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武闘大会 中編

 眼前の光景を眺めながら、クリストフは感心したように息を吐き出した。

 それは思っていた以上に試合を観戦している者が多かった、ということもあるが、どちらかと言えば、文字通りの意味で、目の前に存在しているものに対してである。


「なるほど……それっぽいやつらを見なかったとは思っちゃいたが、まさかこんな場所があったなんてな」


 当時の記憶を思い返しながら、納得したように頷く。


 クリストフの目の前にあるそれは、一見ただのガラスであった。

 手で触れてみたところで特に妙な感触がするわけでもなく、その向こう側には会場の様子が広がっている。


 当然それがあるのは眼前のみではなく、その場の周囲を囲んでいるのは全て同じものだ。

 地面にはふかふかな絨毯が広がり、その上に置かれているのは高級そうなテーブルや椅子、ソファーであるとなれば、そこがどういった場所であるのかは一目瞭然であろう。


 だがクリストフが感心していたのは、勿論そんなことに対してではない。

 先に述べたように、目の前にあるガラス……否、ガラスに似た何かであり――


「いや、確かにこの部屋は以前から存在してたが、ここがこうなったのは今年からだぞ? それまでは、周囲からこっちは見えなかったが、こっちからも外は見えなかったからな」


 言葉に振り向けば、そこに居たのはここまでクリストフ達を案内してきた男であった。

 よく、というほどではないが、それなりに見知った男であり、かつて学院に通っていた頃、クリストフが興味を抱いた数少ない級友でもある。


 そんな級友が学院で講師をしているとは聞いていたが、ふと都合がいいということに思い至り、今回のことと相成ったわけだが……ともあれ。

 男――クロードの話によれば、ここは所謂大会で活躍した者達をスカウトするために集まった者達が、本人達に気付かれずに大会を見学するための部屋であるらしい。

 そのために周囲からは見えないようになっているといい、わざわざそのための部屋を魔法で創ったのだという。


 勿論魔法で部屋を隠してしまうのが最も手っ取り早いが、それだと魔導士達にはその存在が簡単に露見してしまうのである。

 しかしそういった部屋を魔法で創り出せば、早々ばれることはない。


 事実クリストフも気付かなかったわけであり、言われなければ気付くこともなかっただろう。

 それは、わざわざそんなことをする意味があるのか、と思ったのも無関係ではないが……まあ、そのガラスのようなものの不可思議さに感心を覚えたのも、事実ではあるのだ。


 が、それが今まではなかったとなると、また別の話となるだろう。

 クロードの言葉の意味するところに、クリストフは首を傾げた。


「あん? じゃあどうやって試合見てたんだ? わざわざ魔法使ってたとかか?」

「部屋だけ用意して後は各自でってのは幾らなんでも不親切すぎるだろ。それに、そっちでばれる可能性もあるしな。魔導具で外の光景を壁に投影してたんだよ」

「ああ、なるほどな……随分と面倒なことをしてたもんだ」

「まったくだな。こうなってくれて一番助かったのは、多分俺達の方だろうよ」


 クロードの補足を聞きながら、クリストフは周囲を眺め、もう一度なるほどと頷く。

 クリストフ以外にも周囲を興味深そうに眺めている者が多く、初めて来た者が結構居るのかと思っていたのだが……どうやら単純に、去年との差異に興味があっただけらしい。


 しかしそれは同時に、クリストフにとっては得心のいく話でもあった。

 実のところ目の前のそれからは、何処となく覚えのある匂いを感じてもいたからだ。


「ふーん、なるほどな。ところで、これってお前らが創ったのか?」

「……一応あの人達には、今年の学院での成果物だって説明はしてある」

「随分面倒くせえ言い方だな……まあだが、やっぱりこれはアイツの作品か」

「……やっぱ分かるか」

「まあ、アイツはたまに突拍子もないもん見せてくることがあったからな」


 ふとクリストフの脳裏を過ぎるのは、気分転換などと言っては、どっからこんな発想が出てきたんだ、とでも言いたくなるような物を唐突に作り出すアランの姿であった。


 コレ、に関しても、以前似たようなものを見た覚えがある。

 ただそれは確か、向こう側からは鏡に見える、とかいうものだったはずだが――


「いや、俺が提示されたのも最初はそれだったな。ただ、ここの壁が鏡になったらバレバレだからな……以前あったものと組み合わせて、何とかこうしたってわけだ」

「ふーん……なら一応お前らの成果って言えなくともねえか。まあそもそも教え子に何逆に教わってんだって感じだがな」

「そんなもんは今更だからな。そういった葛藤とかは十分やった後だ」

「ほう……?」


 多分何かしらやらかしてるだろうと思ってはいたが、どうやら思っていた以上に楽しいことになっているらしい。


「……ま、大会がこんなことになってる時点で、それもある意味今更か」


 視線を会場の方に戻し、二人の少女が争っているその光景に――準決勝であるそれに、溜息を吐き出した。


「まさか既に四人にまで絞られてるとはな……これ歴代最速じゃねえのか?」

「らしいぞ。それまでは俺達の代のが最速だったらしいからな」

「……むー」

「ん? さっきからジッと試合見てるとは思ってたが、なんだ、何か気に入らないことでもあったのか?」

「んー、別に気に入らないってわけじゃないんだけどねー……ただ、この部屋の存在を私達が知らなかったってことは、当時私はここを壊せなかったってことでしょ?」

「確かにその通りだが、また頷きづらいこと言い出しやがったな……」


 当たり前の話ではあるが、武闘大会の会場はそう簡単に壊れるように出来てはいない。

 選手・会場の両方を守るために多重の結界が張られており……だがミレイユにとっては、それが気に入らなかったようだ。

 当時の決勝戦で、会場と対戦相手だけを綺麗に吹き飛ばしたミレイユの得意気な顔を、今でもはっきりと思い出す事が出来る。


「とは言っても、それはもういいのよ。もうちょっと本気出してもよかったかなー、とは思うけど。今はそれより……うーん、最速……」

「なんだ、んなこと気にしてたのか? それは他の試合も関係あんだから、どうしようもねえだろ?」

「むー、そうなんだけどー……息子に最速を取られて悔しいような嬉しいようなー……あっ、そうだ、私がここで唐突に乱入するっていうのはどう?」


 いいこと思い付いた、とばかりに笑みを見せるミレイユだが、当然そんなものは認められるわけがない。


「どう、じゃねえよ。脈絡なすぎんだろ」

「むしろ何故許可が下りると思った?」

「えー、いいじゃない別にー。そうすれば私の凄さをアランも知ることが出来ると思うし、ね、いいでしょ?」

「いいわけあるか」

「つーかお前の凄さは十分アランは分かってるから心配すんな」

「むー……本当にー?」

「本当だ。俺が保障してやる。何せ研究所に居た頃は毎日そんな話ばっかしてたんだからな」

「えっ……えへへー、本当にー? やだなー、もう、困っちゃうー」


 不満顔から一転、喜びに照れ始めたミレイユに、男二人は揃って溜息を吐き出す。

 その後で顔を見合わせると、やはり揃って苦笑を浮かべた。


「あのミレイユが母親になったってんだから、随分と変わったもんだと思ったが……相変わらずみたいだな」

「そりゃな。俺達は所詮魔導士だぞ? そう簡単に変われりゃしねえよ」

「言われてみたら、その通りか。そういえば、変わってないで思い出したが、今日はあいつは来てないのか?」

「おいおい、無茶言うんじゃねえよ。俺達は幾らでも都合がつくが、さすがにアイツはそんなわけにゃいかねえだろ。俺達の中で最も忙しいのは、間違いなくアイツだぞ?」

「あー……まあ、確かにそれも言われてみればその通りだな。なるほど、だからお前が引率で来てるのか……本当に相変わらずなんだな」

「うるせえよ」


 実際その通りだったので、反論のしようはなかった。


 と、そんなことを言っている間に、試合は終わったらしい。

 勝者である少女が、金色の髪をなびかせながら優雅に去っていく。


 試合に関しては、正直真面目に見てはいなかったので、あまり偉そうなことは言えないのだが――


「なんつーか、随分と上手い戦い方をするやつだったな。正面からやりあったら間違いなく相手が勝ってただろうが、結果は真逆、か」

「んー、私も少ししか見てなかったけど……私だったら簡単に勝てたと思うけどー?」

「そらそうだろ。会場ごと吹き飛ばすようなやつ相手に戦えるようなやつなんて、数える程度しかいねえよ。それこそ――アイツらみたいなのでなけりゃあ、な」


 そう言いつつ、クリストフは次に試合を行なうためにやってきた二人の姿を眺め、目を細めた。

 見覚えのある二人――金髪の少年と赤髪の少女に、口の端を僅かに吊り上げる。


「ま、そうは言っても、アイツがここまで来るなんざ思ってもいなかったがな。リーズの方は順当っちゃあ順調だが……あのアランがまさか準決勝にまで来るとは、なあ」

「うふふー、さっすが私の息子ってことよねー」

「まあ結果から見るとその通りなんだが……正直なところ、俺もこれはかなり意外だったな。本人も、あまり自信ないって言ってたしな」

「あん? なんだ、んなこと聞いてたのか?」

「これを研究する時にちょっとな」

「おいおい、それって贔屓じゃねえのか? っと、そういえば、それで思い出したが……お前ら本当にこれの成果を自分達だけのものにする気か?」


 すっと、先のそれとは別の意味で、クリストフは目を細めた。


 別にクロードがアランに無断でそれを掻っ攫おうとしているなどと思っているわけではない。

 むしろちゃんと話しただろうし、それをアランがどうでもいいと言ったであろうことは、想像もついている。

 アランは色々と思いつきでやらかすことも多いせいか、その辺のことにあまりとんちゃくしないのだ。


 が、成果が成果であることに違いはなく、それを結果的にとはいえ、一方的に誰かが手に入れることは許されることではない。

 特に魔導士にとって、それは厳禁だ。

 等価交換こそが、魔導士の基本原則なのだから。


「んー? 何の話ー?」

「こいつらがアランの成果を横取りするつもりなんじゃないかって話だ」

「へー、そっかー。――なに? 学院ごとこの世界から消し飛ばして欲しいの?」

「本気で恐ろしいから、例え冗談でも止めてくれ。あとお前も煽るな。勿論そこら辺のことはちゃんと考えてるっての」

「ほう……? 具体的には?」

「そうだな……まあ正直なところ、これはお前達にも相談したいことではあったんだが――」


 そう言って口にされたその内容に、クリストフは目を瞬いた。

 一瞬何を言っているのかが分からず……そのぐらい、意外だったのだ。


 しかしその衝撃から立ち直ると、すぐにクリストフは考え込む。

 確かに予想外ではあったものの、内容そのものは悪くない……いや、むしろ――


「ふむ……そりゃまた、面白そうだな。というか、よくんなこと思いついたもんだ」

「まあ、半ばただの思い付きではあったんだが……そうか、お前の賛同を得られたんなら心強い」

「……クリストフ君」

「あん? どうした?」

「私明日から、学院に通うわ」

「何言ってんだお前は? 出来るわけねえだろうが」


 呆れたように溜息を吐き出すが、何よりも呆れたのは、その目が真剣そのものだったからだ。

 一体何を言い出すのかと思えば……。


「……まあ、割と俺も同感ではあるんだがな」

「で、でしょ? なら――」

「だが駄目に決まってんだろ。二重三重の意味で無理だっつの」

「ぶー……けちー」

「だからそういう問題じゃねえっつってんだろ」

「まあ、一講師としては、承認できる話でもないしな」

「むぅ……二人とも融通利かないんだからー」

「そういう話でもねえよ。っと、話はここまで……って、言うまでもなかったか」


 クリストフが苦笑を浮かべたのは、その時既にミレイユの視線がこちらを向いていなかったからだ。

 今からまさに試合を始めようとしている二人を――厳密に言えばアランを、だろうが――ジッと見つめている。

 自身もそれにならい、そちらに視線を向けると、僅かにその目を細めたのであった。

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