深層領域 5
全ての戒めを引き千切ったゴーレムが、今までの鬱憤を晴らすかのように足を一歩前に踏み出した。
それだけで小さな地響きが起こり、僅かに地面が陥没する。
それは迷宮の法則に従い即座に修復されるが、その脅威を示すには十分だ。
自然、それと対面する形となっているレティシアの身体に震えが走り、だが一笑に伏す。
それが脅威であるなど、一目見た時から分かっていたことだ。
ならば、今更臆す必要など、あるわけがない。
「……それが分かっていてもつい下がりそうになってしまうのだから、妾もまだまだだということだな」
「まああれ相手じゃ仕方ねえと思うですがね。サラも出来るならとっとと逃げ出してえですし」
サラとそんな風に軽口を叩きながらも、息を一つ吐き出すと、レティシアは意識を切り替える。
やることは分かってるし、駄目ならば逃げ出すだけだ。
難しいことはなく、気負う必要もない。
だが……出来るならばやはり、一矢を報いたいのだ。
故に。
「――っ」
鋭く息を吐き出すのと同時、思い切り地面を蹴り付けた。
進行方向は斜め前。
ぶつかりそうになるほどの勢いをつけ、眼前の木に迫ると、そのままそれを蹴り付け、逆側の木へと向かった。
レティシアのやることは、要するに基本先ほどと同じだ。
接近し、斬りつける。
それに意味がないことなど、分かりきっていることではあるが――
「はあっ……!」
――戦神の加護・比翼連理・重力制御・八双飛び・直感(偽):轟雷一閃。
振り下ろした刃は、やはり甲高く硬質な音を立てると、両腕に痺れだけを残した。
アランから補助魔法の重ねがけをされているのだが、それでもまだ足りないらしい。
結果までもが先ほどと同じであり……しかし、そこから先が、先ほどまでとは違っていた。
瞬間レティシアの背筋に走ったのは、悪寒だ。
その正体について考えを巡らせるよりも早く、身体が動いた。
転がるようにしてその場から飛び退り……その行動が正しかったことが分かったのは、直後のことだ。
地面が爆ぜた。
それはそうとしか表現のしようのないものであり、事実轟音が響き、眼前にあったはずの土が周囲へと吹き飛んでいる。
だがそれが爆発ではなかったのだと分かったのは、晴れた視界の中、それの腕がそこに突き立っていたからだ。
つまりは、ただ腕を振り下ろしただけ。
それだけのことで、それほどの威力を放ったのである。
しかも今、レティシアはそれの動きが見えなかった。
勘で下がりはしたものの、それがいつ腕を振り下ろしたのかすら分からなかったのだ。
別に愚鈍ではないと思っていたものの……拘束されていないとこれほどまでなのかと、冷や汗が頬を伝い落ちる。
それが今拘束されていない理由は、単純だ。
既に拘束しておくことが出来ないからである。
アランがあの魔法を使えなくなったというわけではなく、それに対する耐性を得られてしまったのだ。
どうやら目の前のそれは、魔法に耐性があるだけではなく、魔法を受けることでさらなる耐性を得ることも可能らしい。
それはリーズ達も感じていたことらしいので、ほぼ間違いないだろう。
実際先ほどアランが使った際には、一瞬で全てを引き千切られてしまっていた。
そのため、別の方法で支援した方がいいと、アランは違う魔法を使う準備をすることとなったわけだが――
「――っ!?」
瞬間、レティシアの背筋に再度悪寒が走る。
今のを見ても分かる通り、レティシアが居るのはそれの攻撃範囲外だ。
しかしそれには、直接攻撃する以外にも攻撃手段がある。
レティシアは咄嗟に自身の剣を地面に突き刺すと、それを盾とするように構え――だが関係なく吹き飛ばされた。
「――ぐっっ!!」
それでも剣に体重を預けながら、踏ん張り……何とか五メートルほどで、止まる。
剣を地面から引き抜くと、構え、どうだと言わんばかりの笑みを浮かべた。
まあとはいえ、今のを耐えられたのは、間違いなくアランのおかげだ。
今も自身を覆っている光の膜。
これがあるからこそ、痛みもなく、頭の揺れもほんの少しで済んでいるのである。
防御魔法の三重掛けは伊達ではないということだ。
しかし逆に言うならば、それだけやっても完全には防ぎきれないということでもある。
しかも魔力を叩きつけられるだけでこれだ。
直接あの拳を食らったらどうなるかなど、考えたくもない。
勿論それを回避する自信はあるものの……先ほどの攻撃を見てしまえば、もしや、という思考が頭を過ぎってしまう。
僅かに足が鈍り……だがその瞬間、レティシアの身体を、淡い光が包み込んだ。
「これは……」
それは防御魔法ではなく、回復魔法だ。
当然怪我をしていないレティシアには不要なものではあるが……。
さらに、レティシアの目の前で、炎と氷の花が咲いた。
後方から叩きつけられたつぶては、それに被害を与える様子はなかったものの、ほんの僅かにその注意を逸らす。
それはつまり、レティシアに対する援護であり……そのことに、少しだけレティシアの口元が緩んだ。
力が戻った足で地を蹴り付け、すぐ脇の木へと飛び移る。
そしてその時には、既にサラが突撃を仕掛けていた。
先ほどと同様、その一撃はゴーレムの身体を少しだけ浮かせ、だが即座にサラの身体が吹き飛ばされる。
それは魔力による吹き飛ばしであり、その反応のよさはゴーレムがサラを警戒している証だろう。
レティシアも攻撃はされたが、あれはどちらかと言えば、近くに敵が居たから、といった感じだ。
その対応の差は仕方なくはあるのだろうが……今に見ておるがいいと、レティシアは目を細める。
ちなみに吹き飛ばされたサラに意識を向けなかったのは、その必要がないということが分かっていたからだ。
事実サラは三メートルほどを吹き飛ばされただけで、特に攻撃を受けた影響を見られず、即座に追撃を仕掛けていた。
その理由はレティシアと同様、三重の防御魔法のおかげだが、レティシアよりも被害が小さいのは、そこにサラ自身の魔法も重ねられているからだ。
そもそもクラリスは意識を失ってしまったのに、サラがそうならなかったのもそのおかげでもあり、そこから防御魔法を重ねがけすればレティシアでも耐えられるのではないかという発想に至ったのである。
そしてレティシアが耐えられたのであれば、サラに耐えられない道理がない、というわけだ。
ともあれ、サラに続くようにして、レティシアも仕掛ける。
上からはレティシアが、下からはサラが攻撃を加え、時折リーズやシャルロッテも続く。
今回リーズ達の魔法も加わっているのは、二人の放っている魔法の規模が小さいからだ。
レティシア達を巻き込まない程度のものであり、だがそれは連携するためにそうしているわけではない。
現在二人はその程度の魔法しか使えない状態だというだけなのだ。
しかしそのせいもあって、元から威力があまり期待できなかった魔法は、ただの目くらまし程度にしかなっていない。
もっともそれはレティシアの攻撃に関しても同じであり、自然とサラを中心に、サラを補うように動きあうことになっていた。
ゴーレムの巨体へと潜り込むようにサラが踏み込めば、その瞬間、ゴーレムの目の前に炎が出現する。
一瞬、だが確実に目をくらませるその間にサラの一撃が叩き込まれ、ほぼ同時にレティシアはその腕へと剣を振り下ろした。
攻撃のタイミングを掴んできたのか、ゴーレムがサラの攻撃に合わせ動くようにしてきたので、それを邪魔するためだ。
さらには腕の先に氷の塊が出現し、それは小さいながらも少しだけその挙動を遅らせる。
その間にサラは距離を離しており、僅かに遅れた拳が、地面へと叩きつけられた。
まるで爆発の如き音と衝撃が周囲に撒き散らされ、だが臆すことなく、レティシアが再度刃を振り下ろす。
頭部に吸い込まれたそれは相変わらず甲高い音を響かせるだけであり……しかし一見無意味にも思えるそれが気に障ったのか。
はっきりとその目がレティシアに向けられ――瞬間生じた死角に、影が滑り込んでいた。
直後に発生したのは、音。
ゴーレムの身体が、今までの中で最も浮き、飛ばされ、だがその怒りを示すように、放たれた魔力によってレティシア達もまた吹き飛ばされた。
それもやはり痛みはなかったが、揃って同じ場所へと着地しながら、溜息を吐き出す。
「っ……今のは割と改心の出来だったんですが、やっぱ届かねえですか」
「ついでに言えば、そろそろ限界だな」
「こっちに対しての対応速度が明らかに速くなってきたですからね。あと一、二回もすれば捉えられちまうですか」
「うむ。ここまで、ということだな。結局妾が有効な脅威として見られなかったのは口惜しいが……まあ、仕方あるまい」
後方に視線を向ければ、アランから頷きが返ってきた。
ちょうど向こうの準備も終わったということであり――時間稼ぎは終わったということだ。
当然のことながら、それは逃げるためのものではない。
一矢報いるための、その準備が、ということであった。
レティシアはこの後のことを考え、不敵にその口元を吊り上げ――直後に、前方へと視線を向け直す。
何かがあったわけではなく、だが何となく嫌な予感がしたのだ。
「む……? 今あれの雰囲気が僅かに変わったような……もしや、妾達が何かしようとしていることに気付いたか?」
「まあ、別に隠してないですし、露骨っちゃあ露骨ですしね」
魔物の中には知能を持っている存在も珍しくはない。
特に強大な魔物ともなれば、尚更だ。
そして目の前のそれは、間違いなくそこに分類される。
であれば、気付くのは当然とも言え――
「むしろ、そうでなくては、といったところか? 確かに一矢は報いたいが、やはり不意打ちではなく、堂々といきたいからな!」
「……あれ相手にそんなこと言えるなんて、レティシアもレティシアでやっぱさすがですけどね」
そうは言いつつも、サラの気配にも不敵なそれが混ざっているのは、同じことを考えているからだろう。
まあ、当然だ。
今までは確かに様子見や時間稼ぎが主目的ではあったが、そこに手抜きはなかったのである。
本気でやっておきながら、まるで相手になっていなかったというのならば……それを真正面から打ち砕きたいと思うのは、当たり前のことであった。
「ま、とはいえ今回妾は脇役だがな。だが、故にこそ刮目せよ。我が同朋達は、必ず貴様の度肝を抜いてみせるであろう!」
言った瞬間だ。
刹那の間もなく、後方で何かが起きた。
それは見るまでもなく分かることであり、それが魔力の奔流だということが分かったのは、今までアラン達と接してきた経験故だろう。
それ以上のことを考える必要はなかった。
何故ならば、その時には既に魔法が発動していたからだ。
ならば、レティシアのすべきことは、一つである。
「――爆ぜろ、轟魔爆炎陣」
詠唱の結びとなる言霊を聞いたのは、駆け出した空中でのことであった。
眼下に現れたのは一つの魔法陣。
それはゴーレムの真下に、その全身をすっぽりと覆うように現れ――直後に地面が爆ぜた。
響いた轟音は、今日耳にした全ての音の中で最大のものだ。
当然のように威力も相応であり、真下から噴き出した爆炎に、ゴーレムの全身が包まれる。
茶と緑の支配する空間に、赤の花が咲き……だがゴーレムがそれをまともに食らったのは、きっと動けなかったからではないだろう。
それでは自分を傷つけられないということを、知っていたのだ。
そしてそれは事実である。
炎に焼かれつつも、そこから現れたその全身には傷一つ付いていない。
リーズの放ったそれでは、ゴーレムの耐性を突破する事が出来なかったのだ。
――しかしそれを知っていたのは、こちらもであった。
事前に色々と魔法を放ち試してみた結果、リーズ達は自分達の魔法ではゴーレムに傷を付けることすら出来ないという判断を下していたのである。
だから。
それを放ったのは、ゴーレムそのものをどうにかするためではなかった。
地面を粉砕すること。
それこそが、目的だったのだ。
地面も迷宮の一部であるため、壊したところで即座に修復されるが、それにはほんの少しだけ時間が必要である。
それに何より……壊れた地面の上に立っていたのならば、当たり前のようにそれは体勢を崩さざるを得ない。
――故に。
「――凍て付け、天魔氷結陣」
瞬間結実した魔法に従い、その場に先の魔法陣と同等の大きさのものが出現した。
しかも、二つ。
上下に、ゴーレムを挟み込むようにして、それらはそこにあった。
直後にゴーレムが身動ぎしたのは、何かまずいことが起こるということを感じたからだろうか。
だが遅い。
一瞬の間も置かず、二つの魔法陣に挟まれた空間、その全てが凍結した。
それは、ゴーレムを凍らせたのではない。
ゴーレムごと、周囲の空間を凍らせたのである。
それならば、本体がどれほどの魔法耐性を持っていようとも、関係がない。
サラが接触した結果、ゴーレムが周囲への影響をほぼ持っていない、ということが分かったからこそ出来たことではあるが……それでも、やはりかなりの大技だったようだ。
視界の端で、シャルロットがへたり込むのを目にし、しかしレティシアは口元に笑みを浮かべた。
リーズもシャルロットも、きちんと自分の役割を果たしたのだ。
ならば――
「次は、妾の番であるな!」
ゴーレムの動きは、完全に静止している。
それで倒せたとは当然のように思ってはいないが、それでも動きを止めることが出来たことに違いはないのだ。
そしてこの状況であれば、余計なことを考える必要はない。
最後の一蹴りによって、レティシアの身体が真下へと降下し――
「――はあっ!」
――戦神の加護・比翼連理・重力制御・八双飛び・直感(偽)・捨て身:轟雷一閃。
文字通りの、正真正銘の全力を乗せた一撃。
裂帛の気合と共に振り下ろされたそれは、氷付けのゴーレム、その右腕へと叩き込まれ――そのまま、両断した。
「……っ!」
完璧な手応え。
ついに果たした一撃に、レティシアの口元が綻び――瞬間、その眼前で、氷が砕かれた。
ゴーレムが、ではない。
むしろそのゴーレムこそが、それを成したのだ。
内側から氷を破壊したのであり……直後、残されたその左腕が、目の前のレティシアへと振り下ろされた。
それは間違いなく、ゴーレムが今まで放った中で最高の一撃であった。
敵が居たからと、放たれたものではない。
多少の脅威があるからと、サラに放たれたものですらない。
自身を傷つけたものへと向けられた、明確な殺意の篭った攻撃であり――だがレティシアの口元には、やはり笑みが浮かんでいた。
それを認識できなかったわけではない。
認識できたからこそだ。
つまるところそれは、レティシアをようやく脅威と認めたということであり――何よりも。
「生憎と、貴様に妾を傷つけることは出来んよ。何せ、こちらにはあやつがいるのだからな」
「――セット。防げ、アイギス」
瞬間弾けたのは、火花と轟音。
それはレティシアの眼前、そこに現れた光の壁とゴーレムの拳との間に起こったものであり……しかしそれが均衡を保っていたのはほんの一瞬のことであった。
明らかに、ゴーレムの拳が押し込んでいたのである。
そのままでは、秒と待たずに壁は打ち壊され、その拳がレティシアへと振るわれてしまうだろう。
だがその時には既に、レティシアはそちらを気にしてはいなかった。
全力で攻撃を放ったレティシアは、その反動のせいでそれをかわすほどには動けず……そもそも、気にする必要などはないと、知っていたからだ。
「ま、気持ちは分かるですが、それはそっちの油断が招いたことです。大人しく受け入れて、黙るがいいです」
その内側へと踏み込んでいたサラの拳によって、その身体が浮き、飛ぶ。
それは今までで一番の飛距離であったが、レティシアはそちらをまともに見てはいなかった。
レティシアの役目は、最後にもう一つだけ残っていたからだ。
そう、レティシアは自分で口にしていたように、今回はあくまでも脇役なのである。
ゴーレムの腕を斬り落としはしたものの、所詮それは前座だ。
一矢には届いておらず――それを果たすのは、これからである。
そのためにも、レティシアは屈むと、地面に落ちたそれを広い、投げた。
その先に居るのは、勿論――
「アラン、任せたぞ!」
「――任された」
そうして、それを――斬り落とされたゴーレムの腕を受け取ったアランは、即座に視線を地面へと向けた。
数多の紙片が並べられている、そこへと、である。
紙片には全て、異なる文様が描かれていた。
しかしその全ては、同じことのために使われるものでもある。
言うまでもなく、魔法であり……そしてそれは、中でも儀式魔法と呼ばれるものであった。
そう、アランが今までそれを用いて使っていたものは、全て儀式魔法なのだ。
練習と研究の為、ということであったが……今回のも、ある意味ではそうなのだろう。
何故ならば、誰も試した事がなく、情報がまったくない、使えるのかも分からないゴーレムの腕で以って、儀式魔法を発動させようというのだから。
先に述べたように、ゴーレムの身体というのは、素材となる。
そして今はコアも破壊されていない以上、切り離されたそれは、間違いなく素材なのだ。
ならば、儀式魔法の触媒として使える可能性がある。
そうしてもしも、それが攻撃魔法となり、ゴーレムに一撃を与える事が出来るのならば?
一矢を報いるとは、そういうことであった。
もっとも、素材の全てが触媒になるとは限らない以上、当然そもそも発動しない可能性もあるし、攻撃魔法とはならない可能性もある。
そのため、アランは事前に様々な魔法陣を用意したわけではあるが……それでも正直博打に近い、というか、博打そのものだ。
何も起こらないという、間抜けそのものの結末を迎える可能性も、低くはない。
しかしレティシア達は、それを面白いと思い、乗り――そしてどうやら、賭けに勝ったようであった。
アランの口元に浮かんでいるのは、確かな笑み。
上げられた顔が、こちらを向き――
「サラ!」
「分かってるです!」
頷いたサラが、レティシアの身体を抱くと、即座にその場から離れた。
急速に遠ざかっていく視界の中で、レティシアはゴーレムが体勢を整え、動き出そうとしているのを見――直後に分かったのは、それが無意味だったということだ。
「――セット。打ち砕け、ミョルニル」
瞬間、レティシアは自分が死んだのではないかと思った。
それは大袈裟ではなく、本気で思ったことだ。
視界が白で塗り潰され、世界から音が消える。
或いは、それが死後の世界の光景なのだと言われれば信じていたかもしれず……だがそうではないと分かったのは、感触だけは正常だったからだ。
サラに抱えられていたからこそ、生きているのを実感でき、視覚と聴覚が戻ったのは、数秒経ってからのことだった。
もっとも、戻った視界にはやはりまだ異常があるのではないかと思ったのは、仕方のないことだろう。
視線の先にはゴーレムの姿はなく……リーズが作り出したのとは比べ物にならないほどの、巨大なクレーターが存在していたのだから。
サラに抱えられていなかったらどうなっていたことかと一瞬思い、正直本気でぞっとした。
それはサラも同じであっただろうし……いや、レティシアを抱えて逃げていたサラは、きっとそれ以上であっただろう。
アラン達の下へと辿り着いた瞬間怒鳴ったのも、当然のことであった。
「アランっ、おめえサラ達を殺す気ですか!? 今のはちょっと本気でシャレにならなかったですよ!?」
「いや、今のは……うん、ごめん」
既に降ろされていたレティシアは、その光景を眺めながら、苦笑を浮かべる。
レティシアも怒ることがなかったのは、その怒りは正当なものだと思っていたが、同時に今のが仕方のなかったことでもあったと理解してもいたからだ。
それでもさすがに、一言言ってやりたくはあったが。
「……ま、さすがにここまでとは予測できなかったであろうから、仕方ないとも思うが、今のは妾も本気で死んだかと思ったな」
「離れたところに居た私達でも、一瞬目と耳が駄目になったものね。さすがと言うべきか、何と言うべきか……つい賛成してしまったけれど、迂闊だったかもしれないと私も反省しているわ」
「今回はさすがにシャレにならなかったから大人しく反省しておきます。やっぱり実験は大事だね」
「ですが、一矢報いることができたのは、確かですわ。……一矢どころではない気もしますけれど」
確かにと頷きつつ、しかし何だかんだ言いながらも、皆の顔には笑みが浮かんでいた。
一矢どころか、倒してしまったのだ。
そしてそれは最終的にはアランの力ではあっても、皆の力を合わせた結果でもある。
そうなるのも、当然だろう。
「ま、とりあえずあれですね……何かすげえ疲れたですから、とっとと帰って休みてえです」
「そうね……少し余韻を楽しんでいたい気もするけれど、今ので周辺の魔物が集まってきてしまう可能性もあるし。色々なことは、戻ってからの方がよさそうね」
ゴーレムは倒せてしまったのだから、すぐにここから離脱する必要はないはずだが、その場の誰一人としてそう思っている者はいなかった。
確かに倒すことは出来たものの、その代償は小さくはない。
そういうことである。
色々と気になることがあるのは事実だが、そういったことは、一先ず後回しだ。
どうせここで考えたところで分かるようなことでもないし……だが一つだけ、レティシアにはどうしても気になることがあった。
まあそれは個人的なことと言ってしまえば、非常に個人的なことではあるのだが――
「ぬぅ……」
「どうかしまして?」
「いや、なに……結局ここでは宝箱を見ることすら出来なかった、と思ってな」
「ああ、そういえば……あのゴーレムからも、結局出なかったんですのね。まあですが、それは結局運の問題ですから、仕方ありませんわ」
「そうなのだがな……ここには二度と来られない可能性が高いとなれば、やはり無念だ」
だが言ったところで、どうしようもない。
溜息を吐き出し、睨みつけるようにして見ていた目の前の光景から視線を外し――
「――む?」
「レティシア? もう戻るけど?」
「うむ……いや、すまぬな。何でもない」
何かの視線を感じたような気がしたが、気のせいだったようだ。
首を傾げつつも、それだけ今回は疲れたということだろう。
「ま、楽しくはあったがな」
「楽しんでくれたようで何より、と言っておこうかな……個人的には、二度とこういうことは経験したくないけど」
「冒険者やってる時点で今更何をって感じな気がするですがね……って、あ、そういえば、クラリスは起こさないで大丈夫なんですかね?」
「そういえば……どうなのかしら? 一応無理をさせないためにもと、結界で保護していたわけだけれど……意識があるかどうかで、転移に影響ってあるのかしらね」
「聞いたことはないですけれど、そもそも誰か試した人がいるのかも不明ですわね。とはいえこの状況で、わざわざ試す必要もありませんか」
「だね。じゃあ起こして、簡単に事情を説明してから戻ろうか」
「うむ、異論はないな」
ともあれそうして頷くと、レティシアは一先ずクラリスのもとへと向かうのであった。




