XXVI 近衛兵馬飼育担当ベンジャミン・タイラー
日も暮れてきて、馬車の右手からから西日が射し始めていた。私の右側にいる男爵の表情が少しわかりづらくなっている。
「さて一つ目だが、ルイーズ、これは重大な国家機密なんだが、君の仕事の性質上話さないといけない。今からいうことはくれぐれも他言してはいけないよ。」
「わかりましたけど、フランシス君は聞いてもいいんですか。」
フランシス君はさっきから黙って私たちの向かい側に座っている。
「フランシスはもう知っている。ある意味で君と似たような立場だからね。さてと、これから私が言うことに疑問を感じても、私がいいと言うまで相槌しか打ってはいけないよ。質問は聞き終わってからにしてほしい。あとは、王室の不名誉になる発言は慎むようにね。いいかい」
何がくるのかしら。あまりいい話ではなさそうだけど。
「いいですよ、黙って聞きます。」
「わかった、お行儀よくするんだよ?」
男爵がおどけたように言ったけど、あんまり声がおどけていない気もする。
「さて、私は王子が君を風呂係に指名するだろう、と言ったね。」
「はい、なんとなく、でしたよね。」
「そうだよ、なんとなくなんだ。」
言葉を選ぶように、男爵が続けた。
「それと、王子が従者を連れて水浴びをするのが好きな話はしたかな。」
「好きとは聞きませんでしたけど、見応えのある立派な身体だったんでしたっけ。」
流石にそれは覚えている。男爵はくっくっと笑った。
「ああ、そうだったね。もちろん王子ほど清潔好きのスポーツマンになれば、不自然なことはないね。それと、王子が少年合唱団の世話を好んでしているのは話したかな。」
なんだろう、この脈絡のない性癖の積み重ね。男爵の意図がわからなくなってきた。
「それは聞いたことがないですけど、お風呂と水浴びとなんの関係があるんですか?」
「質問はまだ禁止だよ。もちろん、ヘンリー王子は音楽に造詣が深いから、少年合唱団を贔屓にするのは不自然なことではないね。さて、ヘンリー王子の従者が色々な理由でなかなか補充できない話はしたよね。」
嫌な予感が強まってくる。
「はい、ベッドメイキングとか、メイドの仕事を男の従者にさせるから、でしたね。」
「まあ基本的にはそうなんだ、基本的にはね。もちろんこれらの仕事は女性の専売特許ではないし、女嫌いのヘンリー王子が男の従者に頼むには不自然ではないよね。さて、不人気のせいでヘンリー王子が従者を指名できるほど選択肢がないのだけど、選択肢がある場合、王子が一定の特徴を持つ従者を指名してたがる、この話はしていないね。」
「していません。」
大体わかってきた。
「ヘンリー王子が好むのは、もっぱら華奢な美少年なんだ。これが、私が君が風呂係になるんじゃないかなと、なんとなく思った理由だよ。」
男爵は間を置いた。
「さて、王室に失礼に当たらない範囲で、質問してもいいよ。」
大きく深呼吸する。よしっ。
「ちょっと!!!そんなの聞いてないですよ!!男爵の嘘つき!!言わなかったっていうだけで嘘ですからね!?ひどい!!このタヌキ!!ただの女嫌いを治す計画じゃないじゃないですか!!裏切り者!!人でなし!!」
フランシス君が耳を手で塞いでいるのが見えたけどそれどころじゃない。男爵は呆気に取られている。
「タヌキがどうしたんだい?」
「今はどうでもいいです!男爵が最初に提示してきた契約完了条件が、王子が女性と肉体関係を持つことって、ほとんど不可能だったじゃないですか!この詐欺師!!ハードル高すぎです!無理やり女をけしかけられる王子様もかわいそうじゃないですか!」
「ハードル?」
男爵はぽかんとしているけど、私は煮えたぎっている。
「ハードルもないなんて遅れているんです!とにかくもうダメなんです!大体男装なんかしたら男として言い寄られるじゃないですか!それって女としてどうなんですか!?王子様だって騙されていて実は女だったって知ったら激怒ですよ激怒!」
「どうと言われてもね・・・」
男爵も耳を抑え始めたけど、腕を掴んで強引にふり払う。
「馬鹿!!大体マッチョと美少年なんて、そんなの薄い本に出てくるやつじゃないですか!私読んだことないし知りませんよ!?大体私腐女子じゃないし、そんなの直に見たくも体験したくもないですからね!?」
「薄い本?腐女子?」
「男爵みたいに教養のない人には分からないことです!一生ね!!」
息継ぎをしていると前からタイラーさんの声が聞こえてきた。
「お二方、馬が大変怖がっております、どうか落ち着いてください。」
そんなに声が大きかったかしら。気がついたらフランシス君が耳を抑えたまま虚ろな目をしているけど、論戦第二ラウンドの前にちょっと息を整えないといけない。




