第534話 飲食業界の変化ですが何か?
ミナトミュラー商会の飲食店進出の第一歩としてラーメン屋十店舗同時出店は、飲食界のドンアイロマン商会に大きなダメージを与えそうな状況になっていた。
金銭的な面ではアイロマン商会の大きさを考えると、大した事はなかったのだが、その部下が利用した裏社会のグループが、軽率にミナトミュラー商会の馬車を襲撃した事が大問題であったからだ。
当初、街中で襲撃を行った謎のグループはうまく逃げおおせたと思われていたが、どこの誰かからか警備隊に匿名の通報があり、王都郊外に拠点を置く組織と判明。
警備隊がその組織事務所に突入すると、すでに犯人グループは半殺しの状態で縛り上げられていたらしい。
「我々が踏み込んだ時は、すでにやつらは瀕死状態でした。誰かに襲撃されたあとみたいでしたが、証拠の書類などもご丁寧に用意して机の上に置いてあったので、そのまま証拠書類と共に容疑者グループを連行しました」
王都警備隊の総隊長は、最近、王都の情報を新聞という形態にして販売しているニュース商会の男性記者に聞かれてそう答えた。
「そのグループというのは?」
「王都では全く聞かない名ですが、地方では知られている『屍』という組織ですね。今回の取り締まりは王都警備隊と地方警備隊の連携で行われたのですが、我々王都警備隊は初めて聞く名だったので地方警備隊に聞いてみたところ、最近よく聞くごろつき集団らしいです。ただ、この『屍』、ちょっと不気味でしてね……」
「不気味?」
「ええ……。こういうのには必ずいるはずの組織のトップがいないらしいんですよ……」
「トップとは、リーダーとかボスの事ですか?」
「ええ。捕らえた者達の話では、『上』から資金は流れて来て仕事をやる事はごく稀にあるが、ほとんどは自分達で適当に稼いで事務所を維持しているだけらしいのです。そんな馬鹿げた組織が本当にあるのかと思い、他の地方警備隊にも問い合わせてみたところ、『屍』というグループを認知しているところが多かったんです」
「……それってつまり?」
「どこの地方警備隊もしょぼい悪さをする小さい組織だと思って情報共有がなされていなかったんです。しかし今回、王都警備隊が中心になって情報共有した事で発覚したのですが、この『屍』という組織、王都以外の広範囲に勢力を持つ巨大組織の可能性が出て来ました」
「巨大組織……、ですか? それは、王都で有名な『月下狼』、もしくは『黒炎の羊』くらいですか? まさか王都最大勢力『竜星組』規模とは言わないですよね?」
記者は巨大組織のイメージが湧かず、実例を挙げて聞いてみた。
「……私が情報提供を打診した王都郊外の地方警備隊は全部で十八。そのうちまだ、返答がないのは六ありますが、残り十二件中半数は存在を確認。残り六件は名前は聞いているが、存在を確認中と返答があったんです……」
「? それって凄い事なんですか? 地域によっては多少情報を被っていてもおかしくないように思えますが?」
記者は何が巨大組織の可能性を示すのかピンとこない。
「王都周辺とは、東西南北の王家直轄領だけでなく、各貴族領も含まれる広域に及びます。その十二件で存在を確認出来ているという事は、王都最大勢力『竜星組』より数倍の版図で勢力を伸ばしている可能性があるという事ですよ……」
「えー!? あの『竜星組』の数倍って……。そんな大勢力が今まで表に聞こえてこなかった事自体おかしくないですか?」
「私も驚いています。急に現れたように感じますが、地方ではずっと以前から『屍』というグループの存在は確認されていたそうです。ですが、その辺のチンピラグループとやる事が変わらない小規模な組織として扱われ続けていたようです。今回、我が王都警備隊が偶然中心になって情報収集をした事で、広域にわたって勢力を持つ組織の疑いがもたれたわけです」
「……なぜそんな大きな組織が、一番勢力を伸ばしておかしくない王都にこれまで手を出していなかったのでしょか?」
記者は最大の疑問を口にした。
「どうやら、彼らの掟には王都進出は厳禁という暗黙の了解があったようです。ですが今回、捕縛した連中がその禁を破って王都で仕事をしてしまったという事が、証言から確認が取れました」
「……情報提供ありがとうございました。裏が取れない部分は記事に出来るかわかりませんが、王都警備隊の活躍はしっかり記事にしますのでご安心ください」
記者は隊長に協力を感謝するとその場をあとにした。
「……さすが、王都警備隊。各貴族領の警備隊とも情報交換ができるというのは強みだね。うちでも収集できていない情報がいっぱいだ」
ランドマークビルの自宅でテスト勉強中のリューとリーン、スードは、疲れた様子でランスキーの部下から報告を聞いて感心していた。
この三人、テスト三日目が終わった後、部下を引き連れて王都郊外に遠征、襲撃してきた『屍』の事務所に報復をして明け方に帰宅。
そのまま、学校にテストを受けに行き、また、午後には帰宅。
その直後にランスキーが情報収集の隠れ蓑にしているニュース商会が集めたネタを聞いていたのだ。
「それよりも、今回その『屍』を動かしたアイロマン商会は、ランスキーの部下が経営しているニュース商会によって、表沙汰になって罪を問われる事になると思うのだけどあとはどうするの?」
リーンが睡眠不足に目を擦りながら、今回の一連の事件のについての報復の全容を聞いた。
「罪状についてはアイロマン侯爵は権力と金でもみ消そうとするだろうけど、こちらにはニュース商会があるからね。特集を組み、その悪事を記事にして情報を拡散。社会的な制裁を加えて確実にアイロマン商会の信用を奪う事で、経済的ダメージも確実に与える事になると思う。あれくらい大きな商会には多少の金銭的ダメージなんて大した事ないだろうけど、社会的信用を失えば今まで積み上げたものもあっさり失い、大ダメージは免れないからね」
リューは、大きな組織と戦う為の方法は前世で学んでいたので、それをこちらで利用した形であった。
こうして、アイロマン侯爵は、自ら築いた王都飲食業界のドンとしての立場を失う事になる。
それは国王の指示で王国騎士団の監査が入り、これまでの悪事が晒される事になるからだ。
その事実は、王都のニュース商会の『王都新聞』によって、号外で他の貴族のみならず民衆にも知らされた後、アイロマン侯爵は捕縛、即座に息子に爵位を譲って家名は守ろうとするが、大きな信用を失った事で一気に王都中のお店は次々と一時閉店へと追い込まれていく事になる。
「『屍』についてはどうするんですか?」
スードが疑問を口にした。
「これから、調べさせるけど、事務所を潰した感じだと全く手応えはなかったから、どう考えていいのかわからないんだよね……。今は、ランスキーにお願いして情報収集のみかな」
リューは大きい組織の疑いが強いが、全くその全容が掴めない『屍』についての扱いを保留にするのであった。




