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XXXIII 庶民院議員サー・ジョン・パストン

ドアが開いて、私のトランクを持ったヒューさんと一緒に、40歳くらいの品のある女性が立っていた。透けるような緑のレースの長袖の上から、袖のない浅緑のドレスを着ていて、銀のネックレスが良く似合っている。ブロンドをかなり暗くしたような色の髪と合う衣装だと思う。


「ウィンスロー男爵から仕立ての要請を受けて参りました、アンヌ・ポーリーヌです。」


落ち着いたアルトの声が部屋に響いて、ポーリーヌさんは優雅に礼をした。珍しくドレスは裾があまり広がらないタイプで、足の甲が少し覗くおしゃれな緑の靴が目を引く。


年齢を重ねるほど美人になる人っていう感じかしら。若く見えるわけじゃないけど、はっきりした目をしていて、張りのある感じの肌に強すぎない色の口紅が良く映えている。


「こんな綺麗な方に服を仕立ていただけるなんて嬉しいです。遅れましたが、私はルイーズ・レミントン、ノリッジの法廷弁護士で元庶民院議員、サー・ニコラス・レミントンの娘です。」


長い間ノリッジ選出の議員だったパストンさんが亡くなったとき、後継だったバーグさんの準備ができていなかったので、お父様が補欠選挙に出て一年だけ議員をしていた。王都ではそっちの肩書きの方が通じるかなと思う。


「お世辞を頂けて光栄ですわ。」


「いえ、本当にお綺麗です。それに、ノリッジの裁判からここまで周りは男ばかりだったから、紅一点で少し寂しかったんです。綺麗な方とファッションの話ができるなんて夢のようだわ。」


馬車を乗り換えたときとか、女の人と遭遇してはいるのだけど、まともに話すのはすごく久しぶりな気がする。


「紅一点?ほんとかな?」


男爵がからかうような苦笑をしているけど、きっと睨みつける。この人はレディー扱いをしてくれるときとルイス扱いしてくるときの差が激しい。


「さあ、ポーリーヌさん、今日は従者の服の採寸ですけど、他にも意見があったら遠慮なく教えてくださいね。」


「はい。では早速ですがその引退した田舎領主夫人みたいなドレスはおやめになってください。」


「え・・・」


さすがにあっけにとられて、言葉がでなかった。


そりゃあちょっと地味かなとは自分では思ったよ?でもパーティーに行くわけでもないし、馬車の旅にはこれくらいがちょうどいいと思う。


マダムは出会い頭に私を田舎者扱いしてきた上に、「引退した」ってことは老けて見えるってことかしら。よく見たら眉間にシワがよっているし、目つきは最初に思ったより少しきつい感じがする。


「でも、でもモスグリーンは流行色のはずだし、小紫とは割とあっていると思うわ。都会的じゃないかもしれないけど、派手なピンクや赤よりも目に優しいのではなくて?」


「色はまだ構いません。少し森からきた感じがしますけども。しかしルイーズさん、今の王都の流行りはウエストを絞ったドレスです。そのガウンのような着方はまるで寝る前の老婦人のようですわ。」


また老婦人って、せめて「老」は抜いてくれても意味は通じるでしょう?森から来たっていうのも含めて一言多いのよ。


この人はいくら腕が良くてもサービス業失格だと思う。ただでさえ男装するっていう特殊な状況なのに、この信頼関係が築けなさそうな感じ、人選が間違っている。


男爵を横目で睨んだけど、目をそらされてしまった。ちょっと咳払いをする。


「ポーリーヌさん、でよろしかったかしら。あのね、私は王都のお茶会で夜な夜な噂話をしているような少女じゃないの。従者兼小間使いとして王室勤めになるの。ウエストが苦しい服を着ても動きづらいだけです。」


マダム・ポーリーヌは全く動じる様子がなかった。


「お言葉ですがルイーズさん、高貴な人物の前に出るとき、男女ともに目に麗しい格好をするのはエチケットです。王族の方々の覚えがめでたいよう、侍従も侍女も化粧と衣装選びに時間をかけるのですわ。自分が動きやすい楽な格好をするというのは先方に失礼ではないでしょうか。」


このマダムに「失礼」って言われるなんてよっぽどだわ。言い分はわかるけど。


「そうね、心に留めておくわ。男爵、他の針子の方を探してください。腕が落ちても構いません。」


男爵は明らかに困惑したような苦笑を浮かべていた。


「ルイス、君が議論で劣勢なまま話を切り上げるというのは珍しいね。何か裏があるのかな?」


この人も一言余計なのよね。


「ウィンスロー男爵、ルイーズさんはおそらく体型が強調されるのを気にしてぴっちりした服を避けていらっしゃるのかと思います。」


もう頭にきた。


「ええそうよ!?でもみんなの前で言わなくってもいいでしょう!?私のエチケットに文句をつけておいて、あなたの人間としてのマナーはどうなの!?大体、理由がわかっていたのならわざわざ老婦人なんて言わなくてもいいでしょう!!」


「ルイス、夜だから!静かに!静かに!」


男爵が必死に私を制止しようとしてきたけど、私はさっきから表情を変えないマダムをキッと睨んだままだった。

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