第585話 合宿二日目ですが何か?
王立学園生徒達のみならず、護衛の近衛騎士、王国騎士の精鋭達をも恐怖のどん底に突き落とした一夜は、やはり強烈な印象をみんなに与えたのか、翌日からの活動では前日までの遠足気分の雰囲気は完全に無くなっていた。
それはそうだろう。
一番頼りにしていた護衛の騎士達でも太刀打ちできない魔物が沢山いる森である事をわからせられたのだ、当然である。
そして、今や頼みの綱であるランドマーク領兵隊は、生徒達の視界に入らないように護衛していたので、気配を感じられない者達にとっては、本当に守られているのかといちいち心配になるのであった。
だが、初日で食料を確保できなかったクラス、もしくは班もいたので彼らは怯えながら魔境の森を探索せざるを得ない。
「魔物が出ても、急に逃げ出すなよ……? 班の仲間にまずは知らせて集団で固まり、少しずつ後退する。それが、一番安全なんだからな」
食料を得られていない班のリーダーは、ランドマーク側から渡された注意事項の紙を大切に胸ポケットにしまいながら、班のみんなに注意する。
「う、うん……。──今、あそこの茂み動かなかったか!?」
「ど、どこ!?」
「お、落ち着け……! ただの風だよ!」
こういった感じで、生徒達は最大級の警戒心でもって二日目以降の魔境の森サバイバル合宿に臨んでいた。
だが、実際のところ、リズ王女の指摘で『魔境の森』でのサバイバル合宿ではなく、通常の森でのサバイバルを目的とした合宿であるという事を理解したので、すでにランドマーク領兵達によって、強力な魔物除けが使用され、大型で強力な魔物は事前に近づけないように対策を行っており、心配は無用であった。
と言ってもそれを知っているのは、クハイ伯爵を含めた上層部と教師陣、生徒会役員のリュー達だけであったが、緊張感を持たせる為には、このままで良いだろうという事で、秘密にされている。
それは一般の近衛騎士や王国騎士団の精鋭達も同じで、仲間が多数負傷して以降、その護衛も命がけの心構えで任務についてた。
中には初日の夜に魔物襲撃の折に命を救ってくれたランドマーク領兵に食事休憩を利用して教えを乞う者もいたくらいだから、いい刺激にはなっていたのかもしれない。
ちなみに初日の夜の負傷者はすでにランドマーク側が用意していた特別ポーション(ハンナ製)で回復済みである。
「みんないい緊張感の下、サバイバルができているみたいだね」
リューはみんなの必死な表情で一週間を乗り切ろうとしている姿に、感心した。
「みんな魔境の森が伊達じゃないという事を夜に痛感したからな。護衛の近衛騎士、王国騎士もどこまで当てになるかわからないとなったら、みんな生き残る為に必死にもなるさ」
同じ班のイバルがリューに指摘する。
「そうなんだけどね? ──まぁ、特別製の魔物除けを使ってるって言っても、下級の魔物には効果がないから、どちらにせよ危険なのは変わらないし、今の緊張感は維持してほしいかな」
リューはしれっと驚く情報を口にした。
「え? 全部の魔物が寄ってこないわけじゃないのか?」
イバルは初耳とばかりに聞く。
「うん。そんな都合のいい魔物除けアイテムではないからね。今、ランドマーク領兵がこの野営地周辺で使用している魔物除けはあくまでも上級魔物を遠ざけるもの。昨晩の『竜もどき』レベル相手だよ。オーガレベルはギリギリ出ると思うよ?」
「オーガレベルは、王国騎士が複数がかりでも油断できない危険な相手だぞ?」
イバルがこの有能な上司の感覚が麻痺している事を暗に指摘する。
「え? そう? あ、でも、確かに僕とリーンも一時期苦戦していたから、そうなるのか……。でも、下級以下の魔物除けって、一部の上級魔物を刺激する場合があるからおじいちゃんに要相談かな」
リューがそう応じていると、森の奥で爆発音が響き、空に一筋の煙が上がる。
「リュー、カミーザおじさんが、魔法を使用したみたい」
傍で黙っていたリーンが、その特徴的な耳をピクリと動かして知らせる。
「早速、オーガの群れが来たのかな?」
リューは祖父カミーザが不用意に魔法を使わない事は知っているから、それを使用させる相手とは、日中に活動し、魔法耐性が低いオーガ辺りだろうと想像したのだ。
「そうみたい。領兵隊のみんなが、『オーガの群れが出現』って言ってるわ」
得意の『索敵』能力や優秀な耳を利用してリーンは大事な情報を聞き逃さず、リューに知らせる。
リーンの知らせと共に、また、森に数度の爆発音と煙の筋が空に何本も立ち込めた。
近くの生徒達はその光景を目撃して茫然となっていたが、昨日の今日である。
魔境の森での注意事項通り、みんな一つに固まると、集団でゆっくり背後に後退してその場から退避するのであった。
こうして、サバイバル合宿は二日目も朝から落ち着く事なく生徒達に緊張感を強い続けるのであった。
そんなその日のお昼。
野営地の中央に生徒達が集められ、サバイバル合宿の恒例行事が、計画通り行われようとしていた。
それは、『死の行進』である。
表現は大袈裟になっているが、各班に地図を渡し、印を付けてある目的地に辿り着くのが目標だ。
これは地図を正しく理解し、目的地までの道とそれまでの食糧の確保、さらには肉体・精神面の強化を図るというのが目的だが、今回は『魔境の森』という事で、本当の意味で『死の行進』になりそうでもあった。
「みなさんには、不眠不休で進んで目的地に到着してもらいます。班同士で協力してもいいですし、クラス単位で行動しても問題ありません。ただし、目的地到着は早い順にいい点数がもらえるので、最後は班単位の競争になるので注意してください。また、事故やトラブル以外で一人でも欠けると失格。目的地から遠く離れたり、護衛がこれ以上の行軍は危険と判断した場合も失格となります。みんなで助け合ってクリアを目指してください。また、前回のテストの合計点数で班のスタート時間は変わります。一番大きい点数の班は、一番最後にスタート、一番点数が低い班は最初にスタートします。いいですね?」
教師の責任者が、恒例行事の説明をする。
その話を聞く生徒達は全員真剣だ。
魔境の森がそうさせているのだろう。
そして、教師は続ける。
「明日の朝、明け方と共に開始します。今日の午後からは、それまでの食料や水の確保、長時間移動の為の準備を行ってください」
「「「はい!」」」
生徒全員が一斉に返事をする。
それからは、班単位でスタートする順番が読み上げられていく。
「──という事で最後のスタートは、旧特別クラス・ミナトミュラー班! 以上」
案の定、リュー達の班のスタートは最後であった。
学年上位のメンバー全員が揃っている班だから当然である。
「……最初にスタートする班と三時間も差があるね」
シズがスタート時間を聞いて、軽く驚く。
「死の行軍って言っても、移動距離は丸一日の距離だろ? 三時間も差があったら、勝てないよな、普通」
ランスが呆れてそう漏らす。
「まあ、目的地まで直線に向かえば、時間の短縮もできるんじゃない?」
リューが脳筋な発言をする。
「それが出来ないから地図を見て道を探すんだよ! ……リューは今回、静かにしていてくれ、リズがリーダーだしな」
ナジンが思わず、リューにツッコミを入れた。
それには、班のみんなも賛同とばかりに無言で頷くのであった。
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