第507話 海戦ですが何か?
数日の準備期間を経て、沖合の大型海賊船三隻に勝負を挑む日が訪れた。
この日の明け方前、このサウシーの港街に潜む海賊の間者全員の寝床を襲撃、全員を捕縛してからリュー達反海賊連合の面々は用意した中小の船に乗り込む。
反海賊連合は、サウシー伯爵の領兵百名、シシドー一家百名、ジーロ・シーパラダイン軍事商会の傭兵百名、地元の裏社会のナナーシ一家五十名の総勢三百五十名からなる。
海賊が総勢二百名余りという話だから、数では優っているが、あちらは大型船六隻を擁しており、沖合にはそのうちの半数の三隻がいる。
リューとしてはこの三隻をまずは叩き、勢いに乗って海賊のアジトに乗り込みたいところだ。
それなら一度に全部を相手にせず、各個撃破で済むだろう。
ただし、それも実のところ難しいところではある。
なぜなら、大型船が有利なのは、ただ、大きいからばかりではない。
そこに積まれる装備も優れているからだ。
例えば、対魔法対策として大掛かりな防衛用魔道具が積載されていたり、備え付けの大きな弩なども大型船の有利な点である。
だからいかにそれらを掻い潜って乗船し、白兵戦に持ち込むかがこの世界の海戦の肝になって来る。
ただし、例外はあって、それはリューやリーンのような桁外れの魔法使いの存在だ。
しかし、リューの得意魔法は土魔法だから海上では威力が数段落ちるので防衛用魔道具に防がれる可能性が高い。
リーンは風魔法があるからこれは有利である。
しかし、地上で使用するより海上では周囲への影響力が大きく、中小の船しかない味方への危険度ははるかに高くなるので、海上戦での使用は控えた方が良いだろう。
そうなると物理による攻防戦がメインになってくるのだが、そうなるとやはり大型船が有利になる事は否めない。
海賊はそれらがわかっているからこそ、サウシーの港内まで侵入してきて、大型船を狙って焼き払っていったのだ。
反撃の目を断つ、これは戦術として理に適っている。
敵である海賊の首領ヘンリー・ストーロという男はそれらをよく理解している人物のようだ。
それに魔法対策としての魔道具はとても高価な代物であるからそれを準備しているらしいという事は、雇い主が相当な資金の持ち主である事を意味する。
今回はそれだけ、厄介な相手をするという事だから、通常ならこちらの被害もかなり覚悟しなければならないところだ。
しかし、リューはそれらの被害を最小限に抑えると宣言していた。
シシドーはその作戦の全容を聞いて、主であるリューに改めて忠誠を誓う思いになったのだが、それらを語っている暇はない。
ついに出港であるからだ。
この海賊討伐の指揮は、サウシー伯爵から援軍を要請されたリューが執る。
そして、そのリューと契約して傭兵を派遣しているジーロとサウシー伯爵の領兵隊長二人が副司令官だ。
シシドー一家のシシドーとシーパラダイン軍事商会のザン、ナナーシ一家のナナーシが各隊の隊長を務める。
サウシーの港街から無数の船が出港した事は沖合の海賊船もしばらくすると気づいたようだ。
こちらへと船首を向けて動き始めた。
「──それではみなさん、作戦通りお願いします。無理はせず、沈没した船の水夫はすぐに助けて距離を取るように」
リューはそう大きな声で味方に伝え、手を上げる。
すると中小の船はその小回りの良さを利用して突っ込んでくる大型海賊船を避けるように左右に散らばっていく。
そこへ海戦の合図とばかりに、リューが上位の火魔法を詠唱すると敵船目がけて放った。
「魔法が来るぞ! 対魔法魔道具、発動!」
「「「魔道具発動!」」」
海賊船の乗組員達は船首からこちらの様子を窺っていた船長らしき男の命令を復唱する。
リューの桁違いの火魔法は、その海賊船に届く手前で、見えない半球の壁の前で大きな音を立てて散った。
「……海上なのになんてでかさの火魔法を使って来やがるんだ! ……だが、こちらの魔道具のお陰でそれも防げたな。──全員、ビビるなよ! この通り敵の魔法は全く通じないぞ!」
「「「おお!」」」
海賊達は船長の言葉に勢いに乗る。
「……やっぱり、海上で僕の火魔法は通じないか……。かなり、上質な魔道具使用しているなぁ」
リューはわかっていながらも、確認の為に魔法を使用したようだ。
リューの乗る船は中型の船で、船頭にお願いして大型の海賊船の正面に回らないように、左側へと時計回りに動くようにお願いしている。
海賊船はそれらの動きも想定しているのか三隻を左右に展開し、こちらの船に対応しようとした。
「ここまではお互い想定通り。──それでは、攻撃開始!」
リューが左右に散ってバラバラに見える味方の船にさらに合図を送る。
すると中小の船三隻ずつが列をなして大型の海賊船に突進していく。
「おいおい。俺達に突撃してくる船がいるぞ? ──迎撃準備! 大型弩を構えろ。あんな小さい船相手にはあまり当たらないが、脅しにはなるだろ、放て!」
小回りの利く中小の船はジグザクに船を操りながら、海賊船に接近する。
一部、敵の大型弩の銛のような矢が船体に刺さり浸水して沈没、他の船が海に投げ出された乗組員を回収して下がる光景が見られたが、ほとんどはそれを掻い潜って大型船に肉薄した。
通常は、船体を大型船に寄せて鉤付きの縄や、梯子を掛けて乗り込むところだが、リューの指示の下、小型船は船首を大型船に向けて突撃する。
小型船の船首には布がかけられていたが、それが風でめくれ上がった。
そこには鏃が付いた銛が備え付けてある。
小舟の船頭は船を大型船に突っ込ませると自分は海に飛び込んで近くの味方の船に拾ってもらって退避した。
小型船の船首は大型の海賊船に突き刺さる。
「何をする気だ奴ら?」
海賊船の乗組員達は自分達の船を乗り捨てて突っ込ませる敵の行動が理解出来なかった。
こちらは大型船だ、小さい船に突っ込まれてもビクともするわけがないのだ。
その時であった。
大型船に突き刺さった何隻もの小さい船から大きな火柱が次々と上がる!
そのタイミングで、海賊船を囲む他の中小の船の水夫達が紐に括りつけた小さい壺を振り回して、海賊船へ大量に投げつける。
壺は海賊船に当たると割れ、液体が四散し、瞬く間にそこに火が引火し燃え広がった。
「なっ! クソー! 油か!? 奴ら、この船を拿捕する気なんぞ最初からなかったのか! ──野郎ども、用意してある革布に海水を沁み込ませて消火するんだ!」
海賊の船長は冷静に指示を出す。
火計は想定の範囲内だ。
船上では火矢が使用される事も珍しくないから、それなりの準備もしてあるのだ。
だが、小舟を一隻、というか沢山突っ込ませてそれを燃やすというのは初めての事である。
海賊船の船長ヘンリー・ストーロは、内心、この想定外の敵の行動に舌を巻いていた。
当然ながら、引き剥がそうにも、船首に備え付けてある鏃が船体に深く食い込んでそれも不可能になっている。
それに小舟には何か燃えるような魔道具が仕込まれているのか、大きな火柱は船体側面を激しく燃やし始めていた。
それに引火した油も船体側面を燃やし、消火する為に革布を紐に括りつけて海面まで降ろす作業もその火に阻まれてできない程だ。
船内に水はほとんどない。
飲み水は腐りにくいお酒が持ち込まれるのが普通だからだ。
それ以外の使用の為に少しは水も持ち込まれてはいるが、消火に使える程の量ではないから、ヘンリー・ストーロは愕然とした。
「水夫の常識である、貴重な大型船を沈めるような行為はそうそうしないという先入観を逆に利用されたか……。──野郎ども全員退避! このままでは焼け死ぬぞ、海に飛び込め!」
ヘンリー・ストーロはそう独り言をつぶやくと、すぐに乗組員に船からの退避を命令するのであった。




