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ベアトリスの頼み

 正直に言ってしまえば、その頼みは断ろうと思えば断ることが出来たものであった。

 交換条件であることを考えれば、当然だ。

 要はその前提を成り立たなくさせてしまえばいいだけの話なのだから。


 だがそれはつまり、依頼が失敗となってしまう、ということである。

 勿論こちらに落ち度がある以上、本来はそれを受け入れなくてはならないのだが、何せ現状が現状だ。

 避けることが出来るのであれば、それに越したことはない。

 それに、その頼みを受けたのは、それだけが理由というわけでもなかった。


 そしてそんなことがあってから、十日ほどが経ったある日のこと。


「正直に言ってしまえば、意外、というのが本音だな。ああは言ったものの、半々ぐらいで断られるかとも思っていたのだが」


 普段よりも高い視界の中、不規則的に身体を揺すられながら、アランは真上から落とされた言葉に首を傾げた。


「そう? まあ、確かに詳細を聞いた時には少し驚いたけど」

「それもそうだが、あまり気分のいい誘い方ではない、ということは分かっていたからな」

「んー、個人的にはあまり気にならなかったけどなぁ」


 これが一方だけが得するような条件であったならば話は別だが、ベアトリスから提示されたのは、双方にとって得のある、平等なものだったのだ。

 そこに不満を覚える理由はない。


「まあそれに、ある意味ちょうどよかったしね。少し試したいことがあったし」

「ほう? つまり、我々で実験しよう、ということかな?」


 面白そうな声音が降ってきたが、アランはそれに肩をすくめる。

 言い方は悪いが、実際その通りであるからだ。


 そしてそれこそが、今回のことを受けたもう一つの理由であった。


「まあただこっちも正直に言っちゃうと、今ちょっと受けたことを後悔してもいるかな……?」

「ふむ……? 何か気に入らないことでもあったか?」

「気に入らないというか……太ももとお尻がちょっと、ね」

「ああ、なるほど。だがさすがにそれはどうしようもないな……それに、回復魔法は使えるのだろう?」

「使えるし使ってはいるんだけど……」


 そういう問題ではないというか、何と言うか。


 そんなことを言っている間に、再び痛みを感じ始めてきたので、回復魔法を使用しつつ、視線を真下へと向ける。

 そこにあったのは地面ではなく、茶色の毛並みだ。


 アランは――アラン達は今、馬に跨りながら移動しているのであった。


 勿論と言うべきか、アランは馬になぞ乗れないため、ベアトリスと一緒に乗っている格好である。

 ベアトリスを後ろにし、乗るというよりはしがみ付いているという方が正しい気もするが、問題はそこではない。

 問題は、馬に直接跨っているという、その状況であった。


 馬は別に人を乗せるようには出来ていないので、そのまま乗ろうと思えば、動き出した時点で落ちる。

 そのため常に太ももに力を入れ身体を支えていなければならず、震動が直接伝わってくるため尻も痛い。

 痛みを感じたらすぐに癒しているため、それそのものは問題でもないのだが、あまりにもそれを繰り返しているために若干嫌になってきているのだった。


「とはいえ、こちらとしてはそれ以上に有効な手段など思いつかないな……普段であれば、慣れろというだけだしな。ふむ……お前達は何かないか?」

「その慣れろって言われてただけの私達にそれを聞きます?」

「ワタシ達の時には、回復魔法の許可も出なかったですし」

「移動手段が主に馬である以上、当たり前だ。回復魔法を使っていてはいつまで経っても慣れないし、そもそも使っている余裕がある時などほとんどない」

「いえ、それは分かってるんですけどね」

「そんな状況なんですから、ワタシ達に意見を求められてもどうしようもないってことですよ」

「まあ確かに、その通りか」


 納得しているところ悪いが、こっちとしては結局何の解決にもなっていない。

 もっともその責任を彼女達に向けるのは違うだろうが。

 頼まれたからその場にいるとはいえ、アランはどちらかといえばこの場では部外者なのだ。

 と。


「ところで隊長、そろそろ紹介してくれないんですか?」

「そうですね。さっきからそろそろかなー、とか思ってるんですけど」

「まあ少し待て。さすがに移動中紹介するというのもアレだろう?」

「確かにそうですけど……」


 そんな言葉と共に、自分へと複数の視線が突き刺さるのを感じる。

 というよりも、視線の方は先ほどから……ベアトリスに連れられ、ここに合流してから感じているものではあるが。


 ちらりと後方に視線を向けてみれば、そこに居るのは馬に跨り自分達の後をついてきている二十ほどの人影だ。

 その人たちについてアランが知っていることは、あまり多くはない。

 精々が見た目から分かることに一つ二つ追加で知ってるぐらいだ。


 その全員が女性で構成されていることと、外見上の年の差はあまりないこと。

 そして、その全てが魔導士であり、ベアトリスを隊長とする魔導士部隊の一員だという程度のことであった。


「まあ、いつもより早いが、そろそろ一旦休憩にしようと思っていたところだ。紹介はそこで、ということになるだろうな」

「あー、っと……ごめん、って言っておいた方がいいのかな?」

「うん? 何がだ?」

「いや、いつもより早く休憩することになったのは、僕がいるからでしょ?」

「それはその通りだが、君が気にする必要はない。交換条件とはいえ、こっちが頼んできてもらったのだからな」


 そう言われても気になるものは気になるのだが……ちらりと窺ってみたところ、他の人達も気にした雰囲気はないから構わないのだろうか。

 むしろ早く紹介しろとでも言わんばかりの、好奇心に満ちた目を向けられ、避けるように前方に向き直る。

 別にそんな、期待するような何かがある身ではないのだが……。


 そうして、どこか居心地の悪さを感じているうちに、一行はその歩みを一旦止めた。

 そこはただの開けた広場であったが、だからこそ休憩に適しているのだろう。

 あくまでも一時的な休憩である以上、周囲全てをきちんと確認できる場所がいい、ということだ。


 とはいえ当然と言うべきか、そのまますぐに休憩とはいかない。

 その前にまずは周囲の安全確認を行なっている彼女達を横目に、地面に降りたアランは一つ息を吐き出した。


 未だ地面が揺れているような感覚を覚えつつも、今まで自分が乗ってきた馬を眺める。

 その背中を見やり――


「ふーむ……確か、鞍と鐙、だっけ? あれがあればかなり楽になりそうではあるけど……」


 ふと思い浮かんだのは、それだ。

 少なくとも太ももで踏ん張る必要はなくなり、震動もかなり軽減されるだろう。


 だが少なくない問題もある。

 馬は基本繊細な生き物と聞いたことがあるし、唐突にそんなものを付けられてストレスを感じないかが疑問だ。

 自分が楽をするため、馬に負担を強いていいということにはならないだろう。


「作るのは可能だと思うんだけどなぁ……」


 どうやってかと言えば、勿論魔法だ。

 形状と大体の材質は分かるため、割と楽に作れるはずである。

 魔法は本当にそこら辺応用性が高いというか、高すぎて何だこれ、みたいに思うことも多いのだが――


「先ほどから馬の方を見て何やら唸っているが、どうかしたのか?」

「あれ、もう安全確認は終わったの?」

「そもそも目視はおまけのようなもので、基本魔法で済んでしまうからな。勿論一時休憩だから簡易なもので済んだせいでもあるがね」

「なるほど」

「それで? 何か言いたいことがあるのならば、聞くのも吝かではないし、何か力になれるかもしれない。まあ、馬に乗るのが嫌になったから帰りたい、などと言われたら困ってしまうがね」

「いや、さすがにそんなことは言わないけど……嫌になったっていうのは、間違ってもいないかな。考えてたのは、だからどうにかして乗り心地を改善できないか、ってことだけど」

「ふむ……乗り心地の改善、か。あまり考えたことはなかったな」

「そうなの? かなり大事だと思うけど」

「先ほども言ったように、私たちは慣れてしまうからな。その必要性がない。まあ或いは、もっと大々的に馬が使われていれば誰かが考えたのかもしれないが、幸か不幸か今この国で馬を軍事目的で使っているのは私達だけだからね」

「あれ、そうなんだ?」

「特に他国と小競り合いがあるわけでもなく、何かがあれば私達だけで事足りるからな。それまでも一応軍馬は育てられていたが、私達が使うことが決まった時、ようやく今までの苦労が結ばれると泣いて喜んだらしい」

「そこまでかぁ……」


 そんな状況であれば、確かに改善など誰もしようとしないかもしれない。


「まあそれはともかくとして、何か改善案は浮かんだのか?」

「うーん、浮かんだと言えば浮かんだんだけど……」


 果たしてどう言ったものか。


 まあ、実物を見せるのが一番だろう。

 幸いにも、式は既に浮かんでいる。


 問題があるとすれば、元となった魔法が錬金であり、錬金はまだ効率化を終えていないということだろうか。

 効率化を終えていないものを元にする以上は、応用で出来た魔法も非常に効率が悪いものとなってしまうのだ。


 だが別にこれを恒常化させようと思っているわけではないし、今は現物を手っ取り早く手に入れるために使うわけである。

 ならば問題はないだろうと、それでも若干の気持ち悪さを覚えながら、地面に手を突く。

 本当は材質もしっかりしたもので行いたいのだが、それも我慢し、土を原材料に、変換を繰り返し、強引に作り出す。


「――練成」


 詠唱もかなり手抜きだったが、それでも次の瞬間には、足元の土を引き換えに、想像通りのものが作り出された。

 まあ厳密に言えば、未だ仮の状態ではあるが。

 ともあれそれを持ち上げ、示し――


「こんなのを馬に被せれば楽かな、とか思ったんだけど、馬に負担がかかっちゃいそうだしね。どうかと思ったんだけど、ベアトリスはどうおも……ベアトリス?」


 ベアトリスの感想を聞きたかったのだが、何故だかベアトリスはこちらの手元を見ながら目を見開いていた。

 別にそこまで驚くようなものを作った覚えはないのだが……それとも、ベアトリス達の目には、これはかなり奇異なものに映るのだろうか?


「えーと、やっぱ駄目かな、これ?」

「ん? あ、ああ、いや……いや、そうだな、駄目かはともかくとして、少なくとも今回は無理だろうな。確かにそれを被せ上に乗る事が出来れば楽ではあるだろうが、唐突にそんなものを被せれば馬に負担がかかる。試すにしても、戻ってからということになるだろうな」

「まあ、だよねえ」


 予想通りではあったので、落胆はない。

 いや、正直に言ってしまえば、多少の落胆はあったものの、十分納得出来ることである。

 そのために、状態を確定させることもなかったのだ。

 地面に戻し――


「――解呪」


 状態を解除させてやれば、それは土に戻り、足元に広がった。


「ま、今はこれ以外のものは思い浮かばないし、やっぱり僕が頑張るしかなさそうだ……ベアトリス?」


 何故かこちらの地面を見やり、再び目を見開いているベアトリスに、アランは首を傾げる。

 自分もそちらに視線を向けてみるが、そこにあるのは今戻したばかりの土だけだ。

 別に驚くようなものは今度こそないと思うのだが――


「ああいや、すまない。気にしないでくれ。それより、皆も終わったようだな」


 どこか誤魔化されたような気もしたが、それでも周囲を眺めてみれば、確かに他の人達も終わったようだ。

 周囲に集まりながら、こちらに期待するような視線を向けている。


「うーん、なんかここまで期待されると、悪い気がするなぁ……別に僕は紹介されて面白い人間じゃないと思うし」

「あら、そんなことないわよ? だってあの隊長がわざわざ今回のことに合わせて連れて来たんですもの。ただ者なわけないじゃない」

「いや、本当に期待しない方がいいと思うんだけどなぁ……」

「なに、心配しなくとも、君が大した人間じゃない、などという世迷言を言うのは君自身だけだ」

「世迷言って……」


 どう考えても事実だと思うのだが。

 解せぬ。


「ということは、やっぱりそうなんですか?」

「まあもっとも、君達の期待通りか、というと、また別の話だがね」

「え……?」

「彼の名前は、アラン・クラヴェル。これだけで、大体のところは分かったんじゃないか?」


 そうやって、アランの名前をベアトリスが口にした瞬間、その場に居た全員の顔が一斉に青ざめた。

 むしろあまりの変わりっぷりにアランの方が驚いたほどである。


「え、っと……それって……偶然……」

「少なくとも私は、クラヴェルって名は他には知らないな」

「ということは、やっぱり……鮮血姫の……!?」


 なんかまた聞き覚えのない名前が出てきた、と思ったものの、間違いなく母親の別名だろう。

 本当にあの人は何をしているんだろうか。


「というか、なんか驚きすぎ……っていうか、怯えすぎじゃない?」

「まあその通りではあるんだが、多少仕方がない部分があるのも事実だ。何せこの場に居るのは、私も含めて大体一回はあの人に巻き込まれて吹っ飛ばされているからな」


 いや本当に何してるんだろうか。


「えーと……母がご迷惑をかけて申し訳ありません?」

「なに、本人からも謝罪を受け取っているから必要ないさ。ただまあ、そのせいもあって若干、というところだがな」


 今まで好奇心旺盛な目で見られていたのが、一斉に引き気味になってしまったのは、少しなんとも言えない感じにはなるのだが、そういったことなら仕方ないだろう。

 何があったのか気にはなるものの、何となく聞くのもはばかられるし。


「ふむ、まあそんなわけで彼の紹介はこれでいいと思うが……彼女達の紹介はいるかい?」

「んー……いや、さすがに覚えられるとは思わないしね」

「まあそれが無難だろう。必要があったら教えるさ」

「ああただ、一つだけ疑問に思ったんだけど。何で皆ベアトリスには敬語で話してるの?」

「ん? ああ、それは単純だ。今は部隊の作戦行動中だからな。魔導士ではなく、兵として動いている以上は、そちらが優先される、というわけだ」

「なるほど……」


 確かに言われてみれば、納得である。

 まあそれは逆に言えば、兵の中に素人が紛れ込んでいることになるわけだが、それに関しては納得しているのだろう。

 アランも今回のことがどんなことなのか、ということは聞いているので、納得済みでもあった。


「さて、というわけで、無事互いに聞きたいことは終わったな。ならばしばし休息を取るように。この後は順調に行けば作戦行動地点まで休憩は取らない予定だ。休憩を取らなくても構わんが、その時遅れを取るようなことは許さんぞ?」


 了解を告げる声が揃うのを聞き、アランは何となく、おお、軍隊っぽいなとかそんなことを思った。

 今までは自分へ向けられる視線のこともあってか、あまりそんなことを思わなかったのだ。


 そしてその感覚は多分、あまり間違ってもいない。

 兵としての行動を優先しているとは言っても、彼女達はやはり魔導士なのだ。

 普通の兵とは違うだろうし、それが当たり前なのである。


 そもそも魔導士は、普通軍隊に所属することはない。

 戦力として扱うよりも、他に色々とできることが多いからだ。

 だから軍隊に属する魔導士は、よほどその方が役立てると判断されたものなのである。


 それこそ、アランの母親のように、だ。

 もっとも彼女は彼女で、かなり例外ではあるのだが。


 ともあれ、そんなこともあって、ここは普通の軍と比べればかなり雰囲気が違うはずであった。


 まあとはいえ、例えそうだとしても、そしてアランが素人であったとしても、それが足を引っ張っていい理由にはならない。

 どうしようもない状況ならばともかく、ここで休まなかったせいで、というのは問題外だ。

 そんなわけで、先ほどまではまるで異なるようになってしまった周囲の雰囲気に小さく息を吐きつつも、アランは身体を休めるため、その場に腰を下ろすのであった。

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