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売雨戦線  作者: 留龍隆
Chapter4:

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33/125

Wailing wall (8)


「特種……《陸衛兵ヘクシード》を二体投入した?」


 水道局警備兵詰所の最奥に位置する通信室。

 ここで上層部との通信をおこなった宅島は、驚愕の事実を知らされて思わず聞き返していた。

 拡張現実順応化試作機マケット──《陸衛兵》は六年前の争乱における反省点をもとに生み出し、まだ極秘の実験段階という代物だ。サンプルとして扱うにも一体ずつの投入が望ましく、二体も出せば取得データが濁る。加えて出したなら皆殺しにして立つ鳥跡を濁さず……そのようにしろ、と厳命されており南古野市民はおろか一般兵も存在を知らない。

 それが特種。第二種とも第一種ともまったく異なる指揮系統に属する秘匿部隊。

 まあ、宅島もそんな特種のことを知っており投入タイミングで連絡を寄こされる程度には、暗部の指揮系統に属しているのだが。


「なぜ、二体なのです。ただでさえ扱いに慎重になるべき《陸衛兵》を……」

宅島次席やじまじせき


 新市街の水道局本部に居る通信相手は、宅島を彼の一族における立ち位置の名で呼んだ。


『説明がなかったということは、それそのものが君に対する説明なのだ』

「聞くなということであるのは理解しております。ただ今回は、あまりにも急すぎる。普段はこのような作戦であっても、発令があると薄々は判じられる程度の情報が与えられていました」

『その猶予がなかった。そうは考えられないか?』

「私への単独行の指示、あれが絡んでいると考えております。であれば、あのときから三週間近い猶予がこの制水式のタイミングまであったはず」

『記憶も無い身で推測かね。なにを足掛かりにした推測だ、それは』

「説明がないことが説明になるのと同じく……記憶もなくす無様を晒してなお私が切られていないこと。そもそも単独で私が送り込まれたこと。この二点が、今回のような特殊な動きの理由かと判じております」


 通信相手は沈黙した。この沈黙に宅島がどう対応するかを見ると同時に、自身の計算を回している気配があった。

 だからこそ宅島は待ち、水底の貝のような沈黙に耐えた。

 やがて相手は口を開く。


『詮索は寿命を縮めるが無知もまた命を削る。君が内地へ戻ったとき、説明しよう』


 ……通信では話せないことなのか。傍受を心配している。つまりは通信機器をハイレベルに使う対象を警戒しており、それは水道局内部に彼の敵がいることの示唆だ。


『ひとつだけ言えるとすれば、とある対象の確保(・・・・・・・・)。そのために動いている』


 限定するとの断りに、向こうとしてもぎりぎりの綱渡りで口にしたことがうかがえる。同時に、その程度の綱渡りは成すくらいに宅島に利用価値を見ていることもわかる。

 ならばここが引き際だろう。そう判断して宅島は「わかりました」と返す。


「では、戻ります。現場の収拾をつけねばなりませんので」

『なぜそうも必死になる。宅島次席』

「必死にもなりましょう、筧管理官かけいかんりかん


 上官の名を呼び、宅島は窓向こうの景色を見やる。


「奴らの制裁対象は目視した者すべてに及ぶ」


 そこに暮らし、戦う自身の部隊員を思う。


「私は子飼いの部下を殺させる気は、ないのです」


       #


 目の前に現れた二人目の異形──耳長の警備兵が、音の発生源だ。

 長めの金髪をオールバックにしており、彫りの深い顔立ちだった。暗いみどりの眼をした男は顎の上にある口は引き結んでいるが、喉元の口は笑んだようにゆるく開きっぱなしだ。先の泉よりも上背があり深々よりも頭ひとつ高いだろう。手足が長い大柄な身体に群青の警備制服がフィットしている。

 左腰には刃部が七〇センチはあろう直剣が鞘に納まって提げられており、右腰には制式拳銃。この揃わない感じが、どうにもちぐはぐだった。


 ……抱えた泉を下ろしている彼を、短い時間で観察し終えて。

 まだ聴力が回復しきっていない深々は対処に移る。

 瞬時に警備兵の方向へ『固定』を作用させ、自分の右半身をかたどるように空気の盾をつくった。空間ごと固定された気体は振動を伝えず音を通さない。

 この隙に警備兵を中心に、時計回りの軌道で駆けだす。距離を取って、鉄球をなげうつために。警備兵は逃げる深々を見て一瞬、戸惑いの色を浮かべた。彼女に反射して通過中の光もそのまま空間に固定されているため、一見すると残像を置き去りに走り出したように見えるからだろう。

 見れば耳長の警備兵は、喉を横に割いたような第二の口を大きく開いていた。

 とっさに再度、自分の右側へ空気の盾を固定する。

 音が『空気の振動』である以上は完全に防ぎ切ることは困難で、盾を回り込んできた音の一部が鼓膜から脳髄を刺した──が、さっきよりはだいぶマシだ。


(効果範囲は狭いようだな)


 機械オタクの織架にむかし聞いた、前世紀の暴徒鎮圧に用いられたLong Range Acoustic Device──通称LRAD(エルラッド)なる『ごく狭い範囲にのみ大音量の高音を叩き込む』音響兵器のようなものかと推測する。

 実際、耳長の警備兵を中心に弧を描いて移動をはじめると途端に音は止んだ。あの警備兵の正面、六〇度ほどの角度で音の指向性奔流ビームが放たれている。


(射程がどれほどかはわからんが……)


 六〇度の間合いに入らなければ済むだけのこと。

 確認できた深々は投石器に鉄球を納め、空気の盾を階段状に出し上空へ駆け抜けながら鋭く振るい投げた。

 迫る鉄球に、耳長の警備兵は動かなかった。

 ただ第二の口をがっ、と一度開閉した。

 今度は体表を揺らすような低い音だ。空気の塊をぶつけられたようでさえある。それが、鉄球の行方を阻み撃ち落としあまつさえ深々にまで届いて鈍く頭を揺らした。胃の腑も揺れて、吐き気がこみ上げる。

 高音と低音の使い分け。指向性を持たせて直線的な奔流を放つ高音(LRAD)に対して、衝撃そのもので広い範囲を攻撃する低音。

 距離を取るより間合いをつぶして接近戦を挑む方がよかったか、と、判断ミスがつづく深々は舌打ちする。顔を上向けて耳長の警備兵が音を放ってきたのが見えたため、すかさず飛び降りて回避。

 音の発生。操作。増幅──音に関する能力を多彩に操れるらしい。

 しかし初手のLRADもつづく衝撃も一撃で仕留めるまでには至らない。対群衆における無力化、動きの遅滞を図る能力と見えた。


(わざわざ提げている腰の剣は、高周波振動刃のような切れ味を増す代物か……?)


 見せつけるようにぶら下げているのも、一人斬れば剣と当人にその残虐性の印象がついて群衆の動きが鈍るようにするためだろう。恐れさせることに重きを置いた存在なのかもしれない。

 とはいえ、音で動きを止められた隙に銃撃を食らうと厄介だ。やはりここは近づく──と深々が考えたときには、状況がまたも変わっていた。


 巻き上げられた砂のラインが十本、中空に浮かぶ。


 耳長の警備兵を見やった深々は、その光景で理解する。

 腰を砕かれて立てない泉が、横に屈みこんだ耳長の警備兵によって片手で背中を支えられ、なんとか上体を起こしていた。その彼の目に、青の光が戻っている。機構を使える程度に復調したか。

 引きつった表情の彼の背後から、長さ五メートルほどの砂の線が十本。空中に浮かび、彼を包む十指のごとくゆっくりと曲げ伸ばしされていた。奴の能力である『力場』が、砂を巻き込むことで可視化されている。

 その意図は、ちょうど剣について考えていたためすぐにわかった。

 振るわれる十指。大きく飛んで、時に空気の盾で防ぎ、かわす。

 深々を逸れて電信柱や路面や街路樹に激突した力場は、聴こえない耳でなく表皮に伝わるような『ぎゃリりリ』という耳障りな音を立て、その表面を鋭く削り取った。人体ならきっと触れただけでばらばらだ。


(砂を力場の中で一方向に高速循環、かつ指向性を持たせた音で振動させて削り取る技)


 グラインダーないしチェーンソーを思わせる攻撃だった。

 しかも合間にLRADや低音衝撃、耳長の警備兵による銃撃も織り交ぜられる。深々の動きがわずかでも止まれば即座に仕留められるだろう。

 ……呼吸を落ち着かせ、戦局を冷静に観察する。

 勝ち筋があるとすれば、奴の力場が視認できるようになった点。機構による視野拡張が無いにせよ、武術家として優れた動体視力を持つ深々ならば力場が自分に当たる寸前に『固定』に巻き込むことが可能だ。

 それで一本ずつ力場を拘束できれば、相手の手数を減らせる。音使いである耳長はいまのところ決定打となる攻撃法がない。銃撃と剣を防ぎながら懐に入れば勝機はある。

 そう、思ったのだが。


「   」


 何事か口許を動かしてつぶやいた耳長の警備兵が、ぐるん、と背後を顧みる。

 突如として深々より視線を逸らしたその先には、遮断壁があった。

 振るわれる力場の鞭。砂が遮断壁の脆い継ぎ目を削り取り、まっぷたつに破砕した。

 砂煙が渦巻くそこにいたのは、織架と婁子々だった。まだ負傷から復調しきっておらず、逃げられずにいたらしい。苦悶の表情でこちらを見ている。


(なぜ正確に奴らの場所を──、くそ。音の反響によるソナーか)


 発信だけでなく受信においても、音の扱いに長けた能力であるらしい。つくづく対群衆に向いた能力と言えるだろう。

 向けられる、砂塵の振動刃。

 風切る斬撃がリーチを伸ばす。

 とっさのことで、婁子々は織架を庇って背を向けた。深々は焦点を婁子々に合わせる。

 その背に当たって──砂塵は弾け飛ぶ。


(これで防御策は使い切った、か)


 深々の『固定』は視界内にある『触れたもの』に作用して空間ごと固める。婁子々は先ほど自分が深々に触れられていたのを察して、固定が発動されることに賭けて織架を庇ったのだ。

 しかし一度発動・解除すれば再度触れない限り『固定』は発動できない。この防御は一度限りだ。

 懸命に駆け抜けて、深々は婁子々と織架の前に踊り出る。

 砂塵纏う力場を蠢かし、泉と耳長の警備兵が深々と対峙する。


「   がら  えるか?」


 まだ聴力は回復していないが、「庇いながら戦えるか」と問われたことはわかった。


「……嘗めるな」


 深々は鉄球を構える。


安全組合うちの部下を、殺らせはしない」


 意志を固め、深々が猛る。

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