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魔法が使えぬ魔導士

 当たり前のことではあるが、学院寮の各部屋に違いというものはない。

 あるとすれば、それこそ日当たりだとかそういったことであり、それは男子寮だろうが女子寮だろうが同じことだ。

 勿論、一人の人物が十年以上も住み続けている部屋であろうと例外ではなく……ただ、どことなく殺風景というか、そこに生活臭が感じられない気がするのは、逆にそれだけの月日をここで過ごしてしまったせいだろうか。


 まあ、それはともかくとして。


「さて、それじゃあそろそろ二人に来てもらった理由を話そうと思うんだけど……」

「……確かにいい加減気になっていたし、それはいいのだけれど……彼女は放っておいてもいいのかしら?」


 リーズの言葉につられるように部屋の隅へと視線を向けると、アランはそのまま肩をすくめた。


 そこに居るのは一応この部屋の主であるはずだが、その顔の半分しか見せておらず、こちらの様子を窺うように眺めているような状態だ。

 厳密にはこちらをというよりは、アランを除く二人を、なのだろうが……何にせよ、こちらから何かを出来るような状態でないことは確かである。


「まあ、放っておいてもいいんじゃないかな? そのうち飽きるか慣れるかするだろうし」

「……何と言いますか、随分と対応が雑ですわね?」

「そうかな? ……あー、うん、そうかもね。まあ、僕の時も最初はあんな感じだったし、ある意味では僕も彼女に慣れたってことなのかも?」

「そう……ということは、やはり以前から彼女に会えてはいたのね。てっきり会えてすらいないのかと思っていたのだけれど」

「そうですわね。正直わたくしも、そうだと思っていましたわ」


 二人がそう思うのは、ある意味当然のことだろう。

 何せ自慢ではないが、アランは学院に来てから様々な相談や質問を受けたものの、その全てを当日中に解決しているのだ。

 未だに解決出来ていないということは、そもそも会えていないから、と考えるのはむしろ自然であった。


「……ま、だからこそ二人に来てもらったっていうか、それはその理由に関わってくるわけだけど。というのも、彼女はさっきも言った通り、魔法を使うことが出来ない魔導士なわけだけど……」


 その言葉を口にした瞬間、二人が僅かに反応を見せた。

 それは困惑に近いものであり……まあ、それも当然のことだろう。


 何せ魔導士にとって、魔法が使えないということは有り得ない。

 少なくとも前例のないことであり、今まで聞いたこともないことなのだ。


 とはいえ実はアランも彼女からそれを直接聞いたわけではなく、クリストフ経由の情報だったりするが。

 武闘大会の時、僅かながら会話をする機会を得、その時に聞いたのである。

 ともあれ。


「……さっき聞いた時も思ったのだけれど、それはおかしくないかしら?」

「というと?」

「だって本当に魔法が使えないのであれば、魔導学院に入れるわけがないでしょう?」


 それは確かにその通りだった。

 魔導学院の入学試験は実技のみが求められるが、逆に言えば、実技――魔法が使えないのであれば、合格出来るわけがない。


 だが。


「それなんだけど……まあ、これも僕が直接彼女から聞いたわけじゃないんだけど、実は彼女入学試験を受けてないらしいんだよね」

「……幾ら十年以上前とはいえ、それほど魔導士の数が足りなかった、という話は聞いたことがありませんわよ? それに他の学院ならまだしも、ここは王立魔導学院。最高峰の学院である以上、魔法を使えない人を入れるとは思えませんけれど……」

「まあ、そうだね。だから今のは語弊があって、厳密には、彼女は推薦で合格したらしいんだ」

「推薦、ということは……」

「うん。彼女は学院に来て試験を受けたんじゃなくて、学院の講師が、彼女にその資格があるかを見に行って、そして合格したんだよ」


 今では既に有名無実となってしまった制度らしいが、昔はそんなことがあったらしいのだ。

 まあ、それが行われなくなった理由が、彼女のことがあったかららしいのだが……それは余談だろう。


「……それはそれで、やっぱりおかしくないかしら? それが事実であるのならば……」

「そう、だから実際には、彼女が魔法を使うことが出来ないっていうのは正確じゃない。魔法を使うことが出来なくなった、というのが正しいんだ」

「それは……」


 そこで二人の言葉が詰まってしまったのは、仕方のないことだろう。

 唐突に魔法が使えなくなってしまうなど、魔法を使えない魔導士が存在している以上に有り得てはいけないことなのだから。

 そんなことは想像したこともないだろうし、想像したくもないだろう。


 しかしそれは事実だ。

 本人の口から聞いた事はなくとも、彼女がここに入学出来、そして現在魔法を使うことが出来ないという状況がある以上は、それも事実で間違いないはずなのである。


「……とりあえず、それに関しては理解したわ。というよりも、そうだと納得しなければ話が進まなそうだもの」

「ですわね。まあ、有り得ないと思いたいですけれど、魔導士も魔法も、色々と分かっていないことは多いのですから、そういったことが起こっても不思議ではありませんわ。それよりも、ということは……」

「まあ、そういうことだね。それこそが彼女がずっと講義に出ず、ここを卒業することも、辞めることもなく、ずっとここに引き篭もり……そして、研究し続けている、その理由にして原因だ」


 再び二人の口が閉ざされてしまったのは、そんなものはどうしようもないと、そう思ったからだろう。

 実際その通りではあるし……だがアランにしてみれば、それはどうでもいいことであった。

 そもそもアランが現在問題にしているのは、そんなことではないからだ。


「というわけで、二人には是非とも協力して欲しいんだけど」

「……アランにどうしようもないものが、私にどうにか出来るとは思えないのだけれど?」

「いやいや、簡単だって。サラに魔法を見せてってお願いするだけだしね」

「……はい?」


 瞬間、二人が何を言っているんだとばかりに目を瞬かせたが、アランとしては首を傾げるだけである。

 はて、何か変なことでも言っただろうか……?


「えー、と……彼女……サラさん? は、魔法が使えない、んですわよね?」

「うん、そうだね」

「……なのに、魔法を見せていただく、というのは、どういうことですの?」

「うん? ……あー、そうか、なるほど」


 そこでようやくアランは、認識の違いに気が付いた。

 なるほど確かに、魔法が使えなくなったと言えば、魔法に関わる全てのことが出来なくなったと考えるのが普通だろう。

 アランは事前知識があったためにそう思うことはなかったのだが……知っていることの違いにより起きた擦れ違いであった。


「厳密には、彼女は魔法が使えないというよりも、魔法が発動しない、っていう状況らしいんだ」

「……それはさすがにそう言われないと分からないわよ?」

「うん、ごめん。これは完全に僕の失敗だ」

「ですが、それなら確かに話は分かりましたけれど……ということは、アランさんは未だその状態を見せてもらえていない、ということですわよね?」

「そういうことなんだよね。何故か僕が幾ら頼んでも見せてくれなくてさ。それでまあ、僕で駄目なら、同性である二人が頼めば、そっちのが安心するだろうし、見せてくれたりしないかな、と思って」

「……安心するどころか、物凄く警戒されているけれど? というか、そこら辺の理由はクリストフさんに聞いていなかったの?」

「いや、一応聞いてはみたんだけど、分からないって言われてさ。師匠の時は普通に見せてくれたらしいし……まあ、その時は母さんも一緒だったらしいから、そこら辺から同性が一緒なら、って考えたわけだけど」

「……なるほど。確かにそれならば、可能性はあるかもしれませんけれど……その前に、まずはわたくし達が警戒されなくなるのが先決ですわね」

「まあ、そうだね。というか、正直僕もここまで警戒するとは思ってなかったんだけど……僕の時も警戒はしてたけど、ここまでじゃなかったし」


 もっともそれを言うならば、アランはこうして彼女の部屋に入れるようになるまで、二週間近くかかってはいるが。

 最初の五日はまったく反応がなく、そこから色々試した結果、あの言葉を言えば反応することが分かるようになり。

 しかしすぐに扉が閉められてしまう中を、根気良く語りかけ続け……何とか部屋の中に入れてもらい、普通の会話程度ならばこなせるようになったのだ。


 それを考えれば、アランが居るとはいえ、最初から部屋の中に入れている時点でかなりの手応えがあるとは思うのだが――


「うーん……知らない人が二人だってのが駄目だったのかな……? まあそれでもそのうち慣れるだろうし――」

「……さっきから、気になってたですが」

「お?」


 と、再び根気良くやっていくしかないかと思ったところで、不意にサラの方から話しかけられた。

 反射的に三人が一斉にそちらを向いたことで、一瞬ビクリと身体を震わせたが、そのまま引く様子はない。


 まあ、相変わらず顔の半分を隠したままではあるが、そこら辺はご愛嬌だろう。


「なに、どうかした?」

「……その、クリストフって、もしかして、あのクリストフです?」

「おや、そこに食いつくとは意外……でもないか。まあそうだね、多分サラの想像してるクリストフで間違いないと思うよ?」

「……師匠とか、言ってたですが?」

「うん、僕の師匠だからね」

「あのクリストフが、です……?」


 顔の半分しか出ていなくとも、非常に驚いているというのはよく分かった。

 アランからするとむしろその反応こそが驚きなのだが……そういえば、クロードに最初それを教えた時も、かなり驚いていたような気がする。


 と、いうことは――


「ちなみに、ミレイユって覚えてる?」

「……そりゃ、覚えてるですが?」

「僕その息子ね」

「ミレイユの息子、です……!?」


 ある意味予想通りではあるが、サラの反応はさらに劇的であった。

 顔が完全に出ているあたり、分かりやすい。

 クロードもそうであったが、やはり殊更に驚くようなことであるようだ。


 とはいえそれに関しても、アランとしては首を傾げるだけである。

 確かにかなり奔放で自由な母ではあるが、母は母だ。

 そこは疑問を覚えるようなことではなく……だが逆に言えば、それだけのことを当時やっていた、ということなのかもしれない。


 まあ、それはそれで気にはなったが、それはまた別の話だ。

 今はそれよりも、これを奇貨として、どうにか話を繋げられないかを考えるべきであり――


「……分かったです」

「……え?」

「魔法……見せてやるって言ったですよ」

「……いいの?」


 あれほど断られ続けていたことが、あっさり通ったことに、今度はアランが驚く番であった。

 まさか本当に……? といったところである。


「……本当はまだ嫌ですけど、クリストフの弟子で、ミレイユの息子だっていうんなら……まあ、見せてやるです」


 本当に渋々といった様子ではあるものの、どうやら本当に見せてくれるつもりのようだ。

 正直話題の一つになるかな、程度の気持ちで話したことであったのだが……まさか、である。


 つい、三人で顔を見合わせた。


「……これ、私達が来た意味なかったんじゃないかしら?」

「いや、そんなことはないんじゃないかな? 三人で話してたから、師匠達の名前も簡単に出てきたわけだし」

「それならばいいのですけれど……どちらにせよ、わたくし達はここから先はお邪魔ですわよね?」

「……別にいても構わねえですよ」

「え、いいの?」

「見せるんなら、一人も三人も変わんねえです。まあ、面白いもんじゃねえですし、見ても意味があるとは思えねえですけど」

「……見せてくれるというのなら、興味深いから見てみたいわね」

「わたくしも、是非見てみたいですわ」

「……好きにしたらいいです」


 そう言うと、恐る恐るといった様子ではあるものの、物陰に隠れていたその身体が、ゆっくりとこちらに向かってくる。

 自然とそれを待った後で、座ったサラを囲むようにアラン達は座り直した。


 その状況でサラは少し居心地が悪そうにしていたが、やがて覚悟を決めたように前方を見つめる。

 そして三人が見守る中で、その口がゆっくりと開くのであった。

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