第583話 初日の悲鳴ですが何か?
サバイバル合宿初日の夜。
この日は、慣れない魔境の森を徒歩での移動、テント設営や食料確保などでほとんどのクラスが疲れ切っていた。
中には食糧確保が出来ずにお腹を空かしていた班もあったし、意外に日中、魔物との遭遇がほとんどなかった事からこの森が安全だと油断して、早々に熟睡している班やクラスもあったくらいだ。
それに何より、護衛には王国が誇る近衛騎士団、王国騎士団もいたから、生徒達が安心してしまっても仕方がないのかもしれない。
しかし、ここは魔境の森である。
日中のゴブリンや魔犬などの弱い魔物達は鳴りを潜め、動き出すのは凶悪な存在ばかり。
それを想像できない近衛騎士団や王国騎士団は生徒達の野営地周辺を呑気に巡回していた。
中には日中に遭遇した魔物がゴブリンだけだった者もいたので、
「魔境の森は噂だけだな、はははっ!」
と同僚と笑いながら月明りのもと、お酒を回し飲みしている隊もあった。
「『四大絶地』というのも、大袈裟な表現だったな。せめてオークぐらいは出てきてほしいものだがな!」
「違いない! まあ、俺達王国騎士団の精鋭が隊を組んで巡回していると魔物も恐れて近づけないんだろう」
「昼間はランドマーク領兵隊が道案内のついでに魔境の森における注意事項を念押ししてきたから、少しビビったが、この分だとただのはったりだったな」
王国騎士の精鋭達は、そう言うと、魔境の森やそこで活動するランドマーク領兵隊を軽んじる言葉も飛び出てきた。
そして、注意事項の一つになっている煙草を王国騎士の一人が吸い始める。
「おいおい、領兵が煙草の臭いはこの魔境の森の魔物を呼び寄せるって言ってたじゃないか」
王国騎士の一人があまり注意する気もないように、ふざけて指摘し、自分もその吸いかけの煙草を受け取り、一息つく。
「はははっ。今さらここでゴブリンレベルに臭いが気づかれても、俺達にビビって姿も現しやしないって。──あ、俺にも煙草くれ」
他の王国騎士も、笑って答えると、煙草をもらって火を点け、吸い始める。
その時であった。
バキバキという明らかに木が倒れるような鈍い音が、森の奥から響いてくる。
「木でも倒れたか?」
「かもな!」
王国騎士達は、気楽にそう答えると、巡回を続けた。
しかし、しばらくするとその森の奥から木と何かが、這って擦れる音が迫っており、気配からも徐々にそれが伝わってきた。
「……何かこっちに近づいてきてないか?」
「……オークとか?」
「いや、もっとでかい何かだ……」
「でかいってどれくらいだよ? 例えば、噂に聞くトロールとかか?」
「……いや、もっとでかくないか、この音……。這って近づいてくる感じじゃないか?」
王国騎士の一人がそう告げた時であった。
月明りが、雲に遮られ、森に完全な暗闇がもたらされる。
王国騎士達のいる場所だけが魔法の『照明』で照らされていたが、次の瞬間、暗い木々の間から大人も丸呑みできるだろう、大きな蛇がその大きな口を開いて王国騎士に食らいついてきた。
「「「うわー!」」」
王国騎士達はとっさに木を盾にするようにその陰に身を投げて躱した。
大蛇はその動きに合わせて嚙みつこうとしたので、勢いでその間の木に噛みつく事になった。
するとその木がバキバキと砕ける。
そして、さらに「ジュッ!」という音と共に木の一部が溶けた。
「「「ひいっ!」」」
王国騎士達はそれだけで怯え、我先にとその場から逃げようとする。
だが、そこに大蛇の尾が、王国騎士の一人を跳ね飛ばした。
その王国騎士は、「ぎゃっ!」と短い声と共に、木に叩きつけられると気を失う。
他の騎士達は、さすがにその仲間を置いて逃げようとはせず、気を失った騎士を助けようと駆け寄るが、さらに大蛇の尾でまた、一人吹き飛ばす。
「くそっ! 俺が、時間を稼ぐ。二人を担いでキャンプ地に逃げ込み、他の騎士達に救援要請をしてく──」
勇気ある王国騎士が、剣を抜いて大蛇相手に立ちはだかって格好いいセリフを言うのだが、最後まで言えず、その騎士も大蛇の尾で吹き飛ばされた。
「「ひいっ! 逃げられない……!」」
残りの騎士達二人が、絶望の悲鳴を上げた時であった。
その二人の騎士に大蛇が、大きな口を開いて噛みつこうとした瞬間、その頭を横から勢いよく蹴り飛ばす影が現れた。
その影とはリューの祖父カミーザであった。
「やれやれ……。リュー達が近くに来てるから様子を見に来てみれば、誰だこんなところで煙草を吸った大馬鹿者は!」
祖父カミーザは、地面に落ちていた煙草の吸殻を拾って、残りの意識がある騎士二人を睨む。
騎士二人は、煙草の事などどうでもよく、蹴られた大蛇が後ろから祖父カミーザに噛みつこうしていたから、青ざめた表情でそれを指さして「「う、うしろ!」」と動揺している。
「聞いておるのか、お前ら! この魔境の森で煙草はご法度だと、うちの部下から説明を聞いておらんかったのか!」
カミーザは大蛇の事を無視して、二人の騎士を厳重に注意する。
大蛇はそんな隙だらけの祖父カミーザに後ろから噛みつこうと口を開いた。
すると、次の瞬間、どこからか駆け付けた領兵達四人がその大蛇の頭部に四方から剣を突き立て、一瞬で息の根を止める。
「「なっ!?」」
王国騎士二人は、その光景に唖然として固まった。
「……やれやれ。──お前達、この馬鹿どもを運んでくれ。どうやら、他の場所からも悲鳴が聞こえるしな」
祖父カミーザは、怒っても話を聞いていない王国騎士二人に呆れると、森の周辺から他にも叫び声や悲鳴が聞こえてきた事に気づいて、領兵の部下達にその場を任せてその場から移動するのであった。
「おい、リュー、起きろって! 周辺で悲鳴が立て続けに聞こえているぞ!」
ランスが一緒のテントで熟睡しているリューをゆすって起こそうとした。
「……うん……? ……あ、ランス? ……大丈夫だって、……こっちには魔物近づいてきていないから……」
リューは眠たそうに寝袋の中でそう応じる。
スードはすでに目を覚まして主であるリューの横で待機しているが、リューはなんでもなさそうだ。
「いや、でも、悲鳴が聞こえるって事は誰か襲われているって事だろう!?」
「うーん……。ランドマークの領兵隊は、学園の生徒に関しては、危険が迫れば助けに入るようになっているから、悲鳴を上げているのは、近衛騎士か王国騎士だと思うよ?」
リューは寝させてもらえないと思ったのか完全に起きると、そう答えた。
「リューの領兵隊への信頼感が半端ないな……」
同じく目を覚ましたナジンがツッコミを入れる。
「だって、今回の領兵隊っておじいちゃんが準備してくれた精鋭だよ? 大丈夫だって。まあ、生徒は守るとはいっても、ギリギリまでは干渉しない事になっているから、目の前まで魔物が迫ってくる恐怖は味わう事になると思うけど……」
全幅の信頼を寄せる祖父カミーザの部下だから、リューも疑う余地はないのだが、怖い事も何気に言うのであった。
「おーい、みんな。隣のクラスの野営地に魔物が入り込んで大騒ぎみたいだぞ?」
この深夜時間の見張りに立っていたイバルが、リュー達の下にやってきてそう知らせた。
「夜は長いんだから、みんなも自分の見張りの番が来るまでしっかり寝た方がいいよ?」
リューはあくびをすると、そうみんなに注意し、また、ひと眠りするのであった。




