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CCCXXVIII 遭遇者モーリス・セントジョン


ホーデンと別れて一旦中庭に出ると、白い長毛種の猫が私の目の前を横切った。黒猫が横切ることは不吉の印とされるが、白猫は例外だろう。むしろ幸運の印ととらえるべきだろうか。


私に気もとめずに寛ぎだした猫から目を逸らし、ふと東棟の方向を見ると、遠くにモーリスの姿が見える。そういえばモーリスは猫が好きだった覚えがある。私としては気まぐれな猫の相手は遠慮したいが、昨晩にあのような目に遭ってしまったモーリスのこと、癒やしが必要かもしれない。


私は魔女のマントに毛がつかないよう、片手で白猫を抱えあげると、モーリスのそばまで歩いていった。


「モーリス、中庭で見かけるのは珍しいな。どこかへ用事でもあったのか?ついでだが、そこでモーリスが好きそうな猫を拾った。」


「ロバート、いえ、用事というほどでもないですが、僕はチャペルでちょっと懺悔に・・・待ってください、その猫はルーテシア、キャサリン王太子妃殿下の飼い猫ですよ。」


どうやら猫はキャサリン妃のものだったようだが、やはりモーリスは朝から懺悔に行っていたのか。昨晩の悲劇を一人心の内にとどめおけなかったのだろう。意外にも顔色は良く、落ち込んでいるようには見えないが、モーリスなりの意地なのかもしれない。


モーリスの心の傷に間接的に寄与してしまったことに、私はまた後悔を覚えた。


「そうか・・・ではモーリスがこの猫を届けてくれないだろうか。さわり心地が良く、きっと心を癒やしてくれるだろう。それに昨晩の避難のトラブル以降、王太子妃一行は私を敵視しているからな。」


「癒やし、ですか?むしろロバートの顔色が少し気にかかりますよ、大丈夫ですか?猫を連れていけば王太子妃殿下と関係を修復するいいきっかけになるかもしれませんよ?関係修復と言えば、僕は昨晩ロバートにリディントン君の弁護を頼みましたが、あっさり諦めて本人の望まない婚約にサインしたそうですね、どういうことですか?」


モーリスは昨晩ヘンリー王子に襲われたことを隠し通すつもりでいるようだった。そうなれば私が癒やし云々を言いはじめるのは不自然か。


「私は少し寝不足だが元気にしている、ありがとう。猫を連れていきたいのは山々だが、私は別件でアンソニーのところにいかなくてはならない。それと、リディントンの弁護は私には無理だった、隣の部屋からレディ・グレイの嬌声が聞こえてきた。明白な証拠を前にして嘘をつくわけにもいかないだろう。昨日の晩のうちにモーリスのところに説明にいこうとしたのだが・・・都合がつかなかった。済まない。」


実際に昨晩東棟にいたことを言ってしまうと、モーリスもあの惨事の様子を聞かれていないか心配をするだろう。


「ロバートは現場を確認しなかったのですね?その声は治療によるものですよ?」


「いや、違う。モーリスは清らかな身である以上分からないかもしれないが、既婚者の私に言わせてもらえば、リディントンは手練の女たらしで間違いない。レディ・グレイの名誉のためにも見るわけにはいかなかったが、あの場では婚約を進めるほかなかった。モーリスとの約束を守れなかったのは悪かったとは思うが、最もましな選択だったとも信じている。」


逢瀬を隠し通すには二人の声が大きすぎた。レディ・グレイの名誉を考えれば結婚を推し進めるほかなかったといえる。


「ロバート、思い込みはよくありませんよ。聖・・・リディントン君は誤解されがちですが、僕から見てもアーサー様の状況をよくしてくれると見込んでいる名医ですから。後で謝ってくださいね。」


「モーリスには悪かったと思っているし謝るが・・・しかし名医か・・・そういえばキャサリン妃とプエブラ博士が推薦した南の女医がアーサー様を診察しているころだが、名前はルーテシア・ラフォンテーヌ。偶然にも猫と同じ名だな。」


「はあ・・・聖女様をアーサー様にと長らく申し上げているのに、プエブラ博士の怪しい部下に先を越されてしまうとは残念です。ラフォンテーヌとは南よりも東の国の名字のように思いますが、一体何者なのですか?」


私がレディ・グレイの一件から話題を外らすと、モーリスも軽いため息をついて話題を南の話に変えた。


「ルシヨンの出身と聞いている。詳しい身の上は知らないが、キャサリン妃の推薦状があればさすがに断れない。私がアンソニーにこのマントの件で会いに行くので、そこですれ違いになるかもしれないが。」


「そうですか。聖女様の前に無理な荒療治をしないといいのですが・・・待ってください、そのマントには見覚えがあります。僕に持ち主を探させてもらえませんか?」


モーリスは黒いマントに縫われたL.L.のマークに目を落としていた。ひょっとしたら東棟にいるルイーズ・レミントンとすれ違ったことがあるのかもしれないが、私と魔女の貴重な接点を譲るわけには行かなかった。


「いや、持ち主については見当がついている。モーリスは肩の力を抜いて、この猫と戯れていてほしい。」


「ロバート、いえ、そのマントを・・・ルーテシア、おとなしくしてください!!」


私が無理に渡した猫はモーリスの腕の中が気に入らなかったらしく、すぐに暴れだした。


「猫のことは頼んだ、モーリス。何か悩みがあったら私に気軽に相談してほしいし、単に気分が塞いだら私とベスの家を気軽に訪れてほしい。歓待する。」


「ロバート、僕を歓待する予算で、ロバートがちゃんとしたものを食べてくれたほうが嬉しいです。それよりマントを・・・ルーテシア、何が不満なのです!?」


「ありがとう、ではさらばだ、モーリス。元気そうで安心したが、これからも心を強く持ってくれ。」


猫に手こずっている優しいモーリスに手を振って、私は西棟に向かった。


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