖父カミーザはそう言うと、リューとリーンを庇うように前に出て剣を抜く。
「……リュー坊ちゃん、喧嘩を売る相手を間違えてますよ?」
領兵隊長スーゴは冷や汗をかきながら、リューに冗談を言ってみせた。
「おじいちゃん! まだ、大丈夫だけど、次が来たらどうなるか……。──僕もこんな喧嘩買いたくなかったけどね? あはは……」
リューはいつもなら心強い援軍の登場だが、敵が強大過ぎる為、領兵隊長スーゴの軽口にも気の利いたセリフも言えずに苦笑する。
その時であった。
「『せっかくの日向ぼっこを邪魔されたから、頭にきて地上に出てみれば、面白い事になったな……。ふむ……。昔の生まれて間もない頃ならいざ知らず、今の儂に傷を負わせる者がいようとは、やるではないか。それに新たに現れた二人もなかなか強いようだ』」
という重々しいずっしりとした声がリュー達の脳内に響いた。
どうやら、土色のドラゴンから思念が送られてきているようだ。
「うぉ、脳内に声が響く!?」
スーゴが驚いて思わず、声に出す。
「ドラゴンさん、日向ぼっこを邪魔したのは謝ります。すみませんでした!」
リューは土色のドラゴンの思念に交渉の余地があるとわかって、すぐに謝罪する。
余計な喧嘩はしないのが、リューの身上だ。
それに、相手が悪すぎる。
ここで、戦いを続ければ、こちらに死人が出るのは明白だったし、何より生徒達に犠牲が出る可能性がかなり高い。
それくらいこの土色のドラゴンは危険だとリューは本能で感じていた。
「『ほう、素直に謝るか……。人の割には、利口なようだ。──昔、儂に嘘を吐いた者はその国と共に滅びたものだがな』」
リュー達がギョッとするような事を土色のドラゴンは平気な口調で言う。
そして、続けた。
「『幾年ぶりに傷を負う痛みを知る事が出来たのは新鮮だった。今回の事は大目に見てやっていい。それに、この儂の鱗に傷を入れたそこのエルフも見事であった。褒美を与えたいくらいだな、はははっ! ──それにしてもこの森に人が入ってくるようになるとは、時代も変わったようだ』」
土色のドラゴンは愉快そうにリュー達を評価すると、時代の変化に驚いている様子であった。
「ドラゴンさん、良ければお名前を聞かせてもらってもいいですか? 僕の名前はリューといいます。こちらは、リーンに祖父のカミーザ。そして領兵隊長のスーゴです」
リューは話が分かる相手だとわかって、距離を詰める事にした。
懐に飛び込む事で、危険を回避しようという狙いだ。
「『小さき者、小賢しい考えはしない事だ。儂には通じんぞ? だが、名前を問われるのも久方ぶりだ……。──いいだろう、よく聞け。儂は皇帝竜の一種、黄龍フォレスだ』」
「「「黄龍フォレス……」」」
リュー達は初めて聞く名前に視線を交わして誰か知っているか確認する。
だが、祖父カミーザも知らないらしく、首を傾げた。
「『……ふむ、知らんか。月日の流れは無情なものだ……。古では儂が動けばそれだけで国が騒ぎ、戦争が起きるほど影響力を持っていたのだがな。……やはり、あの時、周辺国を滅ぼしたのは良くなかったか……。あれで儂を知る者がいなくなったのかもしれん』」
黄龍フォレスはまた、怖い事を軽く独り言ちる。
「黄龍フォレス殿。儂はこの魔境の森で好きにやらせてもらっている者なのだが、今後もこの地で活動してもいいかの?」
祖父カミーザはどうやら、この魔境の森がこの黄龍フォレスの縄張りみたいだと判断し、許可を取った方がよいと思ったようで、軽い感じで聞いた。
「『この地は今、魔境の森と呼ばれているのか? ……なるほど、言い得て妙だな。別にそれは構わんぞ。この大森林は広大だからな。儂は好きに移動して好きな場所で寝ているから問題ない。それに、お前達を鑑定する限り、いらぬ手出しをする愚か者でもないようだ。それに小さき者、リューよ。お前は面白いな。実に面白い。生い立ちからここまでの人生を軽く見せてもらったが、楽しい事をやっている』」
黄龍フォレスはリューの心を読んだのか、意味ありげに言う。
そして続ける。
「『……ランドマーク領とその地を治める家族と領民。それがお前の守りたいものか。儂に久方ぶりに傷を負わせた報酬だ。儂が記憶に留めている間は、加護を与えてやろう。ありがたく思うがいい』」
黄龍フォレスはそう言うと、その頭上に光を浮かべ、それをランドマーク領の方に飛ばすのであった。
「えっと……、ありがとうございます?」
リュー達は、この偉大と思われる黄龍フォレスに加護される事になったらしい展開に疑問符を浮かべながら感謝する。
「『それでは、儂はもう行こう。お主達の同族も騒ぎ始めたしな』」
黄龍フォレスはそう言うと、次の瞬間、その場から一瞬で姿を消すのであった。
「き、消えた!? いや、瞬間移動か何か……、かな?」
リューは黄龍フォレスの大きな巨体が一瞬で消えたので驚くのであったが、無事自分達が生還できたらしい事をここでようやく知り、その場にリーンと共に座り込むのであった。




