苦笑混じりの学院生活
早いもので、アランが学院に通うようになってから、既に一月もの時間が流れていた。
それをあっという間だったと思うのは、それだけ充実していたということなのだろう。
まあ、思い描いていた学生生活としては、少しばかり差異があるが。
主に級友との交流的な意味で。
だがそれを除けば、アランは学院での生活にそれなりに満足していたと言える。
特に講義に関しては、予想以上に興味深かった。
というか、講義を受けるようになってから初めて気付いたのだが……実はアランは、魔法に関しての基礎知識というものがほとんどなかったのだ。
魔法は使える。
魔法式も理解出来る。
しかしそれはあくまでも前世のプログラマーとしての知識によるものであって、魔法の知識によるものではないのだ。
勿論魔導士とはどういうものであるのかなどの、基本も基本となるものは知っている。
だがそこから先は、知らずとも魔法が使えてしまったが故に、教わることがなかったのだ。
ただ少しややこしいのが、アランは魔法の知識としてならば、それなり以上に豊富だということだろう。
クリストフに師事したが故に、応用や発展に関しての知識は、相応のものがある。
しかしだからこそ、そこに満たない、届かない知識に関しては、欠けていたのだ。
まさかクリストフも、そこまでアランに知識がなかったとは思っていなかったのだろう。
正直アランも思っていなかった。
なくても問題なく話が通じてしまったからこそ、今の今まで誰もそのことに気付かなかったのである。
まあともあれ、そういった理由により、基礎であるらしい講義も、アランにとっては初見の知識であったのだ。
周囲が暇そうにしている中、アランにとっては非常に興味深い内容だったのである。
とはいえ、それが参考になるかは、また別の話ではあるが。
今までなくとも問題がなかった知識であるし、何よりもあのクソコードの元となっている考えだ。
話としては興味深くとも、半ば娯楽に近いものである。
ただそのおかげというべきか、何故魔法式があんなクソコードになっていて、皆それに疑問を覚えず使っているのかに関しては、何となく理解出来たと言えるだろう。
どうやらその発端は、最初も最初にまで遡るらしい。
即ち、魔導士の発祥――その最初の一人と言われている、始まりの魔法使いと呼ばれる存在だ。
彼の存在が残した四つの魔法、つまりは、灯火、水球、錬金、風槌が全ての魔法の元となっており、しかしそれらは理解不能なものであった。
だが理解は出来ずとも使えることに違いはなく……当時の人達はそれで問題ないと考えたようだ。
そして実際に、それでも問題はなかったのである。
理解不能なまま、拡張に発展、応用させていくことが出来てしまったのだから。
しかし同時にそれこそが、全ての元凶であった。
そう、分からないまま……分からないからこそ、それを参考にして同じように拡張していった結果、見事に魔法はクソコードだらけとなってしまったのだ。
元がおかしいものを参考にした以上、そうなるのは自明の理である。
しかも理解していないのならば、尚更だ。
その話を最初に聞いた時、アランはつい頭を抱えてしまったほどである。
正直アホかと言いたいところだが、まあ言ってもどうしようもないことだ。
そして同時に、納得もした。
皆が疑問も持たずにあの魔法式を使っているのは、先人が理解不能であったためそのまま使っていたのを、そういうものだと思ってしまったためだ。
確かに一度常識となってしまったならば、それを覆すのは難しいだろう。
特に普通ならば理解不能であることに違いはないのだ。
アランのような存在が発生しなければ、或いは今後ずっとこのままであったのかもしれない。
それと、自身の母親のように稀に効率化された魔法を作り出すことが出来る者が何故いるのか、ということも、その話を聞いた後であれば分かることであった。
つまり彼女達は、天才だからだ。
しかも、完全に自分の感覚で魔法を作り、使うタイプだからである。
彼女達は自分の感覚を最優先するが故に、前例や常識に囚われない。
だからこそ、独特の癖があるそれは彼女達にしか使えないが、普通の魔法に比べれば遥かに効率化された魔法となるのだ。
「……まあ、それが分かったところで、何がどうなるってわけでもないんだけど」
「ん? 何か言ったか?」
「いえ、ただの独り言なので気にしないでください」
「そうか。ところでここなんだが――」
「え、まだ続くんですか? いい加減講義に戻りましょうよ」
「いや、これも講義の一部だぞ? 皆も聞いてるのがその証拠だ。そうだろう?」
講師のその言葉に、講堂に居る級友達が一斉に頷いた。
なら質問は自分以外にもしてくれませんかね、とは思うが、どうせ言ったところで無駄だということは分かっている。
代わりとばかりに、思い切り溜息を吐き出した。
「分かりましたよ。それで、何ですって?」
「おう、錬金のここの部分なんだが」
「って、また錬金ですか?」
「そりゃ分からないことなんてまだ幾らでもあるからな」
「せめていい加減別のことにしましょうよ……」
再度溜息を吐き出しながら……ふと、どうしてこんなことになってしまったんだろうかと、思う。
まあわざわざ思い返すまでもなく、二週間ほど前のあれが原因なのだろうが。
そう、目の前の講師が錬金を使い、その効果を勘違いしていることに気付いていないことを指摘した、アレである。
正直なところ、放っておいてもよかったのだが……それはそれで寝覚めが悪そうだし、何よりもアランは、クリストフからかつての級友が学院で講師をやっている、という話を聞いていた。
どちらかと言えば、そっちの方が決め手だったかもしれない。
話によれば、学院に通っていた当時、クリストフには一目置いていた人物が三人ほど居たらしい。
一人は言うまでもなく、一人は自身と同等の才があるとまで見込み、卒業時に研究所に誘ったりもしてみたほどの人物だったそうだ。
もっとも力不足を理由に断られ、今ではどこぞの屋敷で家庭教師などをしているらしいが。
そして最後の一人が、学院で講師をやっているという人物だ。
才能はそれほど感じなかったものの、面白い人物であったらしく、特定の分野でのみ才能を発揮するようなタイプであったとか。
何故か錬金を徹底的に研究していたという話であったし、クリストフの名が出たことやその口調から、彼がそうなのだろうと思ったのだ。
だからこそ指摘もしたし、それでつい色々と余計なことも言ってしまったのだが……やはりあれはまずかったのだろうか。
それ以来、こうして色々と聞かれるようになってしまったのだが――
「申し訳ありませんが、今のところ少しよろしいですの?」
「ん? 何か分からないところがあった?」
「分からない、というよりは、納得がいかない、ですわね。どうしてそういうことになるのかの説明がないため、結論だけを示されても納得がいきませんわ」
「ああ……言われてみれば、そっか。そこはまだ説明してなかったっけね。ええとつまりこれは変数なんだけど……これはここで宣言されてて――」
まあ暇そうにしていた皆が真面目に聞くようになり、時折こうして質問するようにもなったのだから、それを考えれば一概に間違いだったとは言えないのかもしれない。
特に熱心なのはあのシャルロットなのだが、そこら辺はやはりさすがと言うべきか。
質問する相手が自分だというあたりが、何か間違ってる気がしてならないが。
とりあえずそこで何故か不満そうにこっちを見ている人物には、いい加減助け舟を出して欲しいところである。
まあしかしそれらにさえ目を瞑れば、この光景は理想通りとすら言えた。
だからアランも、強く言うことは出来ないのだ。
それに考えてみれば、これは皆に魔法式のことを改めて考え直してもらうことの出来る状況とも言える。
後々のことを考えれば、やはり悪いことではなかった。
あとはこれで級友同士の交流なども行なわれるようになれば完璧なのだが……まあそれは追々、といったところか。
ついでに言えば、よくこうして錬金の話をすることから、どうにかして土魔法の有用さに話を持っていくことが出来れば、あの依頼への奇貨になるのではないか、などと思ったりもするものの……それもまた、後々だ。
焦って仕損じでは、意味がないのである。
ともあれ。
「ふむ……なるほど。相変わらずさっぱり分からんな」
「……ですわね」
「んー……まあ、とりあえずはいつも通りにそういうものだと納得してもらうしかないですかね。多分色々と触れているうちに、意味とかは段々と分かるようになると思いますから」
自分の説明下手さ加減に、アランは思わず溜息を吐き出す。
心の底から、初心者用の教本が欲しかった。
それを読めば猫でもプログラミングのことが理解出来そうな、そんなものであれば尚のこといい。
基本的に参考とすべきものが魔法式しかないため、サンプルとすべき例が圧倒的に足りないのだ。
自分では理解出来ているのに、それを言葉に出来ないことが中々もどかしくはあるのだが……まあ、それもまた、少しずつどうにかしていくしかないのだろう。
「まあ、一先ずそれはいい。今は分からないことが分かった。ならこっちだが――」
「いえ、それよりもこちらの方が――」
「はいはい、そんなに焦らなくても、別に僕は逃げも隠れもしないんだから。順番にね」
前後から質問を受けるというこの状況は、正直に言えば未だ慣れてはいないのだが……それにはただ、苦笑を浮かべ。
そんなこんなで、アランは今日もいつも通りの講義の時間を過ごすのであった。




