XXXVII 貴族アンソニー・ウィロビー・ド・ブローク
結局モードリンさんは服の中を見せてはくれなかったけど、携帯していた干しぶどうを分けてくれた。あんまりお腹の足しにはならないけど、思ったより美味しい。
「それで話を戻しますけど、とにかく、私は肩を張ったり足を絞ったりはしません。でもそれは私が不自由に感じるからなので、地味さが気になるなら、多少色使いは派手でも構わないです。」
法曹関係者が周りに多かったせいか、手に入る生地も黒や紺やグレーが多くて、私も割とモノトーンな服を着ることが多かった。ちょっと鮮やかな色なら興味はある。似合うかはわからないけれど。
「先ほども申し上げましたが、宮廷では派手な色よりも逆三角形のフォームが大事なのですわ。」
マダムはまだ肩と胸板の詰め物を諦めてないみたい。
「マダム、ルイーズ様、採寸が終わった以上はフォルムの話はあとでもできますし、ひとまずは生地を選びましょうか。」
ヒューさんが気をきかせてくれた。マダムはポシェットみたいなバッグを開けると、いくつか布の切れ端みたいなものを取り出した。
「これは上着に使うウール生地のサンプルですわ。これより少し暗い同系統の絹の生地でホースを作りましょう。」
小さなテーブルは色とりどりの生地でいっぱいになった。
「色についてなんだけど、どうせなら王子や他の従者と被らない方がいいのではないかな。」
男爵はサンプルを品定めしながら言った。制服はむしろ被るものだと思っていたけど、そうでもないらしい。
「変な色しか余ってない、みたいなことになりませんよね?」
「おそらくは大丈夫だと思うよ。」
男爵が「おそらく」を使うときはきっと大丈夫じゃない。
「とりあえず、まず赤は避けてくれないかな。王室のイメージカラーだし、ヘンリー王子は赤黒金の組み合わせを好んで着ている。」
「またお金のかかりそうな組み合わせですね。」
鮮やかな赤に染色するのは難しいみたいで、他の色に比べて値段が張る。
「王子の髪は赤みがかった金髪だから、それに合わせているというのもあるけどね。」
昨日から王子様の情報が断片的に入ってくるから、なんだかどんな人かイメージがしづらくなってきた。
「それで、他の従者の方達はどの色を使うんですか?」
「そうだね、まず王子付きの従者の人事を説明しないといけないね。」
男爵は顎に手を当てて考え込むようなそぶりをする。
「ヘンリー王子には、外出やスポーツにつきそう体つきのいい従者が四人、さらに身の回りの世話をする美少年の従者がフランシスを含めて四人ついているよ。君は当然後者になる予定だ。」
「そ、そうですか・・・」
男爵はなんだか生々しい言い方をした。後者なら逆三角形なんて不自然だと思うけど。
それにしてもフランシス君が美少年枠だったなんて。そばかすに気を取られていたけど、言われてみれば目鼻立ちは整っているのかな。でも街ですれ違って気になるような顔でもないと思うけど。
「前述の事情で、貴族で固められたアーサー王太子の周辺と違って8人とも平民の出身なんだ。もっとも、アーサー王太子のところから出向しているモーリス・セントジョンは、爵位はないが王太后様の甥の子供に当たる貴族だよ。総じて、身分について君が引け目に感じることはないと思う。まあ、私やウィロビーに対する態度を見るに君が身分を気にするとは思わないけどね。」
自分の言ったことが面白かったのか男爵がニヤリとした。ヒューさんも苦笑している。
「私だって貴族としての誇りを持った方にはちゃんと敬意を表しますよ。男爵にもアンソニーにも貴族としての自覚が足りていないんです。」
日頃から私と交流のある貴族なんてスタンリー卿くらいだったけど、お父様が顧問を務める貴族の屋敷に出向いたときは、私はちゃんとレディとして振舞っている。
「ひどい言われようだね。ウィロビーに関しては私も同意したいところだが。」
「失礼ですが、生地はどういたしましょうか。」
さっきからマダムは蚊帳の外になるのが気に食わないみたい。
「そうですよ男爵、話が脱線しすぎです。」
「脱線?」
「それているという意味です。それで、他の従者は何色を着るんですか。」
従者にイメージカラーがあるってすごいな。お父様の召使いはお父様のお古を来ている場合が多かったからみんな黒っぽい色だった。
「そうだね、まず外の従者からチェックしていくと、ブランドンはオリーブ色が好きなようだが、派手にするために銀色の装飾をあしらうことが多いね。ギルドフォードは黄色か橙がかった色の服にだいたい茶色の袖のない服を合わせる。銅のアクセサリーを使っているのをよく見る。ゲイジは白の襟の高い服が好きなようだが、水色や薄紫をアクセントにすることが多いみたいだね。貴金属をつけるところは見ないな。」
三人ほど初めて聞く名前が読み上げられたけど、それ以外も情報量が多すぎる。
「ちょっと待って、覚えられません。」
「君は他の従者とは初対面になるのだし、多少あやふやでも誰も怪しまないよ。とりあえず今は被らない色を選ばないとね。それと、もう一人のニーヴェットは銀や白の派手な縁取りや縦縞が入った黒い服が好みでね、」
今度は初めて聞く名前じゃない。
「ニーヴェット!?ひょっとしてバッケナムのニーヴェット!?」
スラスラと陽気にファッション解説をしていた男爵の微笑が、目に見えて曇った。
「ニーヴェットを知っているのかい、ルイス・・・」
知っていますとも。そして向こうはルイーズ・レミントンを知っている。
私の任務は初日から暗礁に乗り上げたみたい。




