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二度目の調査

 視界を赤が過ぎ去った瞬間、全ては終わりを告げていた。


 次の瞬間にはその名残すらなく、そこにあったのは見慣れた迷宮の光景だ。

 言われなければ……否、言われてさえ、たった今ままでそこに魔物がいたなどと分かりはしないだろう。


 誰からともなく溜息が吐き出され、弛緩した空気が流れた。


「へー」

「ほぅ……」


 そこに混じるように、不意に漏れ聞こえてきたのは、感心したような呟きだ。

 視線を向けてみれば、そこにあったのはその通りな表情。

 感心したような顔でこちらを眺めており……つい、アランは視線を逸らした。


 何と言うか、授業参観でも受けているかのような気分になったのだ。

 まあ、ある意味では間違ってもいないのだが。


「うーん……なんというか、どうにもやりにくいですね……」

「そうね……調査に来ているはずなのに、私達が調査されてる気分だわ……」

「あら、気分も何も、その通りよー? だから何も間違っていないわ」

「調査も観察も似たようなもんだからな。テメエらがどんだけ使えるかを調べてるって考えれば、確かにその通りだ」

「……ま、そうとも言えますわね」


 現在位置は、禁忌の迷宮の第五階層。

 見慣れた場所を、いつも通りの隊列で進み、だがいつもと違うのは、クリストフたちがそのさらに後方を歩き、こちらを眺めていることだ。


 それは観察のためであり、今言われたように調査のためでもある。

 ただしそれは、この迷宮を、というわけではなく、アラン達を、という意味だ。


 今回の探索は、調査の為の調査、とでも言うべきものであり、要するにアラン達がどれだけ使えるのか、ということをクリストフ達が知るためのものである。

 二人はアランとリーズがある程度戦える、ということは知っているだろうが、迷宮で実際にどれだけ動けるのか、ということは見なければ分からないだろう。

 シャルロッテに関しては尚更であり、サラに至っては二人はどんな魔法を使えるのかということすらろくに知らないはずだ。

 ならばまずは観察するというのは、理に適った行動であり、授業参観というのは、そういう意味であった。


「うん……理に適っては、いるんだけどなぁ……」

「どうかしたです?」

「いや……親や師匠に観察されながら何かをするっていうのは、思ってた以上に気まずい感じだなぁ、と」

「私はそんなことないわよー?」

「俺もだな」

「そりゃ見てる側はそうでしょうけど……」

「まあ、それを言ったらサラは元同期に観察されてるわけですからね……正直サラもかなり気まずいです」

「その点で言えばわたくしはマシでしょうか。もっともこうして観察されながら、というのは初めての経験ですから、やりにくいことに変わりはありませんけれど」

「私もそうだけれど……まあ、こればかりは慣れるしかないのでしょうね」


 溜息を吐き出すリーズに、同意するように肩をすくめる。

 必要なことだからやっている以上、それしか手はないのだ。


 とはいえそう言ったところで、簡単に慣れられたら苦労はしないのだが。

 二人の視線から逃れるように、アランは早々に歩き出した。


 そうして先へと進みながら、ふと思うところがあり、後方を眺める。

 これまでここで起こった戦闘は、三度。

 その全てをアラン達が担当したし、滞在時間という意味ならば、まだまだ短いと言うべきだろうが――


「あん? なんだ、こっちに何かあるのかと思ったが、見てるのは俺達か? 気になることでもあったか?」

「そうですね……まあ、気になると言いますか……初めて来る迷宮だっていうのに、二人とも随分と落ち着いてるな、と思って」

「ああ、確かにそれは私も気になっていたわね。調査の為に余計な先入観を受けないようにと、敢えて私達から何も聞かなかったのに」

「んー、そうねえ……ずっと落ち着いていた、というのならば、そんなことはないわよー? 最初の戦闘が起こるまでは、少し気を張っていたもの。まあそれでその必要がないって分かったから、確かに今では特に気を張ってはいないけど」

「あれだけでその判断が出来るとか、相変わらずですね……」

「ということは、クリストフさんも同じですの?」

「俺をコイツと一緒にすんなっての。さすがに俺にはそんなことは出来ねえよ。ただ……」

「ただ?」

「俺は元々戦闘が得意じゃねえからな。俺がどうにかする前にコイツがどうにかするだろうと思ってるから、最初から何もしようとしてないってだけだ。そもそも俺が何かしなくちゃならねえ状況ってのがもしあったとしたら、俺にはどうしようもねえ状況だろうからな。ま、分を弁えてるってやつだ」

「分を弁えてる、ですか……?」

「おい、何で疑わしそうな目で見てやがんだ? 本当のことだぞ?」

「いえ、確かにクリストフはあんま戦闘は得意じゃなかったはずですが……弟子が同じこと言うくせにアレですからねえ。……正直あんま信用ならねえです」

「俺をソイツと一緒にすんじゃねえよ。つーかそういうのは、そこの親子だけに言え。俺は無関係だ」


 何やら失礼なことを言われている気がするが、まあいつものことだ。

 足を進めつつ、転がっていた宝箱を異空間に放り投げる。


「……いつの間にかんなことが出来るようになってやがるくせに、どの口で言いやがるんだか」

「はい?」

「何でもねえよ。ったく、相変わらず休んでる暇なんかなさそうだな……師匠甲斐がねえやつだ」


 言っている意味はよく分からなかったが、どことなく楽しそうにも見えたので触れないでおくことにした。

 念のために周囲を軽く索敵し、問題がなさそうなので、そのままさらに先へと進んでいく。


「周囲に敵はいないみたいだけど、一応サラは警戒しておいてね。まあ、この階層なら不意を突かれても問題はないだろうけど」

「分かってるですよ。ミレイユ達に情けない姿見せるわけにはいかねえですしね」


 そんな言葉を交わしながら、索敵を続け――ふと、後頭部に視線を感じた。

 振り返ってみれば、二人がやはり感心したような顔でアラン達のことを眺めている。


「……なに?」

「んー? 別に何でもないわよー? ただ、やっぱり皆ちゃんとしてるわねー、と思って」

「だな。役割分担とかもちゃんと出来てるみてえだし、冒険者になったばっかってことを考えりゃ十分じゃねえか? 今でも学院じゃそんなことは教えてねえんだろう? まあ、サラが出来てんのは、別に驚くことじゃねえんだが」

「確かに学院で教わったことではないけれど……ところで、どうしてサラに関しては驚かないのかしら?」

「そりゃあまあ、俺がこんなことを理解出来る理由でもあるっつーか……ま、昨日ちらっと話しただろ? 俺達の頃は騎士学院でちょっとばかり遊んでたことがあったからな。その時にこういったことは知ったし、その時にはサラもいた。だから、サラが出来てるのは驚かねえってこった」


 昨日の話、と聞いて二人以外が微妙な顔をしたのは、多分二人以外はそれをちょっとしたこと、とは思っていないからだろう。

 しかもサラに聞いた限りでは、それでも一部であったようだし……本当にこの二人は学院で何をしていたのだろうか。


 まあそれはともかくとして……しかしと、ふと思う。

 昨日その話を聞いたということからも分かる通り、クリストフ達が来たのは昨日のことだ。

 そもそもどうして昨日来れたのか……依頼の話を聞いた限りでは、明らかに早過ぎたが、その理由は転移用の魔導具を使用したからだという。


 そこまでしてか、ということは思ったが、それ以上にあれは転移の魔法やこの迷宮にあるものとは異なり、それなりに体力を消費すると聞く。

 慣れていないものでは、翌日まで寝込んでしまうことも珍しくないと聞くが……二人はそんな様子を見せることなく、どころか、今日はこんなことまでしている。

 これは二人からの提案によるものでもあるし、何だかんだ言っても、やはり経験の差は大きいのだろうと、そんなことも思い――


「ま、何にせよ、ここまで見る限りでは、本当によく動けてると思うぜ?」

「そうねー、索敵はアランがして、万が一の警戒もサラちゃんが欠かさない。リーズちゃんもシャルちゃんも程良い緊張感を保ててるし、それは戦闘時でも同様。サラちゃんだけが前衛ってのは少しバランスが悪いけれど、アランがその分を埋めるように妨害と補助をしてるし、リーズちゃんやシャルちゃんの攻撃魔法と連携は見事だと思うわー」

「その中でも頭一つ以上抜けてるっていうか、おかしいのはやっぱアランだがな。つーかなんで妨害とかまで使えるようになってんだ? しかも複数同時とかまたテメエは……」

「まあさすがアランってことよねー。うふふ、さすがは私の息子だわー」


 そんな二人から褒められていると思えば、やはり嬉しくもあった。

 まあもっとも――


「つかそう言ってんのに、なんか不満気だな、テメエは。なんだ、何か気に入らないことでもあったのか?」

「いえ、褒められるのは嬉しいんですが……それ以上に、二人との差を感じるというか? 宝箱が突然出現するのにも、あまり驚いてる様子なかったですし」

「確かにそうですわね。正直驚かないということに、こちらの方が驚きましたわ」


 そう、先ほど何気なく宝箱を拾っていることからも分かる通り、二人はそれを既に見ていたのだ。

 だがそれに対してはそれほど反応がなく、空間魔法に関しても、クリストフは何やら言ってはいたものの、それほど驚いている様子はなかった。

 それを考えれば――


「いや、別にんなことはねえぞ? 少なくとも俺は、宝箱も空間魔法も、すげえ驚いたしな」

「私もそうよー?」

「その割にはあまっり反応がなかったような……?」

「ま、テメエが探索してるっていう迷宮だからな。驚くようなことがあるだろうってのは予測できてた。ならそれを表に出さない程度のことは可能だってことだ」

「そういうことねー」

「えぇ……」


 それで納得出来るようなことなのか……それとも、それもやはり経験だということなのだろうか。

 首を捻りつつも、二人がそうだというのならば、そうなのだろう。


 正直納得はいかなったが……その話は一先ずそこで終了となった。


「サラ」

「了解です」

「リーズも」

「こっちも? 珍しいわね……まあ、了解よ」

「ではわたくしは、どちらにも対応できるように待機しておきますわね」

「よろしく」

「うん、やっぱりやるわねー」

「だな」


 索敵に引っかかった魔物の数は、合計で六体。

 前後三体ずつの、リーズが言うように珍しい挟み撃ちとなる形だが、まあ珍しいだけで稀にあることだ。

 そもそもこの階層であれば、問題になるようなことではない。


 それでもサラではないが、二人に無様な姿を見せるわけにはいかないのだ。

 会話から戦闘へと意識を切り替え、集中する。

 いつでも妨害魔法を放てるように構えつつ、敵の姿が視界に入った瞬間、そのまま叩き付けた。







「まさに瞬殺だったわねー」

「後方からのはリーズの魔法で纏めて一撃、前方はサラとシャルロットの連携でこれまた一瞬か。近衛あたりにいってもいけるんじゃねえのか、これ?」

「さすがにそれは買いかぶりすぎだと思いますけどね」


 文字通り一瞬で終わった戦闘であったが、アラン達は疲れたように揃って息を吐き出した。

 やはり観察されているということで、余計な力が入ってしまうからだろう。


 それは仕方のない事だとは思いつつ、反省事項でもあると考えながら、その場を見渡す。


「ふーむ……敵影なし。気のせいかと思ってたけど、やっぱり今日は敵の数が少ないなぁ……」

「そうね……接敵の数が少ない分時間はあまり経っていないけれど、歩いた距離的に、そろそろ半周する頃よね?」

「うん、ちょうどそこにある部屋で半分だね」


 いつもであれば、この倍は戦闘があってもいいはずだ。

 四日前に来たばかりとはいえ、この階層自体で戦うことはあまりない。


 転移で下層に行っている事がバレないよう、カモフラージュ用の素材等を集めるためにたまに戦うことはあるが、ここ最近でそれを行ったのは、一週間以上前だ。

 四日前も半周もしないうちに下層に行ったため、この階層から魔物が減っているということは考えづらいのだが――


「……ま、たまにはこんなこともあるですかね。戦闘が偏るのは、稀にあることですし」

「ですわね。……良いところを見せられず残念と言うべきか、この状態で戦闘をあまりせずに済んで幸運と言うべきか、どちらとは何とも言えないところですけれど」


 シャルロットが終わったように言っているのは、今日は第五階層を半周するだけと最初に決めていたからだ。

 あくまでも調査の為の調査、アラン達の実力を確かめるための仮でしかなかったからである。

 それが分かる程度であれば十分と、そういうことだ。


「ふむ……もちっと見てえ気もするが、まあ十分っちゃあ十分か」

「そうね……最初から分かっていたことではあるけれど、大丈夫だって確信が持てたし、十分だと思うわ」


 だから、そこで僅かに気を緩めてしまったのも、仕方のないことだろう。

 やっとこの観察される状況も終わると、アランは息を吐き出し――


「あ、そうそう、ところでアラン」

「うん? なに?」

「――何か私達に隠していること、あるわよね?」


 瞬間身体が強張ってしまったのは、避けようのないことであった。

 

 そしてそれは、心当たりがあったからでもある。

 転移。

 それと、深層領域。

 その話を、二人にはしていなかったのだ。


 それは話してしまえば厄介事になると思ったからでは、ない。

 いや、ある意味ではそれは間違ってはいないのだが……。


「あー……えっと……うん」


 言い訳をするか迷ったのは一瞬で、結局のところ、アランはそれに素直に頷いた。

 誤魔化しきれないことなど、明らかであったからだ。

 それは他の皆も瞬時に理解し、仕方なさそうに肩をすくめていた。


「……ったく、コイツはいつものほほんとしてるくせに、たまにこういうことをしてくるからこええんだよ……」


 まったく以って同感である。


「そんなことないわよー? 怖いなんて、失礼しちゃうわー」


 どの口でそんなことを言うのかと思ったが、多分本人は本気で言っているのだろう。

 まあだからこそ、性質が悪いというか……おそらくこれは、こういうことなのだ。


 結局のところ、アランも親には敵わないと、そういうことである。


「それでアラン、話してくれるのよねー?」


 そして心の底からの笑みで、それが当然だという顔でそう言われてしまえば、逆らう気など起こるわけもない。

 溜息を漏らしながら、アランは苦笑と共に、それに頷くのであった。

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