XXXV 怪我人ピーター・ジョーンズ
コルセットのために胴回りをひたすら採寸されるのは慣れていたし、午後にロープでぐるぐる巻きにされたフランシス君に比べれば大した苦労ではないと思う。それに比べて、こっちだとホースって呼ばれているタイツは一度も作ったことがなかったから、初めて足回りを採寸されるときは少し変な感じがした。
男爵は黒いガウン姿だけど、宮廷の従者は膝上くらいまでの上着に下はタイツだけという格好が主流だって聞いている。玉ねぎみたいに膨らんだ半ズボンを履く場合もあるみたいだけど、どっちにしろあんまり気がすすまないのよね。
マダムはやっぱり手際が良くて、作業がテキパキと進んでいく。
「ついに腰まであるホースを履くのね、私。」
なんだか感慨深い。レミントン家は法曹関係者だったから、お父様も兄さんも丈の長いローブやガウンを着ていたし、弟の服もチュニックみたいな膝下まである服だったから、半身タイツ姿の人はほとんど見かけたことはない。
「ええ、王宮内でも教会の人間や法務・財務の関係者は丈の長いローブですけれど、王子の従者は身動きが取りやすいツーピースになります。」
確かに、女性が着る服は基本ワンピースになるこの世界だと、動きづらい思いをしたことは一度じゃなかった。裾が広がるデザインが多いから、動くことに限ればタイツが便利なのは確かだと思う。
以前に馬に横乗りして森に出かけたことがあったけど、道中で村のピーター少年が私のスカートを覗こうとして地面に這いつくばっていたのを思い出す。見られる前に軽く鞭で打ってあげたけどね。
「さて、概ね必要な採寸は終わりました。続いて詰め物についてですが・・・」
「ちょっと!!私だって詰め物するほどプライドが低くはないわ!!それに私まだ成長しているの!!発展途上なの!!大体男装するのになんで詰め物するのよ!!」
「お静かに、ルイーズ様、どうかお声を抑えてください。」
私だって大きな声は出したくないけど、さっきからびっくりさせてくるのはあなたたちですからね?
「わかりました。」
「ありがとうございます。まず確認ですが、地方の有力市民が集うノリッジの社交界と、ここ宮廷では持て囃されるファッションの傾向が全く異なります。こちらでは生地や柄よりも、男性らしさを強調した格好が流行りになっています。」
確かにノリッジでファッショナブルと呼ばれる人たちはもっぱら生地や柄が素敵な人たちだった。仕立て方はあんまり変わらなかったと思う。
「男性らしさを強調するとどんな風になるの?」
「広い肩と厚い胸板を見せつけるダブレット、立派なコッドピース、そして引き締まった足を演出するホースです。」
マダムがえへん、という感じで文章を締めくくる。
「ちょっと!私コッドピース使わないからね!!」
一度コッドピースをしていたスタンリー卿を私の一存でレミントン家立ち入り禁止にしたことがある。あれはセクハラだと思う。
「落ち着いてください、ルイーズ様。」
「私はこの馬鹿みたいな流行に抗っていきますから!大体私のホースは前を開ける必要がないし、防護のためのコッドピースなんて意味がないでしょう?」
「それはそうですが、ルイーズ様だけしていないと目立ってしまうのではないですか?」
王子達もしていると思うと気が滅入ってくる。
「不自然ではないくらいに上着の丈を長くしてください。付けているかわからないくらいで。そして私は付けません!」
これでもレディとしての意地があるから。
「・・・わかりました。」
マダムは不承不承という感じだった。
「それで、詰め物はどうするの?」
「肩と胸板を強調するため、ダブレットの下に入れます。ルイーズ様の場合男性としては足が細いですから、足にも入れましょうか?」
ダブレットは前をボタンでとめるジャケットのような上着で、えりが首元まであるので前世の学ランみたいな見た目になる。
「いえ、ルイスは運動ができない設定で外にも出ないのよ?か弱い少年のままでいきます。自然に。」
正直、毎回男装するたびに綿を詰めるのは面倒だと思う。
「わかりました。では丈が長めのダブレット、前を開けないホース、コッドピースはなし、という流れでよろしいですね。」
マダムはなんだか残念そうにしているけど、これは譲れない。
「ええ、それでお願いします。」
なんだか丈の少し短い丈のコートにストッキングを履いているような、前世でも着ていたような格好になるかもしれない。
「キュロットはどうされますか。」
キュロットは半ズボンのこと。
「膨らまないタイプの足首で縛るやつを作ってください。」
「それでは引き締まった足が見えませんが。」
「見えなくて大丈夫です。ルイスか弱いんで。」
マダムは明らかに不満そうな顔をしているけど、私としてもいろいろ譲れない一線があったし、信頼関係云々はとりあえず一着目が届いてから考えようと思う。




