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武闘大会 前編

 そびえ立つ建物を前にして、クリストフは思わず息を一つ吐き出していた。


 それがどういった感情によるものなのかは、自身でもいまひとつ理解出来ていない。

 単純な懐かしさによるものか、或いは後悔によるものか……もしくは――


「わー、懐かしいわねー。そうそう、ここってこんな建物だったわよねえ……本当に懐かしいわー」


 だがそんな感慨は、瞬間耳に届いたその能天気な声で、跡形もなく吹き飛んだ。

 それはいっそ見事とすら言えるほどであり、ジト目を向けるよりも先に、クリストフは溜息を吐き出していた。


「……ったく、余計なことを考えてる暇すらねえな」

「え、なになに? どうかしたの?」

「何でもねえよ。お前は相変わらずだって思っただけだ」

「えー……えへへ、そんなに褒めたって、何も出ないわよー?」

「何故褒められたと思った? ……ったく、本当にさすがだよ」


 呆れではなく苦笑が漏れてくるあたり、本当にさすがだ。

 もっともそれは単純に、目の前の存在慣れてしまった、というだけのことなのかもしれないが。


 そんなことをふと思い、クリストフは肩をすくめる。

 そうしてその件に関しては一先ず脇に置き……瞬間頭を過ぎったのは、どうして今ここに居るのか、ということであった。


「にしても、半年か……もう、って気もするし、ようやく、って気もするな」


 半年。

 そう、それは即ち、アラン達が学院に入学してから、過ぎ去った時間である。


 クリストフ達がここに居ることが出来ているのも、だからこそであり――


「そうねえ……でも私としてはやっぱり、ようやく、って感じだけどねー」

「俺はどっちかってーと、もう、だがな。今のうちにあいつとの差を縮めたかったんだが……まるで縮められてる気がしねえ。ったく、こんな調子じゃいつまで師匠なんて気取ってられるか、って感じだな……」


 元々ガラじゃねえしな、などと呟きながら頭をガシガシと掻いていると、不意に視線を感じた。


 反射的にそちらに顔を向けてみれば、当然と言うべきかその視線の主はミレイユだ。

 目を見張りながらこちらを見詰め、それでいてその口元は妙に緩んでも見える。


 だがそれに何かを言うよりも先に、その視線も生暖かいとでも形容するようなものになり――


「へー……」

「……んだよ?」

「いえいえ? ただ……人って変わるものなのね、と思っただけよー?」


 ミレイユが言いたいことを、クリストフは何となく理解していた。

 というよりも、自覚していた、と言うべきだろうか。


 少なくとも、かつての自分であれば、先ほどのようなことは思いもしなければ、口に出すなどはさらに有り得なかったことだろう。

 それは明確な変化で、ミレイユが言いたかったのも、多分そういうことだ。


 だが分かっていたところでどうにかなるものでもなく……何よりも、そんな自分を悪くないと思っている時点で、どうにか出来るはずもなかった。


「ちっ……うるせえよ。ってかそれはオメエにだけは言われたくねえ」

「そうかしらー? わたしとしては何も変わったつもりはないのだけど」

「オメエはここで何をしたのか忘れたのか……?」


 さあ、どうだったかしらねー? などと嘯いているが、実際のところ本気で覚えていない可能性もあるのが怖いところだ。

 何せ建造物を丸ごと一つ吹き飛ばすなど、この少女にしか見えない女性にしてみれば、かつては日常の一部でしかなかったのだから。


「……ま、何にせよ、あと半年だな」

「そうねー……」


 合計で一年。

 それでアランは、学院を卒業する。


 厳密に言うならば、学院の在籍期間は一年とは決まっていない。

 最低一年とは決まっているものの、最大何年と決まっているわけではないのだ。

 望むならば、何年でも通い続けることが可能なのである。


 実際騎士系の学院であるならば、余程の天才でもない限りは、平均三年は在籍するのが普通だ。

 学院に通うということは、当然相応の実力を備えているわけではあるが、だからこそ気付くのである。

 自分の力は、まだまだ騎士となるには相応しくない、と。


 そして大抵においてそれは正しく、見立てが甘かったために一年や二年で卒業した結果騎士になれなかった、などという話はざらにある。

 学院に入れるということは、あくまでも素質があるということであり、実力があるということではないのだ。

 勿論、先に述べた一部の天才を除けば、ではあるが。


 だがこれは一般的な学院の話であって、当然のように魔導士に関しては別である。

 魔導士が学院に通うのは、基本的にコネのためでしかない。

 互いに研鑽するため、などという意識は魔導士には皆無であり、ただ将来の伝手を求めるためのみに、魔導士は学院へと通う。

 たまに頭のネジが数本弾け飛んだような人間が、何となく面白そう、とかいう理由で入ったり、一部常識が欠けている人間が幻想を抱いて入学したりすることもあるが、それは本当に稀なのだ。


 もっとも、では魔導士が利己的なのかというとそうではなく、それは単に魔法というものの性質からしてそうならざるを得ないというだけであり――少なくとも、この世界の者達はそう考えている。

 だからこそ、魔導士は学院には一年しかいないのだ。

 伝手を手に入れ、今まで見たこともなかった魔法を見て刺激を受け……それで十分と、互いの道へと進んでいくのである。

 普通は、だが。


「……そういえば、あの娘って今どうしているのかしらねー?」

「あの娘? ……ああ、アイツか」


 一瞬何のことを言っているのか分からなかったクリストフだが、すぐに思い出すことが出来たのは、意外とそのことが印象深かったからだろう。

 勿論それは、色々な意味で、ではあるが――


「結局アイツは、残ったんだったか?」

「そのはずね。もう少し頑張ってみるって言ってたもの」

「そういや、妙に仲よかったよな、お前ら」

「そうねー……何と言うか、波長が合った、とでも言うのかしら。別に話が合ったりするわけじゃなかったんだけど、気が合ったのよ」

「ふーん……アイツは主席だったお前とは真逆で、魔法すら使えなかったのに、か?」

「使えなかった、じゃなくて、使えなくなった、よー? それに、それは仲良くなるのに何の関係もない話でしょ?」

「……ま、確かにそうだな。当時の学院でそんなことを言えたのは、お前ぐらいだろうが。……にしても、こっちに来たら急に魔法が使えなくなった、か」


 当時も聞いたその理由を呟きつつ、ふとクリストフは思う。

 或いは……そう、或いは――


「どうかしたのー?」

「……いや。今の俺だったら何か分かったかと、ちょっと思ったんだがな……多分、変わらねえだろうって結論が出ただけだった」

「あら、随分と諦めが早いわねー? 昔のあなたはもっと意地汚かったと思うけど?」

「もう少し言葉を選べっつの。……まあ、お前の息子に、散々身の程ってもんを知らされたからな」

「うふふ、さすが私達の息子ねー」

「ちっ、嬉しそうにしてんじゃねえよ……」


 苦虫を噛み潰したような顔をしつつ、全てを押し流すように、クリストフは溜息を吐き出す。

 所詮それはただの戯言でしかなく……結局のところ、今更過ぎる話でしかないのだ。


「……ったく、例え出来たところで、今更何がどうにかなるわけがねえってのにな」

「ん? 何か言った?」

「何でもねえよ。ま、何にせよ、もう十年以上前のことだからな。さすがにアイツも、諦めてんだろ」

「うーん……どうかしらねー? あの娘結構諦め悪かったし……それに、また使えるようになった、とは思わないの?」

「思わねえな。身の程を知っちゃあいるが、同時に自負もある。言っただろ? 今の俺でも無理だってな。断言するぜ。アレは学院に来るようなやつらがどうにか出来るようなもんじゃねえよ」

「……まあそうねー。正直私も、多分無理だろうなー、とは思ってたし。何となくだけど」

「お前が何となくそう思ってたんなら、これ以上の説得力はねえな。ただ……」


 ただ、ふと思う。

 それはさすがに有り得ないだろう話だが……もしも――


「ただ?」

「いや……諦めることなく今年まで残ってたんなら、まだ分かんねえだろうって、ふと思ってな」

「え、なんで?」

「そりゃ勿論、決まってんだろ。……俺の予想も、お前の勘も軽々と超えるような天才が、入学したからだよ」


 そこで一瞬動きを止めたミレイユが、直後、まるで花が咲いたかのような笑みを浮かべる。

 それに対し、クリストフはただ肩をすくめるだけだ。


「うふふ、そうねー」

「だから嬉しそうにしてんじゃねえっての……ま、それもアイツが諦めてなかったら、の話だ。随分と分の悪い、賭けにもならねえような話だよ」

「そうねー……魔法に色々と思い入れがありそうだったけど、そこまで待てるほどだったかというと、ね。まあ、そこまで待てたということは、それだけ思い入れの強さも大きいってことだから、色々こじらせてそうな気もするけどー」

「怖えこと言ってんじゃねえよ……」


 それを想像して一瞬身震いし、だがすぐに一笑に付す。

 十数年という年月は、思っている以上に長い。

 何せクリストフやミレイユが、ここまで変わってしまうほどの時間なのだ。


 付け加えて言うならば、あのミレイユが子供を生み、その子供が学院に通うようになるまでかかる時間でもある。

 さすがにその間ずっと我慢し続けることができるなど、到底思えることではなかった。


「ま、ともかくその天才様の姿を見に行こうぜ。アイツのことだし、ちゃんと応援席に座ってんだろうから、見るぐらいなら出来んだろ」


 そもそもここに来たのは、別に思い出話に花を咲かせるためではなく、それが目的なのだ。

 何せ学院というのは基本閉じた環境であるため、内部に居る人間との交流は制限される。

 外部に公開されるイベントでもない限りは……いや、それでさえ、一方的に姿を見るぐらいが限界なのだ。


 だがそれでも、数少ない貴重な機会であることに違いはない。

 学院を卒業してしまえば、次いつ姿を見られるかなど分かったものではないのだから。


 学院を卒業した後すぐにアランが戻ってくるとは、実際のところクリストフは欠片も思ってはいないのだ。

 他ならぬ自分が言ったことであるし、アランの性格を考えればその可能性が非常に高い。

 これでも伊達にアランの師匠役をやっていたわけではないのである。


 ともあれそういったわけで、確実に居場所が分かり、姿を見る事が出来るこの機会を逃すわけにはいかないのであった。


「んー……それには同意なのだけど……あの子が勝ち残ってるかも、とは考えてないのかしら?」

「自分でも思ってねえこと言ってんじゃねえよ」


 アランは確かに天才だ。

 下手をすれば、クリストフが今までに出会った全ての魔導士の才を足してさえ、届かぬ位置にあの少年は居るのかもしれない。


 だが幾ら天才でも、研究していなかったことはどうしようもないだろう。


「今回のこれは、武闘大会だぞ? さすがのアイツも勝ち目は薄いだろ」


 学院は特定の時期になると、現状の能力を測るため、という名目で試験が行われるようになっている。

 それは筆記であったり実技であったり、その時々によって異なるのだが……その中の一つ、入学してから半年に行われるものだけは、多少特殊であった。


 それが、武闘大会だ。

 学院生の戦闘能力を測るため、という名目の上で行われる、学院で行われる中で唯一の外部公開型の試験。


 当然のことながら、そこでのことには攻撃魔法が必要であり……しかしアランは攻撃魔法に関しては、ほとんど研究していなかったはずだ。

 だが学院には、攻撃魔法に特化してる者達が毎年数人は入学してくる。

 その状況を覆すのは、幾らアランでも厳しいだろうし……何より、それをする理由がないだろう。


「ま、あいつのことだから総合成績は上位だろうし、運がよければ初戦ぐらいは突破できてたかもしれねえが……さすがにこの時間までは残っちゃいねえだろう。早けりゃそろそろ上位八人が出揃う頃だしな」

「確かに、私達の頃はそのぐらいだったわねー」

「まあそれも規格外が一人混ざってたせいだから、正直参考にはならんがな」


 武闘大会は、全学院生によるトーナメント方式で行なわれる。

 一日で決勝までこなすため、一試合にかけられる時間は短いが、それで問題ない。

 初戦や二戦目などは、基本即座に終わるからだ。


 王立学院に通うほどの能力があるとはいえ、本職やそれを目指している者相手に敵うわけがないだろう。

 むしろ試合そのものよりも、その準備や後始末の方に時間がかかることも、珍しくはないのだ。


 そして今の時刻は既に昼を過ぎている。

 大会そのものは朝から行われているため、平均では十六人前後に減っているのが普通であり――


「何で公開されるのがこの時間からなのかしらねー。朝からやっているんだから、朝から公開すればいいのに」

「所詮はこれも伝手を得るための手段の一つでしかないからな。ここまで残れねえようなのは、その資格がないってことだろ」


 大会が外部公開されている理由は、即ち自分がどれだけ使えるのかということを、外部にアピールする絶好にして唯一の機会であるからだ。

 学院を卒業するまで半年あるとはいえ、半年程度ではそれほど魔法の腕は変わらない、というのは常識である。

 だからここで見せた実力は、ほぼ卒業時の実力でもあり、そっち方面の者達が参考にするにはちょうどいいのだ。


 しかし逆に言うならば、他の者達がそれを見る意味はほぼないのである。

 ついでに言うならば、戦闘系ではない者達の試合を見る意味も、だ。


 だから外部公開されるとはいえ、実際に公開されるのは昼過ぎから、ということなのである。


 そしてアランがこれを頑張る理由がないというのも、そういうことだ。

 アランならば、望めば何処にだって入ることが出来るのだろうから。

 ともあれ。


「ま、とりあえずそろそろ本当に行くか。中じゃ既にあいつが待ってるんだろうしな」

「そうね、そうしましょうかー」


 そうして二人は眼前の建物――アランが初めて見た時、コロッセウム? と呟いたその中へと、向かっていったのであった。

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