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たまには安らぎを 前編

「さて、それじゃあごちそうさま、っと」


 そう言って両手を合わせるアランの姿を、リーズは何とはなしに眺めていた。


 別に何か理由があってのことではなく、単に手持ち無沙汰であったからだ。

 アランと比べ小食なリーズは既に食事を終えてしまっており、かといって食堂には他に暇を潰せるようなものもない。

 そのため、自然と目の前にいる人物の姿を眺めることになったと、そういうことである。


 まあやることがないのならば自分の部屋に戻るなり、他の用事に移行するなりすればいいのではあるが……その、あれだ。

 食事後の後片付けなどもリーズの役割であるし、後でやるよりもまとめてやってしまった方が効率がいい。

 そう、ただそれだけのことである。


「って、私は一体誰に対して言い訳してるのよ……」

「うん? 何か言った?」

「何でもないわ。ただの独り言よ」


 不思議そうに首を傾げるアランから視線を逸らし、息を一つ吐き出す。

 自分が若干挙動不審なのは理解しているが、それでどうにか出来るのならば苦労はしないのだ。

 先ほどまではいつも通りを装えていたものの、やはり意識してしまうとそれも難しくなる。


 というのも、いつもとは異なり、今日ここまで待っていたのにはちゃんとした理由があるのだ。

 だがそのためにも、と考えてしまうと、どうしても言葉が出てこない。

 このままでは駄目だということは分かっているのだが――


「じゃ、僕は部屋に戻るね。ご飯を食べてる最中に思いついたことがあるから、それ試さないと」


 しかしそうしている間に、アランが席を立ってしまった。

 このままでは数秒もしないうちに食堂を後にし、そのまま次部屋から出てくるのは夕食の時だろう。

 それはよろしくない。


 もう後がないことをさとったリーズは、再度息を吐き出すと、覚悟を決めた。


「待って、アラン」

「え? 何か……あ、いや、うん、ちゃんと部屋の整頓はするよ? でもほら、まずはこれを試してからで……じゃないと忘れそうだし……」

「別にそのことじゃないわよ」


 そもそもそれは後でアランの部屋に入るための方便であり、いやそれは今はどうでもいい。

 今話すべきは、別のことだ。


「何故私達が迷宮を三日に一度しか潜らないようにした、覚えているかしら?」

「え、うん、そりゃ勿論だけど? 一日を準備のために使って、一日を休息に当てるためでしょ?」

「そうね」


 リーズ達はあれから一月の間、その間隔で迷宮に潜っている。

 依頼を受けるのではなく、迷宮に潜ることを主としたのは色々な理由があってのことだが……まあそれは一先ずいいだろう。


 ともあれ、三日に一度迷宮に潜ることと決め、その通りに行動しているのは事実だ。

 そして逆に言うならばそれは、三日のうち一日しか働いていないということとほぼ同義である。

 準備と言ったところで大して手間がかかるわけでもないので、実質二日ほどを休息日に当てているのだ。


 だが冒険者にとってそれは、ほぼ標準的な行動である。

 採集依頼を主とするような冒険者であれば二日に一日程度にはなるものの、どちらにせよ連日働くということはないのだ。


 その理由は単純で、そんなことをすれば死んでしまうからである。

 正確に言えば、殺されてしまう、と言うべきか。

 相手は勿論のこと、魔物である。


 アランが居るせいで時折忘れそうになるものの、冒険者とは、迷宮とは本来、非常に危険なものなのだ。

 十分な休息を必要とするのは、当然のことであった。


 が、にも関わらず――


「ところで、私達は昨日も迷宮に潜ったわよね?」

「え? うん、そうだね」

「戻ってきた後、あなたは何をしていたのかしら?」

「うん? 質問の意図がちょっとよく分からないけど……まあいいか。えーっと、そうだなぁ……昨日はあっちだったから、ここに直接戻ってきて、ちょうどいい時間だったから夕食を食べて……その後は、いつも通り儀式魔法の研究をしてたかな? 寝落ちるまでだけど」

「そう……ところで今日の予定は?」

「勿論研究の続きだけど?」

「……はぁ」


 思い切り溜息を吐き出すが、相変わらず不思議そうな顔をしているあたり、アランはリーズが何を言いたいのかをまるで理解していないのだろう。

 まあ、理解していたらこんなことになってはいないが。


 リーズの言いたい事は、単純だ。

 休息しろと言っているのに、何故研究をしているのか、ということである。


 当たり前ではあるが、研究というのは休息する時にやることではない。

 確かに身体は動かしていないかもしれないが、頭は働いているのだ。

 少なくともリーズ……いや、リーズ達にとっては、それは間違いなく労働の一つであった。


「というわけで、休みなさい」

「え、いや、でも」

「アランがその研究をするために冒険者になった、ということは分かっているわ。そのせいで研究が出来なくなってしまったら、本末転倒だということも」


 だからこそ、今までは何も言わずにいた。

 しかし、これ以上は見過ごせない。


「まあそう言ったところで、素直に休むとは思っていないけれど。だから、こう言い直すわ。そのせいであなたが体調不良になり、その結果私達が死ぬことになってもいいのか、と」

「……ずるい言い方だなぁ、それ」

「知っているわよ? だから言ったのだもの」


 こう言えば、アランは休まざるを得ないだろう。

 さすがに多少の心苦しさはあるものの、アランが身体を壊すよりは遥かにマシだ。


「ま、とはいえどうせどうやって休んだらいいのか分からないとか言い出すのでしょうけれど」

「……何故ばれたし」

「分からないわけないでしょう?」


 研究所に通っていた時も、学院の頃もずっとそんな感じだったのだ。

 分からないわけがない。

 だから。


「今日は私が一緒にどうやって休みの日を過ごしたらいいのかを教えてあげるわ」











「うーむ、まさかリーズからデートのお誘いを受けるとは思ってもいなかったなぁ……」

「デー……!? ちっ……!」


 違う、という言葉をリーズが口に出来なかったのは、例え実際には違うにしても、否定したくはなかったからだ。

 だがかといって肯定するわけにもいかないので、口を閉ざす代わりに足を前に出した。


「まったく……変なこと言ってないで、さっさと行くわよっ」

「はいはい、お供しますよ」


 適当な調子で頷くアランにジト目を向けながら、ともかく屋敷の外へと進み出る。

 扉を開けば、視界に広がったのは見慣れた光景だ。


 ただ、数点ばかり見慣れないものも存在していたが。


「あっ……え、っと、その……お邪魔、しています?」


 そんな言葉を向けてきたのは、地面に座りくつろいでいる様子の少年であった。

 直後に両隣の少年少女も、慌てたように頭を下げてくる。


 しかしそこでリーズが肩をすくめたのは、そんなことをする必要はないからだ。

 だからそれを示すためにも、視線を切るとそのまま歩き出す。

 擦れ違い様、一瞬だけ視線を向けると、未だ恐縮しているようであり、そのことに小さく息を吐き出した。


 とはいえそれ以上は何も起こることはなく……アランが口を開いたのは、そこから少し離れてからだ。


「初心者かな?」

「でしょうね。装備がいかにも、という感じだったし、そもそもギルドとの取り決めもそうなっているもの」

「たまーにそうじゃないっぽい人達も見かけるけどねー」

「所詮は建前だもの。まあ、私達に害を与えようとしているのでなければ、別に構わないでしょう?」

「まあね」


 そんなことを話しながらも、足を止めることはない。

 足裏に伝わってくる感触は土のそれであり、視界にはそれと合わせて岩が混じる。

 荒野と、そう呼んでも差し支えないような光景ではあるが、あの迷宮があったそれとは明確に異なる点が一つある。


 それは、ここからでもはっきりとその威容を確かめることの出来るもの。

 高さだけでも十メートルを優に超すだろうそれは、城壁だ。

 勿論、迷宮都市のそれであり……つまり、アラン達の住んでいる屋敷は、迷宮都市の外に存在しているのであった。


 まあ、そうではなくては、アランの希望を叶えることは出来なかっただろうが。

 儀式魔法の研究にはある程度の広さが必要であるが、そんなものは都市の外側にしか存在していないのだ。

 逆に言うならば、だからこそあそこしか自分達の求める条件に合致する物件は存在していなかったのではあるが。


 ちなみに当然だが、都市の外なので普通にそこら中に魔物は存在している。

 今は誰かが狩った後なのか、見かけはしないものの、都市へ向かう際に遭遇するのは珍しいことではない。

 屋敷の周りを徘徊しているのも、よくあることだ。


 だが同時に、それらが屋敷に近付いてくることもない。

 理由は単純だ。

 魔物避けの結界があの屋敷には張られている――否。

 張ったからである。


 実のところ、あの屋敷は、買った時にはボロボロだったのだ。

 今は復元したために綺麗になっているものの、あの時は本当に酷い有様だった。

 まあ、魔物が徘徊している場所にそんなものが存在していれば当然ではあるが、率直に言って直せるのかと思ったほどであったのだ。


 どこぞの非常識が呆気なく復元した上に、結界も問題なく張ったりしたわけだが。


 尚、あそこの都市や一般的な街が魔物に襲われないのも、魔物避けの結界が張られているからである。

 ただし村の場合は張っていないことも多く、そのせいで魔物に滅ぼされてしまうことも珍しくない。


 何故結界が張られていないのかは、魔物避けの結界は儀式魔法であり、使い手が非常に少ないからだ。

 何処かの誰かは、やってみたら意外と簡単に出来たとか言っていたが、普通はそんなことはないのである。


 先ほどの初心者と見られる冒険者達があそこで休んでいたのも、屋敷から少し離れた場所までがその結界の効果範囲だからだ。

 数少ない休憩地点とも成り得る場所であり……まあ、そういった理由から、ギルドからは初心者だけでいいから休ませてあげてくれないかと頼まれているのである。


 当然普通であれば頷く理由はないのだが、あそこは元々ギルドの紹介で見つけることの出来た物件だ。

 別にそれはお詫びの一環なので恩を感じる必要もないのだが……そうは言っても思うところはあるわけで、受け入れることにしたと、そういうわけである。


 ただ、そうなると今度は、魔物ではなくそういった者達の警戒をする必要が出てきそうなものだが……実際のところ、その必要はない。

 悪意を持った者達は、あの結界の内部に入れないようになっているからだ。


 さらには、最初は持っていなくとも、つい魔が差した、といったように途中で抱いた場合でも安心である。

 その場合は、その瞬間に結界の外に弾き出されるからだ。

 これは実験済みなので、間違いのない事実である。


 まあ勿論、そんな結界普通は存在していないが。

 というか、聞いたことすらなく――


「……本当に、相変わらず非常識よね」

「うん? どうかした?」

「あの屋敷に張られてる結界が非常識だってことよ」

「ああ……まあ、あれは結構自信作だったし、そこそこ頑張ったからね」


 普通はそこそこどころか、死ぬほど頑張っても出来ないことであるのだが、それはもう今更である。


 そもそも、何が有り得ないのかって、あの結界は実質複数の効果を持っていることだ。

 一つ目が、魔物避け。

 二つ目が、害意持つ者の遮断。

 三つ目が、結界内部で害意を抱いた者の判定。

 これらは本来、一つの結界で一つずつしか効果を持たせることの出来ないはずのものなのである。


 だがアランは、それを実現させた。

 そして同時にそれが、アランの言っていた新しい儀式魔法なのだ。


 もっとも本人としては、完全新規ではなく、既存のものを組み合わせただけなので、新しいと言い切れるかは何とも言えない、などとも言っていたが……まあ、いつもの戯言である。

 複数の効果を発揮する儀式魔法など前代未聞だというのに、何を言っているのやらという話だ。


 ちなみに本人は、その発想を妨害魔法を覚えた際のことから来ている、などと言っていたが……どうやらあの時にまた余計な知識を得たらしい。

 どこまで貪欲に知識を集め、進んで行くつもりなのかと、溜息が漏れるばかりであった。

 閑話休題。


「さて……そろそろ迷宮都市に着くわけだけれど、覚悟はいいかしら?」

「え、覚悟? てっきり普通にデートするんだと思ってたんだけど……まさか、夜のおつきあい的なあれだったの? それだとすると、さすがにちょっと心の準備が出来てないんだけど……」

「ちっ、違うに決まってるでしょ!? 何言ってるのよ!?」

「あ、やっぱり? そうだよね、まだ昼間だもんね。それは夜のお楽しみってやつだよね?」

「そんなお楽しみはないわよ……!」


 と、そこまで声を荒げたところで、はっと気付いた。

 一つ深呼吸を行い、心を落ち着かせる。


 まったく、アランと話しているといつもこうだ。

 ここ最近は随分冷静さを保てるようになってきた気がしていたものの、やはりまだまだらしい。

 冷静に、おしとやかに、と心の中で呟きつつ、最後にもう一つ息を吐き出す。


「……まったく。本当に何を言い出すのよ……」

「いや、だって覚悟とか言われちゃったらついね。これでも健全な男なもので」

「……知ってるわよそんなこと。それよりも、覚悟っていうのは、これから楽しむための、って意味よ」

「ふむ……何ていうか、この話を最初聞いた時から思ってたことだけど、随分自信ありげだよね?」

「当然よ。私を誰だと思っているの?」


 正直なところ、自信など微塵もなかったが、それでも堂々と頷いてみせる。

 折角手にした……勝ち取った機会なのだ。

 ならば、無駄にするなど有り得ない。


「さ、それじゃあ行きましょうか」

「そうだね。……楽しみにしてるよ?」

「ええ、任せておきなさい」


 だからこそ。

 リーズは自信満々に笑みを浮かべると、そのままアランと並び、迷宮都市へと向かうのであった。

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