第506話 敵の全容ですが何か?
捕らえた不審者三人は案の定、サウシーの港街の沖合で暴れている海賊の間者であった。
当初はしらを切っていたが、シシドーの部下がじっくりと《《相手》》する事になり、夕方には三人とも口を割ってくれた。
間者達は夜に沖合の海賊船に松明の火で信号を送ってサウシーの街のその日の情報を連絡しているそうだ。
その手段とは火を板で一瞬隠したり、長めに隠したりと光を利用した前世でいうところのモールス信号に近い複雑な連絡方法だった。
昼は焚火をする事で、その数や煙の色などの組み合わせで、簡単な連絡もしているそうだ。
「……それでいち早く、あっちはこちらの動きに反応出来ていたのか。──それと他にも潜伏している間者はいるよね? それも詳しく聞いてくれるかな?」
リューはシシドーの部下にさらなる自白をさせるように促す。
「少々お待ちください」
シシドーの部下はそう応じると、また、部屋に入っていく。
海賊の間者達に一度自白させると後は楽なもので、聞かれた質問に素直に応じるようになっていた。
それはもちろん、これ以上の苦痛が最早限界だったからなのだが。
「サウシー伯爵邸の使用人に二人、領兵隊に三人、漁師に二人、灯台守に一人、合計八名の海賊側に味方をする人間が潜入しているそうです」
シシドーが部下からの報告を、待機していたリューに伝える。
「……結構入り込んでいるね。──じゃあ、最後の質問。海賊の船長の名前、その戦力とアジトの位置を確認して。三人それぞれの答えを照らし合わせて極力正確なものを出そう」
「へい!」
シシドーは返事をすると部下と共に奥の部屋に戻っていく。
しばらくすると、シシドーが戻ってきた。
時間はすでに深夜である。
ジーロ達はサウシー伯爵邸に宿泊してもらっており、リュー達とは一緒にいない。
間者の可能性についてはサウシーの港街に到着した時点で警戒していたので、ジーロには伯爵邸に待機して間者の注意を引いてもらっていたのだ。
だからその間にリューはリーンとスード、シシドーの部下達と共に情報収集活動をしていたわけである。
ちなみに、潜伏する間者はシシドーの活躍により特定できたのだが、まだ、取り押さえていない。
実行前に取り押さえてしまうと、連絡がつかなくなった事に海賊が気づいて警戒すると判断したのだ。
ならばギリギリまで偽の情報を流して利用し、反撃の瞬間に取り押さえる方が良いだろうとリューは算段していた。
「海賊の名は、ストーロ海賊団、船長はヘンリー・ストーロと名乗っていますが本名かどうかはわからないですね。戦力は現在、二百名ほど。動かせる船は予想通り大型船六隻を所有しています」
シシドーはリューの求める情報を答える。
「六隻か……。でも、人数が二百人なら、実際に動かせるのは四隻から五隻くらいかな?」
「へい、その通りのようです。ストーロ海賊団には雇い主がいるそうで、そちらから水夫の増員をしてもらう予定だとか」
「雇い主? やっぱり、ただの海賊じゃないかぁ。 雇い主について情報は引き出せなかったの?」
「どうやら、船長とその幹部以外には知らされていないようです。水夫は各港で集められた荒くれ者ばかりのようで、その出身を聞いたら国外の港街も含まれていました」
「国外? うーん……、増々厄介だね……。それで海賊団のアジトはどこだったの?」
「若の想像通り、沖合の群島海域にある島のひとつだそうです。ただ、そこは海流が入り組んでいて、この港街の漁民でも小さい船で奥に辿り着けるのは少数しかおらず、その漁民は海賊が脅して口止めしているとか」
「水先案内ができる人がいるなら問題無いよ。その脅されている漁民の安全確保と説得をしないといけないね。もしダメなら違う方法もあるし……。あ、この街でうちに人員を出してくれるという裏社会のボスは誰だったけ?」
「ナナーシ一家のナナーシです。あそこからは泳げる連中を五十名程出してもらえる事になっていますが?」
「じゃ、その一部を動かしてもらって、ナナーシ一家には地元の漁民を守ってもらう事にしよう。ナナーシ一家が海賊に腹を立てているのは有名な話になっているみたいだし、彼らが動いても怪しまれないでしょ」
「なるほど……。それなら海賊の警戒もそれほどではないかもしれないですね」
シシドーがリューの狙いに納得する。
「……そうなると、後は肝心要の船の確保だけど……。現在、この港街の大型船に関しては全て燃やされてしまい一隻もないんだよね?」
「そのようです。ですから海戦になるとこちらは中小の船のみでの戦になるので圧倒的に不利だと思いますが、どうしましょうか?」
シシドーは冷静に普通の喧嘩ではなく、戦う前からハンデがある事を理解している。
「……それについては僕に考えがあるよ。その為にも、港中の船を買い取ってくれるかな? 中小合わせて最低でも五十くらいは欲しいかも」
「五十……、全員が乗り込んでも少し余ると思いますが?」
シシドーは軽く計算をする素振りを見せて疑問を口にした。
「うん、何隻かは二、三人しか乗り込まない予定だからね。それらが何隻も沈む事になる事を考えるともっと多い方が良いかな」
リューの意味ありげな言葉に、シシドーは大型船相手にリューが中小の大きさの船で戦いを挑むつもりであると察した。
「……厳しい戦いになりそうですね」
大型船に中小の船で挑む事は無謀である。
大型船に衝突されるだけで、何隻の小さい船が沈むかわからないからだ。
「うん? 正面からは挑まないよ? そんな事をしてサウシー伯爵のところの領兵や君の部下、ジーロお兄ちゃんのところの兵隊を無駄に失うつもりはないからね」
リューはシシドーが険しい顔で決死の覚悟を口にしそうな雰囲気を察して答えた。
「え? ですが、何隻も沈む事になると……」
シシドーはリューが軽い感じで応じてきたので、それが理解出来ず、疑問符を頭に浮かべた。
「ああ! 作戦上はね? 僕の作戦通り上手くいけば人的被害は抑えて勝てると思う。ただし、その代償としてこちらの船が何隻も沈む事になるだろうって事だよ」
「?」
シシドーはリューの言葉が、まだ理解出来ないでいた。
「それでは、その為の準備もあるからシシドーには説明しておくね」
リューはニヤリと笑うと、海賊討伐作戦の内容を話し始めるのであった。




