CCCXXXVI 王太子派サー・エドワード・ネヴィル
行方をくらましたヘンリー王子とルイーズを探して北棟を徘徊していると、後ろから聞き覚えのある声がかかった。
「おや、ウィンスロー男爵ですか。せわしない様子ですが、どうかしましたか。」
振り返ると王太子夫妻の警護を担当するサー・エドワード・ネヴィルが、いつものように黒と灰のツートーンの制服を着てこちらに歩いてきていた。
「これはサー・エドワード、このあたりでヘンリー王子殿下を見かけませんでしたか。」
「いえ、北棟にはメアリー王女殿下と侍女たちがいます。ヘンリー王子はお渡りにならないはずです。」
サー・エドワードの言う通り、ルイーズに連れられてヘンリー王子が行ける場所は限られているが、東棟の食堂や洗面所、東側の庭園や礼拝堂でも見当たらなかった。
「そうですね、もう一度東棟をお探ししてみますよ。」
「それがいい。慌てた様子から、てっきり魔女でも探しているのかと思いました。」
慌てているように見えたとは思えなかったが、それ以上に聞き捨てならない一言があった。
突然脈絡なく魔女に言及するとは、なにかメッセージでもあるのだろうか。
「魔女などと・・・何を言っていらっしゃるのかわかりませんね。」
「いえ、私もさきほど真の実力を見るまでは半信半疑でした。本物の魔女はすさまじい。」
サー・エドワードは淡々としていて、私の混乱した素振りに構う様子も見せない。
真の実力?まさかルイーズは人前で魔法をつかったのか。
「いきなり魔女などと・・・サー・エドワード、あなたは一体、何を見たというのですか。」
「そう警戒する必要はありません。私が魔女の力を知ったのは、東棟にいるというルイーズ・レミントンではありません。別の魔女です。」
「別の魔女?いや、そもそも東棟には魔女に限らず女性は入らないようになっていますけどね。」
別の魔女とはどういうことか。島に聖女が居るという話はあったが、魔女がルイーズの他にいるという話は聞いていない。少なくとも教会と宮廷は把握していないはずだった。
そもそも東棟にルイーズが居ることがすでに把握されているとは、どういう経過をたどったのだろうか。ルイスとルイーズが同一人物であるのは発覚していない様子ではあるが。
どこから漏れたのか。
「東棟の詳しい事情は知りませんが、この魔女は自分勝手で礼儀をしらず、強引でなかなか厄介な存在のようです。しかし魔女はある一点につき、我々には重要な発見をしてくれたので、抗議はしますが余罪は許してはどうかと考えています。」
別の魔女?いや、ルイーズの別称、ルイザ・リヴィングストンを指しているだけかもしれない。今の所、形容詞の多くはルイーズにぴったり当てはまる。
「その魔女の名前は・・・」
「南の魔女、ルーテシア・ラ・フォンテーヌ。表向きはキャサリン王太子妃付きの女医です。」
聞かない名だった。東の国風の名前でもある。魔女が外国出身となれば我々の関知しない場所で魔女が現れたとしてもおかしくない。
考えてみれば、間者騒動の最中ルイーズはキャサリン王太子妃のところでお世話になっていた。なにか聞いているかもしれないし、そもそもサー・エドワードがルイーズのことを別人と勘違いしている可能性もある。
「怪しげな名前ですね。でも少し心当たりがありますよ。その女性は栗色の髪の、16歳くらいの少女ではありませんか。」
「いいえ、豊かな銀髪で、割と年配の貴婦人然としたレディでした。」
サー・エドワードの人物描写はルイーズに全く当てはまらなかった。ルイーズはどう頑張っても大人には見えないだろう。サー・エドワードが正直に答えているとの前提においてだが。
「しかし、そんな異国の魔女を名乗る女性が宮殿にいたとして、百害あって一利なしでは?」
とりあえず、ルイーズの任務を妨げかねない要素は排除したほうが良い。他の魔女などもってのほかだった。
「取り扱いが難しいのは間違いありませんが、彼女はこの国にとって重大なことを証明しました。もちろんその証明の仕方は褒められたものではありませんでしたが、結果は重要です。」
「この国によって重要なこと・・・?」
先程からやけに外国出身の魔女の肩を持つサー・エドワードに、私は違和感を覚え始めていた。
「はい、アーサー王太子殿下はお子をなすことがおできになります。これは王位継承に関わる重要な要素です。」
アーサー王太子派であることを公言しているサー・エドワードは、さも誇り高い様子で、ヘンリー王子派と周知されている私に対して高らかに宣言した。
アーサー王太子が、子を、なせる?
それを確かめたとなると、その年配の魔女はいよいよルイーズではないだろう。あの子は日頃大人ぶっていても、実際には半裸のウィロビーを前に固まっていたほど純情だ。そもそも王太子妃ならともかく、ルイーズの命を狙った侍従がいる王太子のところにルイーズが入り込むとは思えない。
そうなると、ルイーズがヘンリー王子をその気にさせるために使うはずだった魔法と同様のものを、別の魔女がアーサー王太子殿下に使ったことになる。それ自体が問題なわけではない。
しかし・・・
「サー・エドワード、南の魔女とやらの助力で、南の王女との間に生まれる次期王子は、南の主導で育てられるのではありませんか。アーサー王太子殿下がはっきりと主導権を握らなければ、この国は南の傘下に収まってしまいかねません。」
「あなた方はアーサー王太子に後継ができそうにないから問題だと騒いでいらした。いざできるとなったらそれも問題だと言うのですか。それに、男爵のお話には前提が多すぎるように思います。」
サー・エドワードの論点は理にかなっているが、引きこもっているアーサー王太子がいきなり独立すると考える方こそ無理があるのではないだろうか。
さらに、ルイーズには野心がないが、この異国の魔女はそうではないかもしれない。彼女がルイーズと同系統の魔法で王太子を責めたとしたら、王太子は抜け殻も同然ではないだろうか。
「・・・アーサー王太子殿下は、魔女の『検査』とやらを受けて、無事だったということはないでしょうね。魔法で人格を壊してしまう例もあると聞いていますよ。」
私の言葉にサー・エドワードが眉をひそめるのを、私は見逃さなかった。
「アーサー王太子殿下は意識もしっかりされ、お元気でおられます。いつもよりお顔色もよく・・・」
「顔色ね・・・だらしなく赤くされた顔で『ふああ・・・もっとお・・・』などとおっしゃっていませんでしたか。」
魔法にかかった様子についてはルイーズに襲われたウィロビーを参考にしたが、サー・エドワードは驚愕で目を大きくした、私の疑念に答えを与えた。すぐに表情を戻して、すこし怪しげな微笑になったが。
やはりアーサー王太子はやられている。私は確信を深めた。
「はは、その洞察はさすがに魔女を飼っているだけありますね。ですが、アーサー王太子殿下の精神力を見くびらないほうがいい。」
「強がりはやめましょう、サー・エドワード。私達は政治的立場こそ違いますが、お互いこの国に身を捧げています。魔女に操られる王太子殿下と、魔女を送り込む外国出身の王太子妃殿下。この二人が国王と王妃となれば、南の傀儡政権の出来上がりではないですか。」
私の追及に、サー・エドワードは軍人らしく鋭利な目線を私に向けた。
「それはあなた方が東の魔女を使ってやろうとしたことです。魔女をアーサー王太子殿下にけしかけて、ヘンリー王子に禅譲させようとの魂胆は分かっています。王太子殿下ご夫妻は我々がお守りする。南の思い通りになることはありません。」
「大きな間違いがありますね。我々が王太子殿下に影響を与えようとしたことは一度もありませんよ。しかし、すでに殿下はあなた方の魔女に襲われてしまっているのでしょう。前後不覚になっていらっしゃるなら、経緯に関わらず譲位の可能性が出るのは当然のことです。」
サー・エドワードは無言で私に一歩詰め寄った。
そのような勘違いをしているとは、頭に血が上っているのだろう。これがサー・エドワード個人の見解かどうかは気になるところだが。
「あからさまに譲位を口にするとは、王位の正当な継承者であるアーサー王太子殿下に不敬にあたる。」
「私とてアーサー王太子殿下がこの国の君主にふさわしくなっていただくことを望んでいますよ。しかしあなたの描写から、殿下はそこから更に遠ざかっていると感じた、それを述べただけのことです。」
サー・エドワードは私に返答する代わりに、私を訝しむようにじっと見つめた。
私達はしばらくの間、無言で睨み合った。




