第512話 他国の王女でしたが何か?
エマ・イメーギ伯爵令嬢、もといノーエランド王国エマ第二王女は、リューやジーロに驚かれると思っていたのか、反応が薄いので、「?」となっていた。
これはそのメイドであり、男爵家令嬢ソフィア・レッドレーンも同じで、勇気を出して告げたのに反応が返ってこない事を不審に感じた。
「……あの。なぜ王国の姫君がこんなところに! ……とかないのでしょうか?」
ソフィア嬢が緊張感のないジーロ・シーパラダイン魔法士爵の優しい笑顔を見据えて聞く。
「え、僕ですか? それはですね、うちの弟であるリューがこのクレストリア王国の王女殿下とご学友でして、その雰囲気に似ていたことから、エマ嬢もどこかの国の姫君ではないかと推察していました。僕もそれを聞き、納得していたので驚かなかっただけですよ」
ジーロはいつもの和やかなおっとりした感じでソフィアの疑問に答える。
「え? この国の王女殿下のご学友? ……あの失礼ですが、この地から王都まではひと月以上は掛かると聞いているので聞き間違いでしょうか?」
エマ王女は首を傾げてリューを見つめた。
「いえ、聞き間違いではないですよ。僕はエリザベス・クレストリア第三王女殿下と同級生で友人でもあります。その話は、置いといて……。他国の王家の人間と知ったからにはエマ王女殿下の安全をしっかり確保したいので、この宿泊地からより安全な当方の主家であるランドマーク伯爵領に客人として招きたいのですが、構いませんか?」
リューはジーロに視線で確認しながら、提案した。
「ランドマーク伯爵家? その主家とはここから近いのですか? こちらも命を助けて頂いた身としてはお二人の主家にも挨拶をしておきたいです」
エマ王女はリューの提案を断るつもりはないようだ。
「姫様、私達はここで国からの迎えを待たなくてはいけません。他所に移るのはあまり……」
ソフィアがこの地から移動する事に警戒した。
もしかしたら、このまま人質に取られて自国との交渉材料にされかねないからだ。
「ご安心ください。それも踏まえてお二人の身元保証人なので。実家なら他所の干渉を受けませんし、お二人の素性も秘密に出来るかと。それに、ここから一瞬なのでここに戻るのはあっという間ですよ」
リューは笑顔で応じると、他意はない事を説明する。
「それは隣領という事ですか? 確かサウシー伯爵領の隣領は最近王家直轄領になったと聞きましたが……」
エマ王女は博識なのか最近の隣国の情報も掴んでいた。
「いえ、ランドマーク伯爵家の領地自体は南東部にあります。ですが、リューがいれば、領地まではあっという間です」
今度はジーロがリューの代わりに説明する。
「「?」」
二人共増々理解出来なくなるのであったが、リューが警戒するソフィア嬢に対し、
「それではソフィア嬢。試しに一瞬だけ王女殿下の代わりに行って、確認してみてはいかがでしょうか?」
と確認する。
「……おっしゃる意味がわからないのですが……。私は姫様の傍から離れるわけには……」
ソフィア嬢はまだ、渋った。
「こんな感じです」
リューはそんな二人を尻目に、リーンの手を取ってランドマーク本領に一瞬で送り届けた。
二人にはリーンが、目の前から一瞬で消えた様に映る。
「「え!?」」
二人共これには度肝を抜かれて、驚きの声以外出てこない。
「こんな感じで行って、戻ってきます」
と言いながら、リューが一瞬消えるとリーンの手を取って、すぐに戻ってきた。
「これは一体……」
エマ王女もソフィア嬢も手品のような状況に唖然としたままだ。
「お二人の素性を隠す代わり、この事は秘密でお願いします。お互い相手の秘密を知った上でランドマーク本領に案内したいと思うのですが?」
リューがいたずらっ子のように交換条件を出した。
「……わかりました。まずは私が安全かどうか、姫様の代わりに試してみます。──よろしいですね?」
ソフィア嬢が、勇気を振り絞ってそう告げると、エマ王女に確認する。
エマ王女がそれに黙って頷く。
「ジーロ・シーパラダイン魔法士爵様、姫様をお願いします」
ソフィア嬢は勇気を振り絞って一番信用できそうなジーロにお願いすると、リューの手を取り、その場から消えるのであった。
「リュー、さっきから行ったり来たり何をしているんだ? うん? そのお嬢さんは誰だ? リーンちゃんはどうした?」
リューとソフィアが『次元回廊』で向かった先は当然ながらランドマーク本領の城館前であった。
そこには丁度、仕事終わりなのか領主のファーザが立っている。
「あ、お父さん、こちらはソフィア・レッドレーン男爵令嬢です。 ──こちらは僕達の寄り親であり、父でもあるファーザ・ランドマーク伯爵です」
父ファーザは相手が貴族の令嬢とわかり、会釈する。
ソフィア嬢は一瞬で別の場所に移動したので目を白黒させていたが、そこは貴族令嬢、ファーザに会釈して返した。
「お父さん。こちらのソフィア嬢は他国の貴族で本国から迎えが来るまで安全に保護しなくてはならないのですが、こちらに預かってもらう事はできますか? ジーロお兄ちゃんもその間はこちらに滞在する事になると思うのだけど……」
「……訳ありか? 後で事情は聞くとして、うちで良ければいくらでも滞在してくれて構わないぞ。──おーい、誰か! 客人だ、部屋の準備を頼む!」
ファーザは気軽に応じると、城館の玄関の扉を開けて、使用人に声を掛ける。
そこへ近くにいた執事のセバスチャンがやってきた。
「ファーザ様お呼びで? ほう、リュー坊ちゃんのお友達ですかな? ──違うのですか? ──……なるほど、了解いたしました。早速、準備させます」
執事のセバスチャンはリューの少しの説明で理解すると、他の使用人達に命令してテキパキと動き出す。
「と言う事だから、エマ王女殿下もこちらに連れて来るという事でいいかな?」
リューがソフィア嬢に聞く。
「……頭が混乱しているのですが……。ミナトミュラー男爵様、あなたはもしかして、勇者スキルの持ち主……、なのですか?」
どうやら『次元回廊』の能力を知っているのか、それを覚える可能性があるスキルを口にしてリューに確認した。
「違いますよ。僕のスキルは『ゴクドー』と『器用貧乏』あとは『鑑定』だけです。ふふふっ」
リューは楽しそうに笑うとソフィア嬢の手を取って、一旦、エマ王女の元に戻るのであった。




