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XXXIX 王位継承順位第四位トマス・ハワード・ジュニア

落ち込んでいる男爵と、少し暗い部屋と、重厚な調度品に囲まれていたけど、私は景色の一部に溶け込むほど悲観的にはなっていなかった。


「男爵、私の知り合いがいる以上は、事情を知らせて協力してもらうほかないでしょう。王子の従者に知り合いがいるのはむしろ心強いし、王子様に男装がバレそうになったらサポートしてもらえるでしょう?とりあえず、従者全員との顔合わせの前にトマス・ニーヴェットと私を引き合わせてください。」


テキパキと指示を出したつもりだったけど、男爵の反応は薄かった。いつの間にか苦笑に戻っている。


「そう簡単にはいかないんだよ。トマス・ニーヴェットの結婚相手を覚えているかい?」


「ええと、確かムリエルっていう貴族の娘さんだった気がするけど。」


一昨年トマスは馬上槍試合のトーナメントで優勝して、彼を気に入った軍人貴族の娘をお嫁にもらうことになったらしい。


男爵はため息交じりに苦笑いした。


「そうだよ、ムリエル・ハワード、軍務卿サリー伯爵の娘なんだ。」


「サリー伯爵?昨日からよく聞く名前だけど、確か大蔵卿じゃなかったかしら?」


お父様が担当した遺産相続についての裁判で、サリー伯爵のサインが入った文書を何度か見たことがある。


「第一大蔵卿を兼任しているけど、財政には関知していないと思うね。彼は内戦期から活躍している優秀な軍人なんだけど、内戦で敗北した王妃様の家の勢力に最後まで忠実で、現国王陛下は内戦後3年の間伯爵を投獄しているんだ。」


「投獄・・・なんでそんな人が軍務卿をしているの?」


「王妃様との結婚を含めた和解の一環として釈放されて、そのあとは国王陛下のもとで内乱の鎮圧に活躍した功によって領地を回復しているよ。優秀なことは確かだから、牢に入れておくのはもったいなかったのだろう。しかし政治的には自分の派閥作りに熱心で、有望な若者を囲い込んでいるんだ。ヘンリー王子の従者のうち、トマス・ニーヴェットとチャールズ・ブランドンには彼の息がかかっている。」


やり手の政治家という感じなのかしら。とりあえず男爵がサリー伯爵の派閥に属していないことはわかった。


「それで、サリー伯爵はマッサージ計画に反対しているの?」


「彼は国王陛下の前でルイーズの星室庁裁判に不満を訴えているんだ。事後だったので当然判決は覆らないけどね。それにサリー伯爵はアーサー王太子の領地を管理していたこともあって、王太子に非常に近い。国王陛下がヘンリー王子に色々なタイプの女性をけしかけようとしたときも止めに入っているしね。」


最後の判断は私もサリー伯爵に賛同するけど、彼が魔女に友好的でないとすると、なかなかややこしいかもしれない。


「それで、サリー伯爵は具合の悪い王太子に子供ができるような妙策を持っているのかしら?」


「ないんだよ、それが問題なんだ。」


男爵は力なく笑った。


「現国王陛下に近い親類が内戦でほとんど滅びてしまった話はしたよね、一方で敗北した王妃様の親類は残っていると。」


「そうでしたね。」


「サリー伯爵の奥方は王妃の妹アン様なんだ。つまりサリー伯爵の子供は継承権を持つ。アーサー、ヘンリー両王子に子供ができない場合、彼とアン様の長男トマス・ハワード・ジュニアは王位継承について有利になる。」


なんとなくわかってきた。トマスが多すぎてややこしいけど。


「ちょっと待って、王妃の妹の子供なら、メアリー王女とマーガレット王女の従兄弟になるのでしょう。従兄弟との結婚は教会が禁じているから、メアリー王女と結婚はできないはずよ。メアリー王女の子供の方が継承順位が高いわ。」


「もちろん、まだ12歳のメアリー王女が無事結婚して、かつ健康な男の子を産めばね。」


なるほど、確かに兄弟二人とも子供ができそうにない異常事態だから、メアリー王女が男の子を産むまでは流動的になるのかもしれない。


「つまりサリー伯爵は国王の岳父になれそうで、そのためにはアーサー王子とヘンリー王子に子供ができないのがベスト、というわけね。」


男爵は強く頷いたけど、心なしか元気がない気もする。


「本当に飲み込みが良くて助かるよ、ルイス。もちろん伯爵本人はアーサー王太子を支持しているがけど、彼の息のかかった従者が二人の王子についていながら、全く世継ぎに関係する動きを見せていない。私やトマスはそれを疑っているよ。」


「どのトマス?」


「トマス・ウォーズィー、さっき星室庁で会った司祭だよ。私がファーストネームだけで呼ぶトマスは奴だけだ。ちなみにサリー伯爵のファーストネームもトマスだけど。みんな伯爵呼びだから気にしなくてもいいだろうね。」


確かに男爵はヒューさんやゴードンさんも苗字で呼んでいる。


「失礼ですが、生地を選ばないのなら私は退出してもよろしいですか?」


マダム・ポーリーヌが本格的に拗ね始めてしまったので、私たちは慌てて適当に生地を手に取った。

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― 新着の感想 ―
[一言] 1番最後のトマス伯爵達についての会話に集中してて読者の自分もマダムが居る事忘れてたわ。すまんマダム
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