表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/387

XLVII 検分者ヒュー・モードリン

モーリス君は必死にシャツを元に戻そうとするので、肩に力が入ったままになっている。これだと関節を戻せない。


「モーリス君、お願いだから力を抜いて。力が入ったままだとうまくいかないし、何度もトライすると体に良くないの。」


目隠しされたまま私を信頼しろというのも無理があるけど、ここは嘆願するしかない。


「こんな卑猥なことをされるなんて、拷問を受ける方がまだましです!」


さっきまで静かだったけど、モーリス君は少し動転しているみたいだった。


「3秒だけ私にちょうだい。少しの間だけ肩の力を抜いていて。」


モーリス君は目隠しの上からでも分かるような不審そうな表情をしていたけど、シャツの端を掴むのをやめて腕をだらんとさせた。



すかさず牽引をかけながら、肩の引っ掛かりを外すようにする。



「んっ」


モーリス君が驚いたような声をあげた。



感覚的に多分うまくいったと思う。



「どう、モーリス君、戻ったでしょう?」


肩をさすりながら話しかけた。久しぶりだったし、ちょっとした達成感がある。脱臼は再発しやすいからリハビリが大事なんだけどね。


追加サービスで、患部をあまり動かさないように肩を揉んであげることにする。


「亜脱臼は自覚がないときも多いのだけど、痛かったってことは炎症が起きているかもしれないわ。ちゃんと気をつけないと再発するから、なるべく肩を固定して、じっくり根気よく治していきましょうね?」


「つっ・・・ふっ・・・」


モーリス君は声が出るのを我慢しているような音を出していた。


「あと、シャツを切り裂いてしまってごめんなさい。確かにレディの振る舞いとしてちょっと問題があったと思うけど、モーリス君の肩のためだったし、モーリス君も未婚の婦女子に裸を晒さなかった訳だから、あまり問題はないと思うの。」


「・・・あっ・・・」


モーリス君が何か言おうとしたけど、代わりに吐息を漏らして、少し顔をあからめた。


「シャツは男爵に弁償してもらうわ。あまり高くはないと思ったけど、お気に入りだったらごめんなさい。」


「あ・・・あっ・・・ああっ・・・」


モーリス君は肩を揉むのに反応するみたいに声をあげている。


それにしても、アンソニーみたいにふにゃふにゃの顔でキャンキャン吠えてくれれば私としてもやりやすかったのだけど、モーリス君はむず痒そうな顔をして切ない声を出すから、なんだか肩揉みしている側が後ろめたくなってくる。


「いたくないよね?」


「・・・あっ・・・あ・・・」


モーリス君は全然返答してくれない。痛くはないと思うけど、この世界の人はしびれる感覚に弱いみたいだから、アンソニーのときと違って老廃物が溜まっていそうな箇所はあえて避けている。


「モードリン、セントジョンの目隠しを外してみてくれないかな。」


私がナイフを手にしたときは慌てていた男爵だったけど、すっかり落ち着いたみたいだった。


ヒューさんは私の肩揉みの邪魔にならないように、横から目隠しを外した。


モーリス君の目は朧げな感じで、少し気が遠くなっているみたいだった。


「・・・あ・・・」


「しっかり蕩けています。大丈夫です。」


ヒューさんは男爵に向き直って報告した。いつの間に鑑定士になったのかしら。


まず目が蕩けているってどういう意味か分からないけど、それがなぜ魔法がかかったことになるのかも疑問がある。


ふとモーリス君の肩から目を逸らすと、さっきより近くにスザンナが立っていた。


「あたい、いいカラダしてる人にしか興味がなかったけど、これはこれでアリかも・・・」


不気味なことを言いながら、そろそろとモーリス君に近づいてくる。気のせいか目がちょっとおかしい気がする。


男爵は本気でこれを王子様に差し向ける気なのかしら。むしろトラウマになると思うけど。


「待つんだスザンナ、王子様がこんな風に魔法をかけられているところを想像してごらん?」


男爵がスザンナを引き止める。


「王子様が・・・むはっ、しゅごいー!」


なんだか方言みたいなものを口にして、スザンナはよろよろと空いている方の肘掛け椅子に収まった。


今からでも遅くないから、この子の代役を探すべきだと思う。


「せ・・・せ・・・」


気をそらしているうちに、モーリス君がかすれた声をあげた。肩揉みは止めなかったけど、スザンナの茶番に気を取られて何か聞き逃したかもしれない。


「どうしたの?ここが痛いの?」


「・・・せ・・・」


必死で何か言おうとするモーリス君に耳を傾ける。




「せ・・・聖女・・・様・・・」




えっ?




「ルイス、格好いいことを言っておいて、結局魂を鷲掴みにしているじゃないか。」


男爵がニヤニヤしている。


「そんなはずないのに・・・」


私もさすがに混乱していた。モーリス君はアンソニーと違ってまともだったはずだし、痺れを伴うようなことは何もしていないと思う。整復だって別に気持ちがいい訳じゃない。


レミントン家の使用人の方が強いマッサージを経験しているけど、聖女扱いされたことなんてない。


そういえばスタンリー卿もおかしかったけど、貴族は特にマッサージに弱かったりするのかしら。


考えごとをしながら、私はモーリス君の肩を揉み続けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ