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XLII 州保安長官トマス・スタンリー卿

私が男爵を睨めつけていると、横からゴードンさんが声をかけてきた。


「ルイーズ様、恐れながら、チューリングが怖がっております。」


からかってきた男爵を叱責するつもりだったけど、考えてみればまともに挨拶をしていなかった。


女中さんの方を見ると、耳を抑えたままカタカタ震えている。


「ごめんなさい、チューリング。もしよければスザンナ、と呼んでもいいかしら?」


スザンナは恐る恐るといった感じで頷いた。


「見苦しいところを見せて、驚かせてしまったわね。謝ります。私はルイーズ・レミントン、サー・ニコラス・レミントンの娘よ。明日からこの部屋でルイス・リディントンとしてヘンリー王子に仕えることになっているの。」


女中さん相手にお辞儀をしたことはなかったけど、さっきの私は流石に失礼だったから丁寧に挨拶する。


スザンナもまたおずおずと頷いた。さっきは勢いのある感じのフランクな自己紹介だったのに、すっかりしおらしくなっちゃって。


「安心してスザンナ、私がこんな態度を取るのは、マナーを分かっているべきなのに尊重しない、男爵みたいな上流階級失格の人間に対してだけだから。」


「失格って、ルイスは一体何者なんだ?」


男爵が苦笑いをしている。


スザンナを安心させようとして言った一言だったけど、彼女は少しムッとした顔で口を尖らせた。


「男爵様はあたいの恩人なんだ。男爵を悪く言う人はなんぴとたりとも、許さないよ!」


スザンナは私からみて男爵をかばうみたいな位置に移動した。


「それに、あたいの体は男爵に捧げるって決めてるの!」


ゴンと鈍器で殴られたような感覚に襲われた。


「男爵、いい歳して婚約者までいるのに、ちょっと胸が大きいからって手を出すなんて・・・」


「ルイス、完全な誤解だよ。そういう意味ではないし、ちょっとでもない。スザンナ、誤解を招く言い方はやめてくれ。」


男爵は苦笑したままだけど、少したじたじしているように見える。やっぱり後ろめたいのかしら。


「ルイス、改めて紹介しよう、彼女は女中スザンナ・チューリング。コービーの宿屋の娘で、もちろん家事全般はできるが、彼女はフランシス同様我々の計画の一員なんだ。もちろん魔法の件も知らせてある。」


今度はスザンナは得意そうにフンとしている。下町の出身だからか、さっきから表情豊かな気がする。


「そうなのね、ではよろしく、スザンナ。」


スザンナは大げさにお辞儀をして応えてくれた。改めて見ると濃い赤毛をしていて、白い肌とのコントラストが綺麗。


「あら、赤い髪をしているのね、とても綺麗だわ。」


スザンナは少し照れた感じで舌を出した。


「ルイス、今頃気づくって、今までどこを見ていたんだい?」


男爵はスルーすることにする。


「それで、あなたは一体どんな役割を担当するの?」


スザンナは指を折って何かを思い出すように唱え始めた。


「ええっと、ルイス様が魔法をかけた後、王子様がこーこつとしてぼうっとしているところを狙って、ベッドに潜り込んで・・・」


発音からして、スザンナは多分「恍惚」という言葉を知らないんだと思う。


それどころじゃない。


「男爵、そんなの人身売買ですよ!恩義のある女の子に王子様を襲わせるなんて、そんなの売春と同じじゃないですか!法律違反よ!」


「待ってくれルイス、私もスザンナは君の環境整備だけ頼むつもりだったんだけど、事情を知って彼女自ら志願してくれたんだ。」


私が不審げに男爵を見つめていると、またスザンナが私と男爵の間を遮るように移動した。


「あたい、そういう経験はないけど、男の人の体にちょっと興味があって、うちの宿に泊まったガタイのいい貴族の旦那を覗いてみたんだ。そしたら、あたいにはよく分からなかったけど旦那は何かまずいことをしていたみたいで、悪い人たちに狙われてしまったの。かっさらわれそうになったところをスタンリーさんという方と部下の人が助けてくれて、そのあと男爵様に保護されて、仕事から何からお世話してもらったっていうわけ。」


スザンナの説明ははっきりしていた。下町のアクセントと語彙だけど文法はしっかりしているし、多分頭は悪くないんだと思う。


スタンリー卿は中部の治安の維持を担当していたから、こういうことは意外と多いのかもしれない。


「事情はわかったわ、でもスタンリー卿は仕事をしただけだし、それくらいで体を捧げるのは間違っていると思うわ。」


「いえ、ルイス様、もともと捕まえられて売られる身だったのが、こんなに素敵な格好をして王宮で働かせてもらえて、あたい幸せなんだ。男爵様のためだったらもうなんだってするよ。それに、あたい遠目でしか王子様はみたことないけど、もう彫刻もびっくりの男らしさなの!あれが目の前で見て、直に触れると考えただけでゾクゾクするっ!」


私はだんだん早口になるスザンナをぽかんと眺めていた。確かにピンクのふっくらした服は似合っていると思う。


こういう子もいるのね。ノリッジの社交界にはいなかったタイプだから少し混乱する。


「どうだい、私も良心の呵責があったけど、本人が望むならスザンナは適任だろう、ルイス?」


どうなのかしら、多種多様な女性をけしかけようとした国王陛下の計画とあまり変わらない気がするけど。


それにこの子が妊娠したら邪魔に思う人たちがいっぱいいるはず。


「男爵、サリー伯爵の話とか、ちゃんと危険性の説明はしたんですか。」


「それは考えたけど、スザンナが他の従者を覗きにいってもその後複雑になるわけだから、私たちが保護をすることを考えれば今の計画が最善だと思うよ。」


スザンナが誰かしらを覗くのが前提になっているのもおかしいけど。もちろん、男爵がきちんと保護できるなら文句はないけど、でも男爵の保護って経験者から言わせれば隙がありすぎだと思う。


私は不安を感じながらビスケットをかじっていた。


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