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上級冒険者と非常識な魔導士

 周囲へと油断なく視線を配りながら、ラウルは警戒をそのままにゆっくりと歩を進めていた。

 既にそういった行動が必要ないということは分かっているのだが……まあ、癖のようなものだ。

 身体に染み付いてしまった習性として、やらない方が落ち着かないのである。


 ともあれそうして視界に映るのは、まるで廃墟の如き光景だ。

 そしてある意味でそれは、正しいのだろう。


 何しろここは、既にその役割を終えてしまった迷宮だ。

 先に進んでいくごとに瓦礫の数は目に見えて増えていき、危ういバランスで成り立っているような場所も多々見られる。

 少なくとも安全などという言葉などからは程遠いような、そういう場所なのだ。


 だがそれも当然だろう。

 この道は、あくまでも一時的な調査のために作られた通路である。

 安全性などというものは、最初から重視されてはいないのだ。

 まあこの先で未知の迷宮を発見してしまったので、そこ次第ではここの見直しもされるだろうが……一先ずは我慢して進むしかなかった。


 もっとも気を配るべきは、何も周囲の瓦礫ばかりではない。

 というよりも、むしろそれはついでだと言うべきか。

 ここは元迷宮でしかないが、警戒すべきことは、通常の迷宮と変わらない。

 即ち、魔物だ。


 実際のところ、ここまでの間に既に数度魔物とは遭遇しており――


「……それにしても、正直なところ、意外だったってのが本音っすね」

「ん? 何が?」


 独り言じみた言葉に、後方から返答があった。

 そちらへと視線を向けてみれば、そこに居るのは一人の少年――アランだ。

 不思議そうに首を傾げている様子からは、歳相応の少年にしか見えないが……そうではないということは、ここまでの道中で嫌というほど思い知らされていた。


「いや、迷宮に潜るのが初ならば、魔物との戦闘経験自体もそれほどないって話だったっすし、もっと色々と大変なんじゃないかと思ってたっすが……」

「ああ、うん、そうだね。ぶっちゃけ僕もそう思ってたんだけど……やっぱ前衛が二人いてくれるからかな? 昨日の討伐よりも楽に感じたぐらいだったなぁ」

「確かにそうね。二人のおかげで魔法を使う際に周囲に気を配る必要がないもの。足止めされたところをしっかり狙えるというのも、楽に感じる原因かしら」

「周囲に気を配る必要がない理由は、地形のおかげでもありますわね。迷宮での戦闘は大変だと聞いていたのですけれど……正直少し肩透かしを食らった気分ですわ」

「……いや、そんなことを言えるのは、皆さんだけだと思うっす」


 気楽な様子で感想を言い合っている三人に、ラウルは思わず呆れの溜息を零した。

 遠い目をしながら思い返すのは、ここで起こった数度の戦闘である。

 それは同時に、彼らの戦いっぷりを思い返すことでもあり……そのことに、再度溜息を吐き出した。


 これでもラウルは上級冒険者だ。

 魔導士の冒険者とパーティーを組んだこともあれば、共に迷宮に潜ったこともある。

 だが。


「その時は、こんな感じじゃなかったっすよ。こんな楽じゃなかったっていうか……というかっすね。何でアランさんが索敵してるっすか? 普通それは斥候の役目で、最前列に立つやつのやることっす」


 そう、何故ラウルが周囲を警戒する必要がないのかと言えば、それはアランが魔法で周囲の索敵をしているからなのだ。

 しかもそれが本当であることは、これまでのことで証明されている。

 今までにあった魔物の襲撃、その全てをラウルが気付くよりも先に察知することが出来ていたのだから、疑う余地はないだろう。


 そんなものが存在するなど、今まで聞いたこともないということを除けば、の話ではあるが。


「何でって言われても……出来るから?」


 当たり前のように言うアランに、ラウルは頭痛を覚えたかのように頭を押さえた。

 出来るから出来る、それは確かに当たり前のことではあるが……そんなことが気軽に出来たら、誰も苦労はしないのだ。


「んー、とはいえ、ここには僕達以外に来てる人はいないってことだから、単純に生体反応を調べればいいだけだし? まあ死霊系の魔物のことが考慮されてないから、それも考えた上で行うならその改良に多少の時間は必要だろうけど……ここでは見た事がないってことだから、今はこれでも十分だろうしね」

「十分っていうか、十分すぎるっていうか、そもそもそんなの聞いたことねえんすけど……まあ、とりあえずそれはいいっす。それよりも、なんでそんなポンポン魔法放てるっすか? 確か魔法を使うには、詠唱が必要なはずっすよね?」


 ラウルもそれほど魔導士や魔法に詳しいわけではないが、背中を預ける以上は必要最低限のことは知っている。

 本人たちからも、魔法に詠唱は必須だと聞いていたはずなのだが――


「確かに詠唱した方が威力は高くなるけれど、戦闘中にそんな悠長なことをしている暇はないでしょう? 時間をかけた分だけ、あなた達に負担がかかるわけだし」

「ええそれはその通りなんすけど……そうじゃないというかっすね。だからこそ、魔導士と組む場合は、補助とかを主にしてもらうんすけどねえ……」

「そういえば、補助系の魔法をかけていませんでしたわね? わたくし達は自分で使えるため失念していましたけれど……今からでも使いましょうか?」

「……そうっすね、お願いするっす」

「あ、サラは必要ねえですよ? 自分で使えるですからね」


 シャルロットに魔法をかけられながら、ラウルは疲れたような溜息を吐き出した。

 何と言うか、常識が通用しないというか、異なる常識を基準にして喋られている気分である。

 まあ、相手が魔導士だということを考えれば、それはある意味で当然であるのかもしれないが……そういうことではなく。


 しかしそれを言葉にしなかったのは、何となく言っても無駄なのだろうということを察したからであった。

 ラウルがアラン達に会ってから未だそれほど時間は経っていないが……その程度のことは、既に悟れるようになっていたのだ。

 それはつまり、その間に彼ら――その中でも特に約一名がどれだけ常識外れのことをしまくったか、ということでもあるのだが……。


 と、アランが不意に反応を見せたのは、そんな時のことであった。

 咄嗟にラウルが構えたのは、そんなアランを今までにも何度か見ており、その時に何があったのかを覚えているからである。


「どうかしたっすか? また魔物っすか?」

「いや、そうじゃないんだけど……もしかして迷宮の入り口って、この近く?」


 その言葉にラウルが驚いたのは、その通りであったからだ。

 すぐそこの通路を曲がれば、目的地まではほんの僅かである。


「そうっすけど……分かるんすか?」

「はっきりとじゃないけどね。妙な違和感を覚えるというか?」

「むぅ……やっぱり魔導士の人ってのは、そういうのが分かるもんなんすかね? 実は迷宮の入り口を見つけたのは姉さんなんすよね」

「あれ、そうなんだ?」

「ふっふーん、褒め称えても構わねえんですよ? 冒険者になってすぐ大発見しちまうなんて、さすがサラです」


 そう言って胸を張ったサラ――姉の姿が視界に入り、ラウルは反射的に視線を逸らしていた。

 すぐそのことに気付き、小さく舌打ちをするが……どうやら、今のラウルの様子には誰も気付かなかったようだ。

 変わらず話を続けている四人の姿に、ホッと息を吐き出す。


 別にラウルは姉のことが嫌いなわけでなければ、苦手なわけでもない。

 ただ、十年以上離れていたためか、時折どう接したらいいのかが分からなくなってしまうことがあるのだ。


 多分それは、姉の方も同じである。

 今のところはアラン達がいるためか、そんな様子は見せないが……昨日再会した後などは、二人ともたまに不自然に言葉が途切れてしまうようなこともあったのだ。


 そのことは、そのうちどうにかしなければ、とは思うものの……まあ、一先ず置いておくべきだろう。

 自分達の問題なので、アラン達を巻き込むわけにも行かないし、何よりも今は迷宮に潜っているのだ。

 上級冒険者が、無様な姿を見せるわけにはいかない。

 もう一つ息を吐き出すと、意識を切り替え、四人の会話に耳を傾けた。


「いや、うん、実際のところ、素直に凄いと思うよ?」

「……本当に褒めるんじゃねえです。調子狂うじゃねえですか」

「だって、僕は迷宮の入り口について既に話を聞いてるから、索敵の際の妙な反応をそれと結びつけて推測する事が出来たわけだけど、サラがそれを見つけた時には、他に迷宮があるとか想像すらしていなかったはずでしょ? それなのに見つける事が出来たというのは、本当に凄いと思うよ?」

「そうね……あなたの言葉ではないけれど、誇っていいことだと思うわよ?」

「ですわね。この先の調査次第だとは思いますけれど、それ次第ではあなたの名前が第一発見者として語り継がれるようなこともありますのよ?」

「そ、それ以上やめるです! だから調子狂うって言ってるじゃねえですか! ったく、入り口はすぐそこなんですから、とっとと行くですよ!」


 そんな言葉を叫ぶと、さっさと先に進んでしまったサラに、アラン達は顔を見合わせると苦笑していた。

 それはまるで、仕方ないやつだな、とでも言うかのような態度であり――


「……あの姉さんをやり込めるとか、やっぱすげえっす」


 その感心したような言葉は、ラウルの本心であった。

 ラウルにとっての姉は、やはりどこまでいっても姉なのだ。

 十年以上離れていたところで、それは変わらない。


「ま、とりあえず追いかけようか。周囲に魔物はいないようだけど、何があるかは分からないし」

「そうっすね」


 頷き、すぐさまその後を追いかければ、先ほども言ったように、迷宮への入り口はすぐそこだ。

 そうしてサラに追いついた瞬間、そこがそうなのだということに、三人はすぐに気が付いたらしい。


 まあ、それも当然かもしれないが。

 何せ、そこだけ瓦礫が綺麗に片付けられており、その床には不可思議な文様――魔法陣が描かれているのだから。


「……なるほど。これは随分とあからさまというか、分かりやすいけど……ここは最初からこんな風に?」

「いや、違うっすね。周辺が瓦礫に埋もれてたのもあるっすけど、ここは明らかに隠されてたっす。姉さんが唐突に壁をぶち抜いたと思ったら、ここに繋がってたっすからね」

「ああ、そこに穴が開いているのは元からではないのね? 確かにこの周辺だけ、妙にすっきりとしているとは思ったけれど」

「それにしても、壁を壊した、ですか……よくそんなこと出来ましたわね?」

「まあ何か変な感じがしましたからね。今は薄れてて分かりにくいですけど、そこが壁のままだった時は結界みたいな気配がしてたです」

「それでもこの状況で壁をぶち抜けるってのは、結構凄いと思うけどね」


 それには同感であった。

 何せその衝撃で、周囲の瓦礫が崩れる可能性だってあったのだ。

 実際その瞬間のラウルの心境は、姉がついに血迷ったか、というものであったし。


 或いはラウルであれば、ここにこれがあることが分かっていたところで、それが気になって出来なかったかもしれない。

 そういった意味でも、さすがだったと言えるだろう。


「さて、あまりここでこれを眺めてても意味ないし、早速迷宮に向かおうと思うけど……これは何かする必要が?」

「いえ、ないっすね。上に乗ればそのまま迷宮に行けるっす」

「自動発動型か……動力源はどうなってるんだろうかと、ちょっと気になるけど、それを調べるのは僕の仕事じゃない、か」

「ま、そっすね」


 そういったことは、改めて調査に来た時、専門の人間が調べることだろう。

 ラウル達の仕事は、この先にある迷宮を見て回ることなのだ。


「順番はどうしようか?」

「そうっすね……俺が先に行くっす。出会い頭に魔物と遭遇した場合、最も何とかなりそうなのが俺っすから」

「確かにそうね。私達の場合、能力というよりは経験的に咄嗟に対処出来なそうだわ」


 誰も異論がないため、ラウルが一先ず先行することとなった。

 念のため一分ずつ間隔をあけて向かうことに決め、その次は探索魔法が使えるアランだ。

 よく分かっていない場所に向かう以上、周囲の探知は急務だからである。


 一人ずつなのは、何かあった時のためと、複数人での移動が可能なのかは分からないからだ。

 魔法陣の大きさ的に一人用の可能性が高く、前回もそれを考え一人ずつで移動したのである。

 そのうち複数人での移動も試すべきなのかもしれないが、それもやはりラウル達がやるべきことではない。


「じゃ、行ってくるっす」


 そうして順番を決めると、既に経験済みのため、ラウルはあっさりとその上に乗った。

 瞬間足元が光り、僅かな眩暈にも似たものを覚える。

 だがそれは本当に一瞬のことであり……直後、目の前にあるのは、先ほどまでとはまったく違う光景であった。


 先ほど居た場所が、小さく狭いまさに隠し部屋といった様相だったのに対し、ここはそこそこ広い部屋だ。

 まあ数十メートルもあるわけではないが、五人がここに居ても悠々と寛げる程度はあった。


 そう、あそこが入り口だというのは、こういう意味。

 転移で以って、ここへと向かうのだ。


「さて、と……特に問題はなさそうっすね」


 魔法陣は部屋の中央にあり、前方にはこの部屋唯一の出入り口がある。

 周囲にも、その先にも特に何かの気配はなく……そのことに、ラウルは息を吐き出した。

 例え魔物が居たところで遅れを取るつもりはないが、居ないなら居ないに越したことはないのだ。


 だが気を抜くには早すぎる。

 今居ないからといって、アラン達が来るまでに来ないとは限らないのだから。

 それまで警戒を続けるのは、ラウルの役目だ。


 まあ本来は、ずっとラウルの役目のはずなのだが……まったく常識外れは困ったものだと、苦笑を零し。

 そうしてラウルは出入り口にまで近付くと、そこから外の様子をうかがうのであった。

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