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売雨戦線  作者: 留龍隆
Chapter1:

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Water war (6)


 たっぷりと理逸は説教を受けた。


制水式せいすいしき──つまり水泥棒は単なる水の主導権の奪い合いではない。南古野の人間でいまどのような人間が動いているか。内部組織のパワーバランスがどうなっているか。そもそも内部組織が南古野を自治できているか。そうした各面を水道局の連中が確認する政治的闘争(・・・・・)だよ。その場において不確定要素が紛れ込む、これは仕方がないことだけれどお前はその小娘が電子制御を改変ハックしたのを確認している。たしかに失伝技術ロステクに明るい子どももこの街にはいないわけではないが、なんのアシストも無しにぶっつけで可能という腕前ならばなにかしらの仕掛けがあると踏んで然るべきだろう。つまり機構運用者デバイスドライバであるという想定。そういう思考は回らなかったのか?」


「回らなかったです」


「無論そんな思考を回している余裕がないほどお前が追い詰められていたということは理解できる。第一種装備との遭遇は定例の制水式ならばあまり考えられない状況なのだからね。しかしあらゆる状況を想定し対応し自他の人的被害を極小に抑えることができる人材だと判断されているからこそ私はお前に《七ツ道具(ななつどうぐ)》の一員としての立場を与えている。失策を残念なことだったねと済ますわけにはいかないそれはわかっているか?」


「ただいま改めて深く強く理解いたしました」


「周りを見ろ。残り六名の《七ツ道具》はさしたる問題も発生せず定刻通りにここへ戻ってきている。つまりパイプライン開放はお前が最後だった、いつまで経っても帰ってこないお前のために、つい先ほどまでこいつらはお前が相討ちになった可能性を危惧して地下に潜ろうと話をしていたよ。放送が流れたあととはいえ地下で警備兵と遭遇すればまたも不意の戦闘になる可能性があるというのに、だ。さて不測の事態の重なりがそのようにお前の帰投を遅らせたことは理解するがこうした不足と不測を避けるためにこそ存在するものがなにかは答えてくれるか?」


「想定と準備です」


「わかっていてもできていないのなら五〇点もあげられない。自分の行いを省みて成功点と失敗点を挙げ次につなげられるようにしなくてはならない。成功した点について自身でなにか思うところはあるか?」

「……いや、この流れで成功点と言われても」

「第一種装備を相手に不足と不測の事態を帯びながらも生きて帰ったことだ馬鹿。小娘の手助けがあったのかもしれないけれどお前はその場で動けた。お前が動けたから帰ってこれたんだよ。状況を次回までに共有しろ」

「……はい」


 褒めているのかなんなのかまるでわからないテンションでまくしたてられ、ひとまずお叱りは終わった。後ろでも気が抜けたらしい《七ツ道具》の面々がため息を漏らし、這うように低い声が「おつかれ」と声をかけてきた。《七ツ道具》のなかでも腐れ縁である声の主に、振り向かず理逸は親指を下に向けたジェスチュアだけを返しておく。

 深々は席を立つとミュールをぺたぺたと鳴らしながら、長い脚を覆うパレオを揺らして窓辺に近づく。


 倒れた電波塔を見下ろしながら胸ポケットより左手でパラフィン紙の小さな包みをつまみ、中から細い紙巻き煙草を取り出す。口にくわえると包みをしまい、パレオのどこかからマッチ箱を取り出すと人差し指と中指の間に一本を挟み、親指で弾いて側薬に擦りつけ点火した。


「で、不足と不測を生んだその小娘だが」


 肺腑までたっぷりと吸い込んだ紫煙を色の薄い煙として吐き出しつつ、煙草をつまんだ手で口許を隠した深々は言う。


「どの程度の機構運用者だ? 警備兵に見られたということはある程度の拡張ブーストが可能で、体内の反応光を目撃されたのだろうけれど」

「あー……体内の反応光、というか」


 かけられた言葉に理逸はどう返したものか迷う。

 たぶん深々の想定は、『機構の使用で周りが思うよりも遥かに動けるようになったスミレが警備兵に体当たりするなどでアシスト、理逸の勝利に貢献した』という程度なのだろうが。実際に目にしたのは微機の奔流で機構を停止させた異常な技だ。

 説明に悩んだ理逸はちらっとスミレの方を見る。


「少なぃ語彙では説明にきゅうしますか」

「いちいち言い方尖らせないと口開けねえのかお前はよ」

「言外の語にばかり頼ろぅとするひとを、他にどぅ評しろと?」


 言いつつも彼女自身説明が面倒だったのか、一度目を閉じる。

 次いで開いたとき、そこには微機ナノマシンが動いたときに生じる熱の無い反応光がまたたいていた。先の警備兵同様に、視界内の動画像処理能力を上昇させている状態だ。

 右手の指先を揃えたまま掲げ、スミレは並んでいた《七ツ道具》のひとりに目を向ける。


 視線を向けられたのは、さっき理逸におつかれと間の抜けた声をかけてきた男。前髪も含めてすべての髪を後ろに流して一束にまとめた、頬骨の目立つ奴だ。

 薄い筋肉を纏った上半身に革製のベストだけを羽織り、袖を通していない群青のツナギを穿き。両腕には無骨な手甲ガントレットを思わせる機械──装備型アウトフィット末端子拡張機構エンデバイスを嵌めている。


 この男に、スミレは茨状模様を浮かび上がらせた右手を向ける。

 茨の色味が濃く深くなった、

 と思った次の瞬間には指先より青い光がほとばしった。《七ツ道具》の面々がどよめく。内の数人は身じろぎのなかで接敵体勢を終えていた。あの冷静な深々ですら目を見開いていた。


 しかし彼らを、男が両手の手甲を向けて制止する。

 微機の群れが彼を通り抜けた直後に、うずうずと表情に喜色を交えて叫ぶ。


「……機構を停止させられたっ。俺が自作した攻性防壁を超えて動作に割り込みブレークポイントを無理やり指定してきた? あるいは動作環境そのものの書き換え? いや偽装を複数噛ませてそのどちらもを……あるいは高負荷をかけて一瞬の処理に、ああいやとにかく面白いね」


 がしんと金属製の手甲を打ち鳴らし、男──才原織架さいばらおるかはぺらぺらと熱を込めて述べた。電子奏縦師エレクトロニカでも機構運用者デバイスドライバでも、彼のような機構調律者デバイスチューナでもない理逸には内容があまりつかめない。


「深々のねえさん、こいつは相当に大層な代物です」


 くるっと深々の方を向き、興奮した織架は断言する。

 煙を吐き出しつつ、深々は「そうなのか」とただ相槌を打つ。


「えーえそれは、もう。機構はそもそも人間を微機動胎ナノマシンコロニーに変える、いわば外付けで臓器を増やすようなブツです。これを乗っ取りあまつさえ操ることができるというのは、相手の内臓を手中に納めるようなもの」


 門外漢の理逸や他の《七ツ道具》にわかるようにするためか、両手を広げて自分を大きく見せはじめた織架は演説のように朗々と語る。


「当然そんなことできないように普通は相互不干渉のセーフティロックがかかっています。しかしこの子の機構は、俺の攻性防壁をすり抜けて干渉するように微機を放ったっ。わかりますか? これは通常の末端子拡張機構エンデバイス──同格の機構であれば有り得ないことなワケです」

「そうなのか?」

「そうなのだとも」


 理逸の問いに織架は素早く返事をした。そうなのか。と理逸は反復する。

 あの警備兵が「なぜ市井の人間がこんな量の微機を~」という驚き方をしていたのもあり、てっきり微機の量が多ければ勝てるとかそういうものだと思っていた。


「微機の量が多ければ勝てるとぃうものではぁりませんょ」

「……、」


 横からバシっと内心を読んだ発言を投げつけられ、閉口する。そのころ織架は拳を振り回し、語りを最高潮に持ってきていた。


「もうわかりますね?? つまりあの子の機構は、俺と同格ではないっ」


 なにかに詳しい人間特有の長ったらしい興奮を帯びた話しぶりで、反応を求めてるんだか求めていないんだかわからないような語りをつづけていた織架は呼吸を入れる。

 そして言う。


「等級は統率型拡張機構(ハイ=エンデバイス)ランクです」

「……しばらくぶりにその名を聞いたね」

「六年ぶりじゃないでしょかね」


 デリカシーのない織架の答えに、ふいっと、考えこんだそぶりを見せる深々は天井に目を逸らした。

 途端に織架は周囲にいた残り五人の《七ツ道具》から次々に殴る蹴るの暴行を加えられた。深々にとって非常に重たい出来事があったのが六年前なので、「安易にボスにむかしを思い出させるようなことを言うな」という肉体言語(お叱り)である。


 さて、理逸は隣のスミレを見る。

 失伝技術にも機構にも疎い彼だが、それでも……統率型拡張機構、この名称の意味するところは理解している。

 すなわち、末端子拡張機構の使い手を取りまとめる特殊階級の人間が扱う代物。

 水道局なら、先のような第一種装備の人間をもまとめあげる支部長や管理局長といった強力な権限を握る上流層しか持てない装備。

 六年前に南古野を揺るがした静かな大争乱の原因、その一端はこの統率型拡張機構にあったという。

 なにせ第一種装備の警備兵を無力化できる。戦局をがらりと一変させる可能性を秘めたこの道具を、南古野の三派閥である《南古野安全組合》《笹倉組》《沟》は奪い合った。また水道局からしても自らの優位性を失わせ危機招く機器たるこれを野放しにはできない。

 結果、壮絶なぶつかり合いが水面下で静かに凄惨に進行した。


「ただの末端子拡張機構ならともかくも統率型拡張機構なら……『そこにある』と知られるだけで危険だよ。円藤に倒されたその警備兵より目撃証言を得たなら、水道局は南古野を縁石の裏までひっくり返して探し回るだろう」


 覚悟を問う語調の深々に、場に居た《七ツ道具》の面々が息を呑む。

 ふたたび争乱のなかに堕ちるかもしれない。恐怖がぴりっとした空気のひずみを生む。


「まぁそもそも、『ここにぁる』とは、知られてぉりませんけどもね」


 そこにあっけらかんと、スミレは謎の発言を投げ込んでくる。


「……はぁ?」


 理逸は片眉を吊り上げて聞き返した。


「だってお前、わざわざ俺の話に割り込んでまで警備兵に見られたことを話してきただろうがよ?」

「隠し立てしなぃ方が良ぃと判断しただけです……ゎたしの方が上位の権限を持つ以上、相手のすべてがゎたしの手の上です。──ましてゃ、さっきは警備兵をぁなたが倒して意識を奪ってくれました」

「それが、どうした」

拡張済み(ブーステッド)の人間は脳にまで微機を浸透させてぃます。意識があるぅちは神経細胞が常に前後の記憶を参照してぃるので干渉できませんが、眠ってぃるか気絶してぃるかで働きが弱まったタィミングなら神経細胞に干渉して前後の記憶を繋がらなぃよぅにできます」

「……つまり?」

「……去り際に、ぁの警備兵の直前の記憶を消しました。ゎたしが微機を大量に放出した場面も、彼はもぅ思ぃ出せません」


 心底めんどくさそうに、簡略な説明を成した。

 織架を中心にどよめきが生まれる。

『相手の内臓を手中に納める』どころか、この娘は機構運用者相手ならば脳まで掌握しているというのか。

 理逸は空恐ろしいものを感じながら、横目で織架を見た。織架は「え」と首をかしげる。


「織架、お前ちょっとそこで昼寝しろ」

「実験台にされそうだっ。まあいいけどね」


 ……十分後。

 起きた織架がまるでスミレに興味を示さなかったことから、「あの機構弄りのために生きてるような男が無反応になるということは、間違いなく記憶は飛んでる」と《七ツ道具》の理逸含めた六人が判断した。



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