XLVIII 聖女ルイーズ・レミントン
戻ってきたゴードンさんに濡れタオルをもらって、モーリス君のはだけたシャツの内側から患部を冷やした。
モーリス君はさっきから大人しくなって、少しぼうっとしている。
さっきの発言からして、モーリス君の頭はいつもより回転が遅いかもしれないけど、色々聞きたいことがある。
「皆さん、少し席を外してもらえますか。」
「聖女様のお願いなら仕方ないね。」
男爵はからかうように笑うと、ゴードンさん、ヒューさん、フランシス君を連れて部屋から出た。
「あなたもよ、スザンナ。」
しれっと留まろうとしていた女中さんも呼び出す。
「魔法すごい。あたいもルイーズ様みたいな魔女になって男の子を好き放題にしたかった。」
この子が裁判にかかったら火あぶりは間違いないと思う。
スザンナは思ったよりあっさり退出した。「もう満腹なの」なんて言っていたけど、下町の女の子はやっぱり相入れない気がする。
「さあて、モーリス君?」
モーリス君はさっきより少し目に活力が戻ってきたみたいだった。ひょっとしたら元のインテリに戻ってくれているかもしれない。
「聖女様・・・」
気のせいだったみたい。
「あのねモーリス君、私は聖女ではありません。」
魔女の次は聖女って、みんな私をなんだと思っているのかしら。
「いえ、あなたは私の肩に触れただけで痛みを治癒しました。これは聖女様が聖女たる証です。」
気のせいか目が輝いている気がする。
「明らかに『触れた』だけじゃなかったでしょう?」
確かに脱臼の応急措置はコツさえ掴めばすぐに終わるし、びっくりする人は多い。でも一応プロセスの説明もしたし、頭のいいモーリス君ならわかってくれると思っていたけど。
「聖女様はスタンリー卿の足も治癒しておいでです。二つの奇跡を起こした女性は聖女として教会に申請されます。」
モーリス君の口調は元に戻っていたけど、内容はちょっとおかしいまま。
男爵とのやり取りを聞いていて思ったけど、モーリス君は会話のキャッチボールよりも持論の展開に気を取られる傾向があるみたい。
「スタンリー卿の一件は偶然だし、辞退するわ。」
スタンリー卿は軽い肉離れと筋肉痛だったから、だいぶ条件が異なるけど、いずれの場合も奇跡じゃなくてちゃんとノウハウがあれば誰にでもできることだったはず。
そんなノウハウが存在しない以上、不気味に見えるのも分かるけど。
「聖女様、これまでの非礼をお許しください。」
モーリス君は私のほうに向き直って謝った。アンソニーと比べれば紳士的すぎるくらいのモーリス君だったけど、何に対して謝っているんだろう。
「あなたは何も謝ることはしていないでしょう?」
「聖女様でありながら、そのお力が故に男性を魅了する魔女扱いされたこと、さぞ辛かったこととお察しします。私も聖女様を疑ってしまった一人として、ここに謝らせてください。」
論理展開が早すぎて反論が追いつかない。聖女って悲劇的な死に方をした人が多かった気がするし、そもそも制約が多くて堅苦しいだろうし、魔女も嫌だけど聖女も嫌。
「ええとね、モーリス君。」
「はい聖女様。」
「聖女は嘘をつくことはないのよね?」
そう、私はこれ以上つけないくらいの嘘をついているから、当然聖女失格ね。さっきルイザ・リディントンって名乗ったし。
「聖女様を信じるのは真っ当な心の持ち主なら当然です。ルイーズ様がたとえ真実と異なることを口にしたとしても、それは世界が安寧であるために必要だったからです。」
なんだか壮大な先手を打たれたみたい。作戦を変更しないと。
「モーリス君、これから私がいうことを信じると誓いますか。」
「はい聖女様。」
引っかかった。
「私は聖女ではありません。」
どうモーリス君?言い返せないでしょう?聖女は嘘がつけないからこのセリフを言えないはずだし、もし世界が安寧であるために言わないといけなかったとしても、モーリス君は信じると誓っているから私が聖女でないものとして振る舞わないといけない。
完璧。
「わかりました。しかし僕は奇跡を体験するという光栄に与ってしまいました。そこで、ルイーズ様のことを『聖女ではないものの聖女相応の実績を持ち聖女に準ずる高貴なる女性ルイーズ・レミントン様』とお呼びしてもいいですか。」
「聖女じゃないなら別にいいけど。准聖女とか副聖女とか、聖女代理とかはやめてね。」
ルイーズ様でいいのだけど。そもそも身分的には私がモーリス様って呼ばないといけないのだけど。
「許可をいただきありがとうございます。ちなみに『聖女ではないものの聖女相応の実績を持ち聖女に準ずる高貴なる女性ルイーズ・レミントン様』といちいちお呼びするのは大変なので、略して聖女様とお呼びしてもいいですか。」
「もう勝手にして。」
この子面倒だわ。アンソニーも面倒だなとは思ったけど、これはこれで難儀かもしれない。
モーリス君はハッとした顔をして席を立った。
「聖女様を立たせたまま、私だけが座っているわけには参りません。」
「いいから、リラックスして。」
貴族の男の子はやっぱり相入れない気がする。




