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LI 王太子アーサー

モーリス君の発言の後に少し気まずい沈黙があったけど、美少年は動じずに続けた。


「聖女様に触れられてから、僕は生まれ変わったように清々しい気分なのです。キャサリン様と結婚した後気分がすぐれずにおられるアーサー王太子も、この感覚を体験すれば世界がもっと明るく見えるはずです。」


相変わらず言い方が壮大なのよね。男爵が咳払いしている。


「僕は肩を痛めてから、肩の様子が気になって何事にも集中できませんでした。気がつけば何をしても楽しくなくなって、絶えず不機嫌でいたのです。肩の痛みは悪化するばかりで、これから苦しみに満ちた人生を送るのかと思うといつも憂鬱でした。」


モーリス君は自分語りを始めたみたい。長くなりそう。


「それが、聖女様は一瞬で肩の痛みを治めてみせられたのです!これほど爽やかな気持ちになれたことはありません。肩の痛みと一緒に、心にあった黒いもやまで晴れたようです。まさに第二の人生を始めたような気分です。聖女様にはいくら感謝してもしきれません!」


「それはどうも・・・」


こんな美文調で褒められても結構恥ずかしい。


「アーサー王太子は未熟な僕と違い、優しさを失っておられませんが、体の具合がすぐれないためか、悲しい表情をされているところをお見かけします。それに対してヘンリー王子は、なるほど女性を毛嫌いしているかもしれませんが、狩りにスポーツ、音楽に執筆活動と、日々精力的に過ごしていらっしゃいます。女性嫌いを除けば心身ともに壮健でおられるヘンリー王子に、本人が望んだわけでもないのに聖女様をつけるのは、少なくともアーサー王太子より優先順位が劣後するはずです。」


これは正論だと思う。


「男爵、モーリス君が言っていることは一理あると思うけど。」


アーサー王太子が既婚だったから、手始めにのマッサージに夢中にさせるという男爵の計画からすればヘンリー王子の方が都合が良かったわけだけど、男の従者としてマッサージをするなら健康なヘンリー王子よりもアーサー王太子の方が改善効果が見込めると思う。


「いいかいルイス、セントジョン、魔法にしろ聖なる力にしろ、我々は多くを解明できていないんだ。危険があるかもわからない。国王陛下もアーサー王太子に未知の力を使うことには躊躇しておられるよ。しかし健康でかつこのままでは一生独身でいそうなヘンリー王子になら、籠絡の魔法を使ってみても失うものはないと、私たちが説得した結果としてこの計画にゴーサインが出たんだ。」


「解明できていないのは確かでしょうが、健康な体で試してどうするのですか。聖女様が触れるとしたってヘンリー王子は肩も足も健全でしょう。はっ、まさか・・・」


モーリス君が蒼白な顔になった。


「まさか清らかな聖女様にそんな言語道断なことをさせるつもりでは・・・」


そんなこと?


「違う、違う、その心配はさすがにしなくていい。ヘンリー王子もそういう問題はないはずなんだ。」


男爵が慌てて否定した。なんだったんだろう。


「セントジョン、肩を触れられたあと君はルイスに、いやルイーズに夢中だろう?」


「力のあるかぎりお仕えしていくつもりです。」


「ちょっと、重いよモーリス君。」


モーリス君は誇らしげにしているけど、男爵はまたニヤニヤしている。


「健康なぶん程度は薄いかもしれないけど、魔法がかかったヘンリー王子もルイスを憎からず思うようになるだろうと思う。多少のことではヘンリー王子がルイスを遠ざけられないほどスキンシップが進んだところで、実はルイスは嫌っているはずだった女だったと暴露するんだ。」


「信頼を裏切ったら、ヘンリー王子は逆上するのでは?」


モーリス君は私が抱えていた不安を口にしてくれた。


「タイミング次第ではそうなるかもしれないけど、徐々に慣らしていくこともできるし、危ないと思ったらばらさなければいいんじゃないかな。」


男爵は余裕のある微笑に戻っているけど、事故でバレるという展開は想定しないのかしら。


「セントジョン、君はアーサー王太子に仕えていたから知らないかもしれないけど、ヘンリー王子は一貫性と誠実さを大事にする完璧主義者なんだ。女性を生活圏から完璧にシャットアウトしているところからも伺えると思うけど、中途半端なことが許せない性格でね。しかし自分に非があったときは認める潔さも兼ね備えているし、身分の低い従者にも誠実に接している。彼の性格から言って、自分が知らないうちに女性と色々なスキンシップを楽しんでいたと自覚すれば、理由なく女性を疎外する現行のルールも廃止するし、女性への偏見も軽くなるはずだよ。決して逆上してルイスを罰するような人ではないんだ。」


色々怪しいと思うけど。そもそも完璧主義者だったら私たちの不完全なごまかしを受け入れてくれるのかしら。偏見を持つ誠実な王子っていうのも気になる。


「ヘンリー王子の女性嫌いが生理的なものだったら、この策は王子を追い込むだけではないのですか。」


「それはないよ。ヘンリー王子は男性のふりをした女性に触れられても平気なんだ。これについては何度も実験しているし、ヘンリー王子が気づくこともなかったよ。」


ヘンリー王子、男爵の実験体にされたのは流石にかわいそう。でも少なくとも実験に気づかないならバレる心配は低いみたいね。


そんな実験をしていたのなら早く知らせて欲しかったけど。


「難しそうですが、ヘンリー王子になんらかの改善が見られれば、聖女様をアーサー王子に近づけていただけるのですか。」


モーリス君は様子を見るように男爵を見つめる。灯籠の火が弱くなっていたみたいで、さっきより男爵の表情が見づらいかもしれない。


「国王陛下次第だね。私たちとしては健康なヘンリー王子の方が見込みがあると思っているのだけど。」


「アーサー王太子が病弱というのはデマです!」


モーリス君は珍しく声を荒げた。


「キャサリン妃が嫁ぐ前は、王太子は健康そのものでした。結婚後もご病気はされましたが回復されましたし、ご気分がすぐれないだけで今は伏せっているわけではありません。」


「セントジョン、弁護したいのはわかるけど、王族は軍団を率いたり、公衆や外国使節の前で健康であることをアピールする必要があるんだ。部屋にこもっているけど体は正常だ、と言われても意味がないのは、君もわかっているよね?」


モーリス君は言い返せないみたいだった。確かに酷だけどこの点は男爵に分がある気がする。


多分だけど、私がアーサー王太子じゃなくてヘンリー王子配属になったのは、南の国のキャサリン様の問題もあるけど、健康で体格のいいヘンリー王子の子供を望んでいる人が多いからだと思う。


問題はマッサージと子供になんの関係もないことなんだけど、それを指摘しちゃうと私も失業してしまうから困る。


「まだ納得はできませんが、聖女様がヘンリー王子の任務を終えてアーサー王太子を助けていただけるよう、僕も全力を尽くします。並行して王太后様から国王陛下への説得もお願いするつもりです。」


「難しいと思うけどね。国王陛下は愛するアーサー王太子について過保護でおられるから。」


男爵は気乗りがしないみたい。


「それまでは僕が責任を持って聖女様の純潔を邪悪な魔の手からお守りします。」


モーリス君はさっきからやる気に溢れているけど、少し肩の力を抜いてほしい。亜脱臼再発しちゃうよ?


「しかし、ヘンリー王子が聖女様の性別に気づかないという確証はあるのですか。聖女様は聖女らしいお顔をしていらっしゃいますし、所作も女性的です。」


「ありがとうモーリス君。」


聖女らしい顔ってなんだか分からないけど、褒め言葉として受け取っていいのよね。


「いえ、もちろん胸や腰つきについては聖女様にアドバンテージがあるのはわかりっ、あっ、あああっ、聖女さまあああっ!」


「あっ、無意識にツボ押しちゃった!ごめんねモーリス君!」


とっさに手が出ちゃった。モーリス君は悪意なく客観的に論評していたのに、ひどいことをしちゃった。


近くの椅子に座り込んでしまったモーリス君に謝る。


「本当にごめん、モーリス君、いたくなかったよね?」


「・・・せいじょさまあ・・・」


モーリス君はまたウルウルした顔をしているけど、この美少年はいつも論理的なのにこうなると解釈が難しいのよね。


「セントジョン、ルイスの体型をからかっていいのは私だけだよ。さもないと痛い目に合うよ。わかったね。」


男爵は勝ち誇っているけど、悪意のあるこの人は罰してないのにモーリス君のツボを押してしまうのって、一貫性と誠実さを大事にするらしい王子様が嫌うパターンかしら。

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