第12話 最後の生徒会メンバーの秘密~この事は誰にも言いませんから!~
幼い頃から誰に言われるでもなく勉学に勤しんできた。
俺には身長も運動神経もなかったのも理由にあるが、何より勉強する事で新しい知識が身につくのが楽しく感じていたからだ。
そして名門と言われる高校にも入学出来たわけだが俺の人生のピークはここまでだった。
学問のレベルが高く入学早々に行われたテストでは下から数えた方が早い順位になっていたのが懐かしい……でも真面目に腐らず毎日休まず学校へは登校していたので、その真面目さが買われ、生徒会に入らないかと担任の先生から勧められ生徒会の会計となった。
生徒会業務と勉学の両立は難しく、生徒会にはあまり顔を出せていないまま気が付けば3年の夏、就職先を探すためと言い訳し生徒会を休んでいたが、就職活動はどこも手応えはなく、結局親がやっている商店街の一角にある駄菓子屋を継ぐことになった。
これで生徒会にも顔を出せるようになり、夏休み終了後の二学期から積極的に参加するようになり、後輩達にも少しは慕われていると個人的には感じている。
そしてこの生徒会は居心地がよく、個性的なメンバーばかりだが嫌な奴がいない。特に会長は歳下ながらも落ち着いていて女神のように見えた。
これだけ楽しければ、最初から実家の駄菓子屋をさっさと継ぐようにして、生徒会業務に力を入れるべきであった。そして俺の楽しみは生徒会の人達との交流ともう1つある。その楽しみは他人には言えない、しかし心のどこかでいっその事バレてしまってカミングアウトしたいと思う気持ちもあり複雑だ。
そして今日、その"楽しみ"が行われる日である……
◇
「すいません、もう1枚おねがいしまーす!」
「はーい♪☆」
良さげな色合いの店の前で俺は相手に媚びるような声を出しポーズを決めると、彼らはスマホやカメラで写真をパシャパシャと何枚も撮っている。
次はフリルのついたスカートを翻しながらロリータ靴でくるりとターンを決めるとまたシャッター音が鳴る。
この俺……いや私、小鳥遊 悠斗の趣味は"女装"である。
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きっかけは数ヶ月前、勉強や就職への不安でどうにかなりそうになっていた時、ふとベッドの下にあったダンボールが目について中に何が入っているか確認した所、中学時代の文化祭でおふざけで着たメイド服が入っていたのだ。
試しにそれを着てみたら何か不思議な感覚になってしまい顔を映さずSNSサイトに画像を載せるとコメントや共感を表すスタンプなど反響があって以来その承認欲求のような快楽に囚われ、今では妹や家族までもこの活動に協力してくれるようになったのだ。
そしてそれからはSNS上では"MARS♪"と名乗り、休日はフォロワーさん達を集めての撮影会をするようになった。
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「ありがとう"MARS♪"たん、見た目も女の子にしか見えないし声も女の子みたいで本当に可愛いね」
「えーそんな事ないよぉ、でもMARS♪嬉しい!また皆で集まっていーっぱい楽しもーねー♡」
SNSサイトで集めた"カメコ"達に手を振り彼らを見送ると私も家に帰るためそのままの格好で駅へ向かう。
最初はいちいちトイレなどで私服に着替えて帰っていたが、着替えるのも面倒だし何より女の子の服を着ながら帰っていると思うと凄く興奮しやめられなくなってしまっている。
また来週もやろうかななど考え事をして前方をよく見ていなかった為、前から歩いてきた人とぶつかりお互い尻もちをついた。
お尻を押さえながら立ち上がりぶつかった人へ謝罪しようと相手の顔を見た瞬間血の気がひいた。ぶつかった相手は高校の後輩で同じ生徒会の2年生、鼈 良雄君だったのだ。
「いやーすいません、怪我なかったですか?」
向こうも怪我が無さそうで安心したが、笑顔でこちらを見てくるので目を合わせないようにし軽く頭を下げ立ち去ろうとした時に良雄君から声をかけられた。
「あれ、ちょっとまってください! ……どっかで見たことあるような……どこかで会った事ありましたっけ?」
「い、いえいえ! あったことないですよー!」
必死に目を合わせないようにしながら否定していると、彼は何か思い出したかのような表情を浮かべたので内心終わったとあきらめていたが、彼はスマホをポケットから取り出しSNSサイトのページを私に見せてきた。
「これ、あなたですよね?」
「……それ私のトップページ……もしかして私の事見た事あるって……?」
「はい! 僕MARS♪さんのファンなんです!いやーこんな所で出会えるなんて。画像でも可愛いですけど実際見ても凄い可愛いですね!」
「……え……えへへ♪バレちゃったかー☆私の事応援してくれてありがとう♡」
良かった、小鳥遊だと気が付かれていない……バレたら恥ずかしくてもう学校に行けないかと思ってしまった。
ファンだと言うので握手をしてあげると凄くデレデレしながら握手され、その後軽く会釈され立ち去ろうとしていたので一安心したが、私の心の中の”悪魔”が囁く、『奴を呼び止めどこかへ誘え』と。
無論そんな事したらバレるかもしれない、でももしバレてしまったらと言うスリルや緊張感はこの後もう無いかもしれない。それなら気が付いてない彼を呼び止めそのスリルを味わってみたいだろ? そう悪魔は私に解説している。
そして私の心の中の天使は何も反論しなかった。いや、そんなモノ最初からいないのだ。もうバレてしまってもいいか……そんな気持ちで立ち去ろうとする彼を呼び止め、ぶつかってしまったお詫びに近くのカフェで何かご馳走したいと誘ったのだった。
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多少混みあっている店内で、頼んだアイスのミルクティーを口にして冷静になると、何故こんなリスクのある事をしてるのだと後悔している。
あの時すんなり別れていれば良かったのに……緊張して震える手をテーブルの下に隠し動揺しないようにしていた。
「いやーMARS♪さんに誘われるなんて夢みたいです。そういえばさっきSNS確認しましたけど撮影してたんですね! めっちゃ可愛いかったです!」
「そ、そう? 嬉しいなー♡よし……あなたは高校生かな?私と同い年くらいに見えるけど☆」
実年齢も知っているのだが『私はあなたの事を何にも知りませんよ』とアピールするためわざと知っている情報を聞く。
彼はベラベラと個人情報を垂れ流していて相槌をしながら話を聞いていたが全部知っている事なのでものすごい退屈だった。
「……でね大変だったんだよー。あ、大変で思い出したけど今日月島さん……同じ高校の人と秋葉原で家電製品見たいって言うから一緒に来たんだけどはぐれちゃって」
「連絡はしたんですか?」
「はい。でも向こう機械音痴な所あるから、なかなか電話とか出てくれなくて……再会できたらなんて言われるか怖くて怖くて……」
「かいちょ……月島さんってそんな怖い人なんですか?」
首を少し傾げ彼に質問したのだが、私の知っている会長は容姿も良く勉強やスポーツも万能、それに生徒の為ならなんだってする"聖人"のイメージがあったが、彼が口にするのは彼女の悪い部分で、殴られたやバカにされたなど信じられない内容ばかりだった。
私が会長の事知らないからわざとそんな風に言って好感度を下げようとしているのか、はたまた会長が嫌いなのか、そんな風に勘ぐってしまい、あの完璧な会長の悪いところを捏造し、ただ自分が嫌いなだけでそんな悪く言うのかと段々と怒りが湧いてきた。
止まらない会長への悪口についに堪忍袋の緒が切れてテーブルを両手でバンッ! と叩き彼を睨みつけ立ち上がった。
「あの会長がそんな人のわけないでしょ!? デタラメばっかり言って最低よ! 会長は皆の事を第一に考えている素晴らしい人なのよ!」
彼は唖然としていたので私の迫力にビビったのかと思っていたのだが実は違った。
「えっ……月島さんの事知ってるんですか?」
「!? い、いやその……」
「それに『会長』って……僕会長なんて一言も言ってないのに……もしかして……」
終わった。墓穴を掘ってしまい力無く席へ座り放心状態になっていると「友達」と言うワードが聞こえたので必死に肯定した。
「そ、そうそう! 中学の頃からの友達で今も連絡とってるから生徒会長してるの知ってたのよー☆彼女がそんな悪い子なわけないでしょ?でたらめはダメだぞー♡」
「でも本当……」
「ダメだぞー♡」
周りも先ほどの騒ぎでこちらに注目しており、その中でキャラと声を作って必死に言い訳している私の姿は他者から見れば滑稽だろうが、当の本人はそれどころでない。自ら掘った墓穴を埋め戻す作業に必死なのだから。
「……まあいいか、月島さんの事悪く言うとあと怖いしこれくらいにしとこうかな。MARS♪さんが友達だって知らずに愚痴言っちゃってごめんね?」
「わかってくれればいいんです☆それで~……」
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あの騒動の後しばらく身も蓋もない会話をして解散することとなった。
スリルはあってドキドキしたがもうやらないようにしよう、冷や汗もたくさんかいてしまったのでウィッグをかぶっていた頭が蒸れているので人目の少ない建物と建物の間に隠れウィッグを外した時だった。
聞き覚えのある女性の声が聞こえた。
「まったく良雄のヤローどこ行ったんだ? 見つけたらただじゃ……」
その女性は私と目が合う。一瞬の沈黙と止まる時間……
「か、会長……これは……」
もう言い訳ができる状況ではない。メイド服を着て女装している部活の先輩を見る彼女は、だんだんと驚きの表情へと変わっていき焦り始めていた。
「わ、私何も見てないので! その……この事は誰にも言いませんから! えっとその……ごめんなさい!」
会長は見たこともないスピードで逃げて行く。その姿を追わず茫然としていたが、しばらくしてなぜか笑いが込み上げてきた。
「は……ハハハ……MARS♪やっちゃった♡てへへ♪……これからどうしよう……てへへ……」
もう私には笑うしか選択肢は残されていなかった。




