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魔導士部隊と魔物退治 後編

 事前に話をされた時に、アランが魔物を見るのは今回が初めてだとは聞いていた。

 そのため、恐怖で身体が動かなくなってしまう、などの事態も想定していたのだが……どうやら、杞憂であったらしい。

 否、それどころか――


「ふーむ……意外と問題なく動けてるなぁ」

「問題なく動く、か……どうやら君と私との間には、随分と認識の差があるようだな」

「え、そう? どこら辺が?」

「動くどころか、私達に混じって魔物を殲滅している時点で、問題がどうとかいう話ではなくなっているだろう」


 呆れたような口調でベアトリスがそう言うも、アランはよく分かっていないのか、首を傾げるだけであった。


 だがそれに関しては、彼女達も同感だ。

 それを普通などと言うことができるのは、それこそ彼女の母親ぐらいのものであろう。


「……魔導士であっても、血は争えないってことなのかしらねぇ」

「えー、それってつまり、彼もあと数年もすればああなっちゃうってこと? この国大丈夫?」

「今のうちに逃げ出す先考えておこうかなぁ……」


 そんな馬鹿話をしつつも、ベアトリスから叱責の言葉が来ないのは、きちんと仕事はしているからだ。


 まあそれでも他の部隊であればそうなるだろうが、何せここは魔導士部隊である。

 魔法にはその時の精神状態も関係していると言われており、つまりは普段通りにしていることが重要なのだ。


 そう、だからこんな風に馬鹿話をしているのも、彼らの話をそれとなく聞いているのも、全てはそのためなのであり、他意はないのであった。


「ま、いいがね。それにしても、攻撃にも参加してくれるとは意外だったな。先ほどのあれだけでも、十分協力となっていたとは思うが」

「いや、さすがにそれはどうかなぁ……さっき皆に使った補助魔法だけで、協力の義理は果たした、っていうのはどうかと思うし」

「ふむ、別にそんなことはないとは思うのだが……補助は補助で重要だぞ?」

「いや、それは分かってるんだけどね……あれを見ちゃうとどうにも」


 そう言ってアランが視線を向けたのは、魔物の監視を続けていた件のあの娘であった。


 アラン含め、この場に居る者達は、基本的に戦闘を開始してからずっと眼下の魔物へと攻撃をし続けている。

 だがその唯一の例外が、彼女だ。

 彼女だけはただ一人攻撃に参加することなく……だがある意味ではベアトリス以上に、重要な役割を果たしていた。


 眼下にいる魔物の数は、優に千を超えている。

 だが彼女達が今そこに一方的に攻撃を仕掛けることが出来ているのは、やはり位置関係が大きいだろう。

 何せ彼女達は崖下に降りることなく、崖上から攻撃し続けているのだ。

 これで有利でないわけがない。


 しかし普通に考えれば、そんな状況ともなれば逃げるのが自然である。

 魔物も馬鹿ではないので、こちらに攻撃を届かせる手段がないと悟れば、即座に逃走を選ぶだろう。

 だというのに、そんな事態になっていないことこそが、彼女のおかげなのであった。


「ま、これが出来るからこそ、彼女は休むわけにはいかず、また監視の役目についていたわけだからな」

「ああ、なるほど。不測の事態があったら、これで閉じ込めておく、ってことか」

「そういうことだ」


 彼女も当然のように魔導士であるため、彼女もまた魔法を使用している。

 そして何の魔法を使っているかといえば、それは結界の魔法であった。

 つまりは、魔物達が逃げ出さないように、周囲を結界で覆い、閉じ込めているのである。


 とはいえ単純に結界を張ってしまえば、それはこちらからの攻撃も通さなくなってしまう。

 そのため、崖上まで含めたかなりの広範囲を結界で覆っているのだ。

 それは自分達の中では彼女以外には不可能な芸当であり、正直自慢したいほどのものである。


 だからこそ、あの娘のことをアランが尊敬したような目で見ていることに、とても誇らしい気持ちでいっぱいになるのであった。


「それに他の人達も、決して劣ってるってわけじゃないし。さすが、っていうべきかな?」

「まあ、このぐらい出来なくては、魔導士部隊の一員には選ばれないからな」


 さらにはそんな言葉も聞かされたら、やる気もみなぎるというものだ。

 今まで以上の勢いで魔法を眼下に放り込み、爆ぜ飛ばした。


 正直に言ってしまえば、現在の状況は一方的も一方的なものである。

 相手は何も出来ず、こちらはそんな相手を蹂躙するだけ。

 あまりに簡単すぎる仕事に、つい鼻歌でも口ずさんでしまいたくなるほどなのだが――


「うーん……でもさすがにちょっと妙、かな?」

「やはりそう思うか」

「まあ、これを見れば誰だってそう思うんじゃないかな……?」


 その言葉に、こちらもこちらで顔を見合わせあい、頷く。

 まったく以って同感であった。


 確かに魔物にとっては一方的に不利な状況であり、どうしようもない状況だ。

 何かをしようと思っても、出来るわけがない。


 だが。


「それでも、普通もっと暴れるもんじゃない?」


 そういうことであった。

 それらは不気味なまでにやられる一方であり、それ以外の行動をする気配を欠片も見せないのだ。

 それは……或いは――


「もしかして、僕を連れてきたのって、これも関係ある?」

「いや、さすがにそれはない。君が魔物の研究者だというのならば別だが……ま、多少外部からの意見を聞ければ、と思ったのも否定はしないがね」

「ふーむ……でもそれはつまり、この集団を見つけた時から、ある程度何か勘付くものがあったってこと?」

「まあそもそも、この規模での魔物が集団で移動を続ける、という時点で何かがおかしいからな。例え未発見の迷宮から溢れ出てきたものなのだとしても、だ」


 それはこの話を聞いた時にも皆で色々と話し合い、結局結論が出なかったものであった。

 大体魔物と一緒くたにしているものの、魔物には様々な種族がある。

 多少の知能はあるためか、基本敵対することはないし、時に協力するようなことはあるが、だからといってこんな集団で行動するほどではないはずなのだ。


「迷宮に出てくる魔物はこんな行動を取る、とか?」

「少なくとも私はそんな話を聞いたことはないな。ある程度の集団で動くことがあっても、それは好き勝手に動く、とかだったはずだ。ここまでまとまった動きをするのは――」


 などと二人が言っている間に、眼下では新しい動きが生じていた。


 それに気付いたのはおそらく皆ほぼ同時であり……そしておそらくは、皆ほぼ同じことを思っただろう。

 何せ魔物達は慌てるどころか、一心不乱にこっちへと向かってきたのだ。

 誰がどう見ても、異常であった。


 もっとも、異常だからといって、慌てる必要はない。

 確かに魔物の能力であれば昇れないということもないだろうが、その間隙だらけになるのだ。

 そんなもの――


「っ……他の魔物がやられている間に……!?」


 どれだけの威力を発揮しようとも、それが魔法である以上は、どうしたってそれを放つまでの時間が必要だ。

 それを彼女達は交互に魔法を放つことで、なるべく補いあっているのだが、それにしたって限度がある。

 その間に、魔物が先に進もうと……こちらに近付こうとしているのだ。


 とはいえそれでも勢いはこちらの方が上なため、すぐに撃退することは出来るのだが、それでも向こうの勢いもまた衰えない。

 どこをどう見ても、普通では有り得ないことであった。


「本当に今日は、有り得ないことばっかりね!」

「全然嬉しくないなぁ!」

「何これ、誰に訴えればいいの? 大隊長……は逆にこっちが消し飛ばされそう」


 皆で同意を示しつつも、絶やさず魔法を放ち続ける。

 有り得ないと言いつつも、そんな馬鹿話をする余裕はあるわけだが……まあ、先の言葉通りだ。

 今日は有り得ないことばかりであるが、逆に言えばこれはそのうちの一つでしかないのである。

 ならば、それより多くの有り得ないことを起こした人物を擁するこちらが、負ける道理はなかった。


「んー……考えられるのは、この集団が特別か、或いは特別な魔物が混ざってるか、ってところ?」

「そんなところだろうな。ちなみに、どちらだと思う?」

「多分同じ考えだと思うよ?」

「だろうな」


 二人の言葉の意味するところはすぐに分かった。

 二人の魔法が狙っているのは、同じ魔物であったからだ。


 もっともそれが分かっていたところで、彼女達にそれを手助けすることは出来ない。

 こっちに向かって魔物を何とかするので手一杯であり……否、それを続けることが最も手助けになるかと、ひたすら魔法を放ち続ける。


「魔法が効かない、ってわけじゃなさそう、かな?」

「効かないのであれば、周囲の魔物を盾に使う必要はないからな」


 それは魔物達のほぼ中央に位置している、少し変わった魔物であった。

 というよりは、どんな魔物であるのかはよく分からない。

 ローブのようなものを纏っているからだ。


 ただ杖のようなものも持っており、それを持つ手が明らかに人のそれとは異なるため、魔物だということだけは分かった。

 その外見から何か思い浮かぶものでもあったのか、ほんの少しアランの目が細められる。


「ま、とりあえず、やることに違いはないってことかな?」

「そうだな。ま、アレを倒すのが先か、他の魔物を全滅させるのが先か、そのぐらいは違うかもしれないけどな」


 先ほどから二人はその魔物の周囲に魔法をばら撒き続けているが、それは未だ倒れる様子を見せない。

 おそらくは上手く直撃を避け、周囲の魔物を盾としているのだろう。


 だがそれも、魔物が全ていなくなってしまえば終わりだ。

 盾にするということは、その必要があるということ。

 勿論、それより先に魔物がこちらに乗り込んでくればまた話は別かもしれないが――


「さすが一騎当千」


 アランの軽口に、彼女達も口元に笑みを浮かべることで答える。

 そう、そんな心配は無用であった。


「ま、先ほども言ったが、この程度出来なければ、というところだ。もっともそれを言うならば、私もいい加減アレを仕留めなければ沽券に関わる、といったところだがな」


 そしてそんなことを続けていれば、やがて魔物の動きははっきりと二つに分かれた。

 崖に上ろうとする者達と、中央に集まり件の魔物を守るように集う者達にだ。


「……てっきりあれが指揮してるもんだと思ってたんだけど、違うのかな?」

「確かに、命令を受けて守っているというよりは、自らの意思で守りにいっているように見えるな。まあそれはそれで、今まで聞いたこともない行動だが……」


 しかしどれだけ守ろうとしたところで、魔法で圧殺されてしまえば関係はない。

 若干二人の方が悪役に見えたりはしたものの、それでも魔法が続けられていけば、確実にその数は減っていく。


 だがそこで、まとまっていた敵の方に変化が起きた。


「む……これは……?」

「敵の数が減らなくなった……ってわけじゃないけど、明らかに速度が鈍ったね。とはいえ、今までの魔物と違うようにも見えないし……アレが何かやってるって考えるのが自然かなぁ」

「だろうな……問題は、それがただの悪足掻きならばいいが……」

「何か企んでるようなら面倒だね。……んー、何かあったら厄介だし、今のとこそんな役立ってるような気がしないし、ならここはちょっと僕が頑張ろうかな」

「……? 何を――」


 ベアトリスが何かを喋ろうとするも、その言葉が最後まで発されることはなかった。

 アランへと振り向いた瞳が、直後に見開かれたからである。


 その真下には、巨大な魔法陣が描かれていた。

 基本的に魔法陣の大きさは魔法の規模に比例し、通常は掌程度の大きさで十分なのだ。

 だというのにそれは人が二、三人は入れそうなほどだというのだから、一体どんな魔法を使うつもりでいるのか。

 魔法式の意味不明さに関しては、一目見ただけで頭痛がしてくるほどであった。


 もっとも一番驚くべきことは、そんなものを一瞬で用意したということだが――


「――降魔爆炎陣」


 瞬間、鼓膜が破けたかと思った。


 凄まじい轟音が周囲に響き、直視していなかったにも関わらず、一瞬視界が役に立たなくなる。

 だがそれは明確な隙であり、即座に慌てて魔法を放とうとするも、崖を見た瞬間に放たれたのは溜息だ。

 余波を受けたのか、或いは魔物も目と耳をやられたのか……魔物は全て崖下に転落していたのである。

 さすがにそれだけで死んではいないようだが、呆れたまま魔法を放てば、呆気ないほど簡単に魔物の命は潰えた。


 そしてそれから爆心地だろう場所に視線を移せば、そこには見事に何も残されてはいなかった。

 あったのはただの、巨大な穴である。


「ふぅ……うん、これで何とか、面目躍如ってところかな?」

「……まあ確かに、間違ってはいないな」


 ベアトリスの呆れたような溜息は、彼女達全員の気持ちを代弁したものであった。


 しかしともあれ、魔物を倒せたことに違いはない。

 ただし。


「それにしても……結局のところ、あれが何だったのかはわからなかった、か。まあ僕が言っていいことじゃないかもしれないけど」

「ま、仕方ないだろう。私達の今回の目的は、魔物の討伐だ。そういったことを考えるのは、また別の者の役目だろう。似たようなことがまた起これば、今度はその解明を目的として動くかもしれないが、今回はこれが正しい行動だ。下手に欲をかいて失敗したら目も当てられないからな」

「確かに、その通りだね」


 二人がそんなことを言っている間に、こちらの仕事も終わっていた。

 まあ魔物同士で折り重なり動けなくなっていたところにトドメを刺すだけだったので、最後はひどく呆気なく、簡単なものであったが。


 崖下を覗き込んでみれば、そこにあったのは魔物達の残骸だけであり、動く気配は一つとしてない。

 皆の間に、安堵に満ちた空気が広がり……だがその空気を引き締めるように、ベアトリスが一つ大きな音を立てながら手を打った。


「さて、確かに魔物は無事に討伐することができたが、街に戻るまでが作戦だ。気を抜くのは早いぞ」


 そう言われてしまえば、引き締め直さないわけにはいかない。

 すぐに元の空気に戻り、それをアランが感心しような顔で眺めていた。


 だがそのすぐ後で、溜息が吐き出される。


「さすがに疲れたかね?」

「んー、それもあるんだけど、結局頼みの方を聞けたかは微妙なところだったな、と思って」

「ああ……言われてみればそうか」


 確かに思い返してみれば、アランもずっと魔法を放ち続けていたのだ。

 こちらの魔法を見る余裕など、ほとんどなかっただろう。

 魔法式の効率化どころか、魔法式の確認すらもろくに出来なかったに――


「よく使っていた魔法の魔法式の確認ぐらいならば一通りはしたけど、さすがに改善策を提示できるほどじゃないし」


 もう驚きすぎて、渇いた笑いすらも出てこなかった。


「……確認できただけで十分な気もするが、まあ、状況が状況故仕方ないだろうさ。そもそもそれはついでだったわけだしな」

「ついでとはいえ、受けたことに違いはないしなぁ」

「それに援護してくれなかったら、もう少し手間取っていただろう。あの強化魔法も、実際にはかなり役に立っていたしな。それで今回は十分に過ぎるだろう」

「うーん、それもなぁ……受けた以上は何もしないってのも悪いし、帰ってからそれぞれの魔法をじっくり見せてもらう、ってのじゃ駄目かな?」

「それは……こちらからすれば、かなり助かる話だが。正直なところ、君が改善してくれた魔法は、今回かなり役に立ったしな。あの規模とはいかずとも、少しでも改善されれば、かなり私達の助けとなるだろう」

「じゃあ、それで」


 そんな感じで簡単に請け負っていたが、彼女達からすれば本当にいいのかといったところである。

 それはつまり、彼女達の魔法も、或いはベアトリスの使ったアレのようになるということなのだ。


 だがベアトリスに視線を向けたところで、肩をすくめられただけだった。

 何とも言えない気分になりながら……だが受けてくれるというのならば、ありがたくそうしてもらうだけである。


 ともあれ、ここでのやることが終わった以上は、いつまでも残っている意味はない。

 皆で早々に撤退の準備を始めた。

 そうして数分もしないうちにそれは終え――


「アラン? どうかしたのか?」


 ベアトリスの声に視線を向けてみれば、何やらアランは崖の方を気にしているようであった。

 気になるようなものは既に残っていないはずだが……或いは何かを見つけたのだろうか?


「いや、何でもないよ。ごめん、すぐ行く」


 だがそう言うとアランは、何かを振り払うように頭を振ると、こちらに向かってきた。

 それは少し気になることではあったが……まあ、アランが気にしないというのならばそれでいいのだろう。


 ともあれ、ベアトリスの馬にアランが乗ると、そのままベアトリスの合図で馬が走り出す。

 そして彼女達もその後に続き、そのままその場を後にするのであった。

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