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実地訓練、再び

「ふむ……」


 眼前の光景を眺めながら、アランは一つ呟いた。

 周囲を見回し、一巡し、もう一つ呟く。


 さて――


「何故僕はここに居るのだろうか……」


 今日は休養日……とは厳密には異なるが、少なくともアランに予定はなかった。

 リーズ達は迷宮に向かう日であるため、何をしようかと朝食の席で話し合っていたのは知っているものの、アランには関係のないことである。

 そのため、それを横目に、今日は儀式魔法の研究でもしようかと、そんなことを考えていたはずだ。


 いや、確かに、儀式魔法の研究をするためには、触媒が足りていなかったのは事実である。

 何処かで調達する必要があり、青空市場に行くか、或いは安全な範囲で一人で迷宮に潜ってみるか、などと冗談半分に考えてはいたのも事実ではあるのだが……まさか本当に迷宮に来ることになるとは、さすがのアランでも予想外であった。


「……だから、悪かったわよ。でも仕方ないでしょう? やることは決まったけれど、明らかに人手が足りていなかったんだから」

「それはもうその時点で色々と間違ってたんじゃないかなぁ……まあ別にいいけど」


 溜息を吐きながら、周囲を見渡す。

 そこに広がっているのは、つい今しがた思ったように、迷宮のそれ……しかも、一昨日にも見た覚えのあるものだ。


 そう、アランは再び、禁忌の迷宮へと来ているのであった。


「嫌そうにしちゃいるが、話を聞いた時には割と乗り気じゃなかったか?」

「そりゃまあ、触媒を手に入れるって意味ではちょうどよくもありましたからね。ただ、それはそれ、これはこれ、と言いますか……僕が巻き込まれる形となったのは事実ですし。一応言うべきことは言っておくべきかと思いまして」

「そうよねー。けじめは大切だものね、けじめは。うんうん」

「……人手が足りなくて無理そうだとなった時にこの提案をした際、ミレイユはかなり乗り気だった気がするのだけれど?」

「あら、私は別に、人手が足りないからアランを誘ったわけじゃないわよー? ただ単にアランと一緒にここに来たかったからだもの。結局一昨日はほとんど探索は出来なかったし……まあ、あれはあれで楽しかったけどねー」

「それは余計駄目な気がするがな……」


 だがリーズがジト目を向け、クリストフが言葉を重ねても、それらを向けられた方はどこ吹く風だ。

 アランとしては、どうせそんなことだろうと思っていたし、言っても意味がないことなど分かりきっているので、ただ苦笑を浮かべ肩をすくめるだけである。


 ともあれ、まあつまり、アランがここへと再びやってくることとなったのは、リーズ達に誘われたからであった。

 厳密には、助けを求められた、と言うべきかもしれないが……どちらでも大差はないだろう。

 何にせよそういうわけで、アランは今日もここを探索することになったわけである。


「ま、何だかんだ言っても僕も受けたことには違いないし、お小言はここまでにしとこうか。折角来たのにこういうことで時間を無駄にしちゃうのもあれだしね」

「そうねー。それじゃあ、さっさと行きましょうかー」


 一転、明るい声で放たれた号令に溜息が重なるも、やはり何を言ったところで無駄である。

 再度溜息を吐き出し、顔を見合わせると、その言葉の通りに、迷宮の先へと向かい始めるのであった。







 アランが今回この迷宮に来たのは、当初予定にないものであり、来た理由としては人手不足というものである。

 それはどちらかと言えば、戦力不足とも言え……まあ、端的に結論を言ってしまうのであれば、索敵役がいなかった、ということだ。


 ミレイユとリーズは攻撃特化であり、クリストフは補助よりの万能だが、索敵用の魔法は使えない。

 というか、索敵用の魔法などというものを使えるのは今のところアランだけであるため、使えないのが当たり前である。


 しかしとなると、誰かが索敵を目視で行う必要があるわけだが……普通索敵は魔導士が行うものではないのだ。

 とはいえそのためにわざわざ誰かを一時的に募集したりするのも馬鹿らしく、さらにそうする場合この迷宮は使えなくなってしまうため、アランに白羽の矢が当たった、というわけである。


「んー……でもこの光景を見る限り、僕は別に必要なかったような気が……?」


 視界に入った瞬間に灰燼と化す魔物の姿を見ながら、アランは怪訝そうに呟いた。


 そうしているのが誰であるのかは、今更言うまでもないだろう。

 リーズも時折魔法を放っているも、今日は教わる側なのである。

 それは意図的に、たまにはやってみろとばかりに残された魔物に向けて放っているものであり、基本的にはリーズもその光景を眺める側なのだ。


 目視してからの魔物の生存時間は、一秒あるかどうかというところか。

 正直なところ、既に探索というよりは、魔物の虐殺現場を見ている気しかしていなかった。


 そしてだからこその、自分は不要なのではないか、という思考なのである。


「ま、ぶっちゃけちまえば、テメエがいなくても問題はなかっただろうな。特にここらの階層に居るような魔物なら、例え不意打ちされたとしても、アイツが魔法をぶっ放す方が早い。が、そうなると、今回の趣旨から外れちまうからな」

「今回の趣旨……迷宮での後衛の立ち回り、でしたっけ?」

「アイツも迷宮に精通してるわけじゃねえから、厳密には単純な戦闘時の、ってことになるだろうがな。それでも索敵がある時とない時じゃ立ち回り方はまるで違うし、リーズが知りてえのはこっちだったってことだろ。まずは、ってことなのかもしれねえがな」

「うーん……」


 まあ、そのこと自体に、異論はない。

 わざわざアランを求めたということは、そういうことなのだろう。

 だが。


「あれは、本当に参考になるんですかね……?」

「……さあな?」


 アランは今回前衛を勤め、クリストフもそれにならっている。

 これは単純に中衛のつもりでいても、相対位置的にそうなってしまうだけではあるのだが、前衛をこなせるものがいないのだから仕方がない。


 しかしそれでも今のところ問題がないのは、先ほど言った通りのことが理由である。

 即ち、視界に入った瞬間に魔物が消し飛んでいるのだ。

 問題など起こるはずがなく、そもそも前衛とか必要じゃないんじゃないかという疑問が生じるまである。


 まあそれでも多少後衛の二人とは距離が離れているということに違いはなく、二人の話している声は漏れ聞こえてくる、程度でしかないのだが――


「いい? 後衛の魔導士っていうのは、基本的にそのパーティー内で最大の火力を担うことが多いわ。つまり私達の攻撃が外れちゃえば皆困るけど、逆に言えば私達には攻撃以外の期待はされていないの。だから他のことは皆に任せて、ただ攻撃だけに集中していればいいのよ」

「攻撃だけに、集中していれば……」

「そう、それさえ分かっていれば、あとは簡単でしょう? 全力で攻撃すれば、敵は倒せるわ」

「全力で攻撃すれば……倒せる……」

「……倒せますかね?」

「まあアイツなら倒せんだろうがな。リーズは……この階層なら可能、か?」


 言っていることは間違っていないとは思うのだが、基本的に思考が脳筋寄りというか、そんな感じなのだ。

 しかも自分の常識を基準としているため、賛同出来ることの方が少ない。


 だが多分本人的には真面目に話しているのだろうし、リーズもそれを分かっているのだろう。

 真剣に聞いており……しかし傍目に聞いている限りでは、正直参考になるとは思えなかった。


「リーズも結構生真面目なとこあるからなぁ……」

「ま、本人達が納得してんならいいんじゃねえか?」

「なるほど……つまり、一撃で倒せないのならば、倒せるまで攻撃をし続ければ……」

「ええ、それはもう、一撃で倒したのと同じことになるわ」

「……本当に、いいんですかね? 同じじゃないと思うんですが……」

「俺もそうは思うが、何か納得してるからアイツらじゃないと分からない何かがあるんじゃねえのか? まあ多分ないとは思うが」

「駄目じゃないですか……」


 それで何か得られるものがあるのならば、アランとしても何かを言うつもりはないのだが……実際のところ、リーズの火力はパーティーの要だ。

 敵が強力になればなるほどその重要性は増してくるし、影響を受けるにしても、変な方向にであると困るのだが――


「……よし、何かよく分からないけど、何となくいける気がするわ!」

「ええ、あとは実践あるのみね。アラン、次の敵はまだ!?」

「と言われてもだね……僕が敵を呼び出したり引き付けたりしてるわけじゃないし? そういう都合は敵さんに聞いて欲しいかな?」

「つかなんかアイツも無駄にやる気出し始めてんな……色々言ってるうちに自分でも気分が乗ってきたか」


 そんなことを言い、後方の様子を眺めつつ、溜息を吐き出す。

 魔物が出てくれば、あの無駄に上がったテンションをぶつける先も出来るのだが、生憎と今のところ反応はない。

 さてどうしたものか、というところだが……まあ、後で思い返せば、さすがに冷静になってくれるだろう。


 後ろは一先ず気にしないことにしつつ、先に進むことにした。


「そういえば、そろそろ階段のある広間ですけど、どうするつもりなんですか?」

「あー、そういやどうすっかな」

「決めてなかったんですか?」

「いや。一応状況次第で判断するつもりだったし、そういう話にはなってるんだが……」


 後方の様子を眺める姿に、ああ、と納得する。

 不安だということだろう。

 それはアランも同感であった。

 が。


「まあ、大丈夫じゃないかと思いますけどね。出てくる魔物もほとんど変わりませんし」

「一通り聞いてはいるし俺もそうは思うんだが……まあいいか。痛い目を見るんなら、それはそれでいい経験だし、どうせその時にはテメエが助けるんだろうしな」

「ええ……師匠は助けないんですか?」

「戦闘は得意じゃないっつってるやつに一体何期待してんだよ」

「いや、それ僕もなんですけど……」


 何故かその言葉は、鼻で笑われた。

 そのことに納得がいかず、だがそれを追求するよりも先に、広間へと到着する。


 何となく気勢がそがれたアランは溜息を吐き出すと、代わりとばかりに後方へと振り向いた。


「えーと……このまま降りようかと思ってるんだけど、いいかな?」

「んー、私は問題ないと思うけど、リーズちゃんはどう?」

「私も問題ないわ。あまり魔物の出がよくないみたいだし、むしろちょうどいいぐらいよ」

「そりゃ頼もしいこった」


 というわけで、下層に向かうことになったので、そのまま階段の方へと足を向ける。


 そこは、一目でそれと分かるような場所だ。

 壁には人が一人入れる程度の穴が空いており、そのまま下へと繋がる階段が存在している。

 何故こんな風になっているのかはよく分からないが……まあそんなことを言ったら迷宮そのものがそうなのだ。

 特にそれ以上のことを考えることなく、足を踏み出す。


 途端に周囲へと響くのは、硬質な音だ。

 一歩、二歩と、踏み出すたびに音が鳴り、残響していく。

 壁に手を突けば、ひんやりとした感触が返り、先に目を凝らせば、そこには何も見えなかった。


 それは、文字通りの意味でだ。

 ある程度の先までは見えるものの、そこから先はただの闇が広がっているのである。


 ただしそれは、先が遠すぎて見えないのではない。

 その証拠とでも言うかの如く、次の一歩を踏み出した瞬間、視線の先に階段の途切れと、そこから続く地面が見えた。


 これが、この中の空間が歪んでいる、などと言われる理由である。

 ある程度進むと、唐突に先が見えるようになるのだ。


 ちなみにここから一歩後ろに下がると、また見えなくなる。

 実際に試したので、間違いない。


 これも不思議と言えば不思議だが、まあ慣れればそんなものかと思うようになる。

 クリストフ達も似たような経験をしたことがあるのか、特に何を言うでもなく、そのまま第六階層へと到着した。


「んー……見事なまでに特に何の変哲もないわねー」

「まあそんなもんだろ。むしろ変化があった方が驚きだ」


 その言葉の通り、そこは第五階層と、何の違いもなかった。

 先ほどの広間と似たような場所が広がっており……だがそれこそが普通なのだ。

 本来はそれがずっと続くものであり……第十一階層で変化があるこの迷宮の方が、おかしいのである。


 とはいえここはまだ、普通の範疇だ。

 宝箱が出たりする時点で普通ではないが、そこら辺はもう今更である。


「さて……無事第六階層に着いたわけだけど、どっちから行く?」


 そうアランが尋ねたのは、右と左でそれぞれに通路へと繋がっている道があるからだ。

 まあ最終的には一周するだろうことを考えれば、どっちから行っても同じことではあるのだが――


「どっちでもいいんだけど……ちなみに、階段のある広間に近いのは?」

「右だね」


 その程度ならば、地図を確認するまでもなく理解している。

 そしてどちらと言うのかは、何となく分かっていた。


「じゃあ左かしらねー」


 予想通りの答えに、つい苦笑が浮かぶ。

 まあそうなるだろうし、アランとしては特にこだわりはない。

 あとは残りの二人次第だが――


「ま、ならそっちでいいんじゃねえか? 俺はどっちでもいいしな」

「そうね……私もどちらでもいいのだけれど、何となく沢山戦いたい気分だし、左の方がいいかしら」


 というわけで、左からとなった。


 もっとも先に述べたように、どちらから行っても結局は同じことだ。

 違いがあるとすれば、それは気分的なものでしかないのだが……まあ、気分よく進めるのであればそれに越したことはないだろう。

 魔法において、気分というのは割と重要な要素の一つなのだ。

 それを考えれば、意外といい影響があるかもしれない。


 とりあえずアランとしては、これが黒歴史となってしまわないことを祈るだけだが。

 ともあれ。


 そうしてアラン達は、妙に乗り気な二人を連れながら、迷宮の探索を再開するのであった。

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