第541話 親善使節団ですが何か?
リューの造船所視察から数日後。
王立学園も夏休みに入る事になった。
そして、夏休みと言えば、響きがいいが、リューは日程が詰まっている。
二年生の行事の一つであるサバイバル合宿が夏休み後半に待機している事もあるが、その他にもリューは次男ジーロと共に、王家よりとある国への使節団の一員として同行する事を求められていた。
それが、ノーエランド王国に対する親善使節団である。
当初、王家から派遣する使節団だから、その代表には現在の王位継承権第二位である第三王子を派遣しようという話になっていたのだが、ノーエランド王国からエマ第二王女がお世話になったという事で、その関係者をぜひノーエランド王国にご招待したいという使者が訪れていた事もあり、急遽、その招待に答える形で変更された。
そこで選ばれたのが、エリザベス第三王女とミナトミュラー男爵、シーパラダイン男爵である。
予定していた第三王子親善使節団と比べるとかなり格が落ちるが、ノーエランド王国側が招待したいとの希望でもあるから、それに応える形での人選だ。
もちろん、リズ王女には高位の貴族を付けて親善使節団の格式を上げる。
それに第三王子についても、派遣する予定は一緒であった。
というのも、ノーエランド王国以外にも交流を深めたい沿岸諸国国家はいくつかあったので、この機に一緒に派遣しようという事になったのだ。
つまり、クレストリア王国からはリズのノーエランド王国への親善使節団と、第三王子の沿岸諸国への親善使節団の二つを派遣する事になったのである。
これには王家の打算もあり、同時に派遣する事で時間の短縮と経費が安く済むというものだ。
つまり行きは、ミナトミュラー男爵の『次元回廊』でサウシーの港街までの時短、経費削減を狙ったのだ。
ちなみに船は王家専用の──、というものがないので、サウシー伯爵から大型船を王女リズ用、第三王子用の二隻レンタルして改装している。
当然ながら護衛船も第三王子使節団用に大型船一隻、中型船を二隻、準備されており、それらの船員は第三王子の親善使節団の責任者が事前に用意してあった。
王女リズ側の護衛船はというと、ノーエランド王国から迎えの先導兼護衛の軍船が一隻、すでにサウシーの港街沖合にやって来て待機していたし、それプラス、ミナトミュラー男爵所有の新造大型船と新造中型船それぞれ一隻が用意され、こちらの船員はミナトミュラー家とシーパラダイン軍事商会から派遣されている。
出発当日、リューは王家の二人とその各親善使節団を王宮からサウシーの港街に運ぶ仕事を行う。
「ご苦労、ミナトミュラー男爵」
クレストリア王国のヤーボ第三王子殿下は短くリューを労うと、『次元回廊』でサウシーの港街まで一瞬で移動する。
「これは確かに便利だな……。これがあれば我の移動も楽になるのに……」
ヤーボ第三王子はそう言うと、先に運ばれていたヤーボ第三王子専用の輿に乗る。
ヤーボ第三王子はとても恰幅の良い体格をしており、移動が大変そうなのはリューも見ていてわかっていた。
つまり、ぽっちゃり体形なのだ。
ヤーボ王子は移動に便利という一点だけですぐにリューを気に入った様子で、
「どうだ。今回の親善使節団、エリザベス側からこちらに代わらないか? 我がお前を取り立ててやるぞ?」
と本気の勧誘がなされた。
この流れ、オウヘ第二王子の時と同じ?
リューはどう断ろうかとも思ったが、
「過分な評価、恐れ多い事でございます。僕はノーエランド王家からご招待頂いた身、それを断って王子殿下に付いて行けば、両国間の親交に水を差す事にもなりますので、ご容赦ください」
とやんわり答え、王女リズを連れていくべく、『次元回廊』で王宮に戻る。
王女リズは少し、時間がかかったリューを見て、「ヤーボお兄様に勧誘でもされましたか?」と、小さな声で聞かれた。
「はははっ……(正解)」
リューは苦笑しながら、王女リズの手を取って運ぶ時に小声で答える。
王女リズはその答えにサウシーの港街に到着すると同時に「ふふふっ」と笑いを漏らした。
王女リズが運ぶ順番として最後だったから、サウシーの港街に自分も戻る。
そこではすでに、サウシー伯爵から歓迎のセレモニーが始まっており、ノーエランド王国からの護衛船を指揮する貴族と将軍がクレストリア王家の二人と挨拶を交わしていた。
ちなみにエリザベス王女親善使節団一行には、使節団団長として、コモーリン侯爵がその任についており、その他にリュー、リーン、次男ジーロ、それになぜか母セシルと妹ハンナまで同行している。
コモーリン侯爵にしたら、未成年の関係者が多くて大変そうだが、これも相手側であるノーエランド王国エマ王女の希望であるから、仕方がない事であった。
「コモーリン侯爵は大変ですな。そちらは子守が必要そうだ」
そう皮肉を言ったのは、ヤーボ第三王子側の親善使節団団長を務めるヤミーイ侯爵である。
「……」
式典の最中だったから、コモーリン侯爵はヤミーイ侯爵の皮肉を無視した。
「ふん……! 海の旅は何が起こるかわからないもの、気を付ける事ですな。私などは今回の為に、近衛騎士団の護衛の他に、腕利きの冒険者チームも雇っていますよ、ふふふ!」
無視された事に少し腹を立てつつも、謎に勝ち誇った様子で、ヤミーイ侯爵の嫌味は止まらなかった。
同じ関係者席に座っているリュー達にもこの声は聞こえていたが、確かに王女リズ側は、リズをはじめとし、リュー、リーン(これは見た目の問題)、ジーロ、ハンナと未成年者が多くて、頼りない印象を与えるのは何となくわかる。
だがハンナにとっては、リュー達年長者組は十分頼りに見えていたから、自分一人のせいでコモーリン侯爵が皮肉を言われていると思い、頬をぷくっとふくらまし不満顔になっていた。
そして、何かつぶやく。
するとどうだろう?
嫌味を言い続けていたヤミーイ侯爵の声が急に聞こえなくなった。
本人はしゃべっているのだが、周囲の者にはその声が聞こえない。
母のセシルが一瞬「あっ……」という顔をするが、何もなかったように、ハンナの背中をポンと軽く叩くとそのまま笑顔で黙っている。
どうやら、ハンナがヤミーイ侯爵の声を周囲から遮断したようだ。
パクパクさせるヤミーイ侯爵をコモーリン侯爵はキョトンと見ていたが、リューがコモーリン侯爵に人差し指を立てて笑ったので、何が起きたのかようやく理解して頷く。
式典後、コモーリン侯爵はリューの横に来て、
「ミナトミュラー男爵、先程は助かった。あやつの嫌味を聞かされるのはいい加減うんざりしていたのだ。君は話が分かりそうだな。はははっ!」
「いえ、あれはうちの妹がした事なんです」
リューはそう言うと、妹のハンナの肩に手を置いてコモーリン侯爵に紹介する。
「なんと! その歳で相手の声を遮断するような魔法が使えるのか!? これは恐れ入った……。君達はランドマーク伯爵家の人間だったな。聞いていた以上に頼もしい」
コモーリン侯爵は、リュー達未成年者組を気に入ってくれたのか、笑ってハンナの頭を撫でると、改めて感謝を伝えるのであった。




