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XXIV 宮廷付御者ベンジャミン・タイラー

裁判所から出た馬車はノリッジから乗ってきたものよりも少し広々としていて、赤い革張りの内装もあってだいぶ優雅な感じがする。御者は相変わらずタイラーさん。馬車とセットなのか格好いい赤いマントを着ていて、凛々しいおじいさんに見える。


あと違うことといえば、来たときの馬車では私と対角線上に座っていた男爵が、私の隣に間を空けずに座っていることかな。


「ルイーズ、さっき魔法をかけてもらった手にちょっと違和感があるのだが、ちょっと触ってみてくれないかな。」


男爵が私の目の前に左手を差し出してくる。


「男爵、私がマッサージをしたのは右手なので、左手のことは知りません。」


つれない返事をしてみる。男爵はがっかりした様子は見せないけど、「だが違和感が」とか言いながら私に見える位置で左手を返している。


マッサージをしてほしいんだろうけど、今日はもうしてあげないと決めた。


まず男爵は急に態度を変えすぎだった。さっきまで私への不信感に満ちていたのに、気に入った途端マッサージを求めてくるなんて、信用しろという方が無理だと思う。今男爵は文字通り私に見えるように手のひらを返しているけど。


あと、マッサージをかけたときの男爵の表情はアンソニーやスタンリー卿の時ほど崩れてなかったけど、ふにゃっとにやけた感じで、せっかくのイケメンがもったいなかった。やっぱりこの人はアンニュイな感じが似合っていると思う。彫りが深い美男子だから、マッサージ直前のすべて諦めたような苦笑いとか、どこか遠くを見て追憶するみたいな物憂げな表情が、映画のワンシーンみたいで美しい。


つまりマッサージをしてもらえずに残念そうにする顔の方が、マッサージにご満悦な顔よりも見応えがあると思う。


というわけで男爵にマッサージはお預け。それより気になることがいくつかある。


「ところで、アンソニーは大丈夫なの?」


アンソニーは目を覚ました後私のマッサージをねだっていたらしいけど、面倒そうなのでロアノークさんに押し付けて逃げてきた。


男爵はデフォルトの微笑に戻っていたけど、裁判前よりは若干優しい目で私を見つめながら答えてくれた。


「彼が私たちのしたことを話したとして、魔女に魔法をかけられた人間の証言はあてにならないし、誰も聞く耳を持たないだろうね。私も君と同じく彼が秘密の契約を守るとは思うけどね。どのみち魔女の配下の人間と思われたらアーサー王太子のそばにはいられないが、君は法律上魔女ではないから彼から地位を奪うようなこともできない。おそらくは遠い戦場を転々とするか、行政官として長い間島に行くことになるんじゃないか。」


私たちに捕まったらアンソニーは用無しになって左遷されちゃうのか。私だってマッサージが終わった後失業するかもしれないけど、アンソニーには行政官なんて絶対務まらないだろうし、若干かわいそうかもしれない。ただ私たちを捕縛して誘拐しようとしただけなのに・・・




あれ、結構ひどいことをしようとしてきたよね?




「じゃあアンソニーには左遷先で頑張ってもらうとして、あの人たち枢密院の逮捕令状を持っていましたけど、一体どうなっているの?」


すっかり忘れていたけど私宛の逮捕令状が出ていた。


「あれはこちらの手続きミスを突かれただけだから心配ないよ。王立裁判所の公開裁判から星室庁の非公開裁判に変更する手続きをとったけど、ノリッジから王立裁判所に移す手続きが王都側で終わっていなかったから、正式には開廷前にノリッジから星室庁裁判所に変更することをノリッジ側に通達する必要があったんだ。まだ向こうに手紙が着いていなかったから、タイミング的に君が星室庁に不法に入ったことになった訳だね。」


確かにノリッジの裁判長は王立裁判所に移ることを宣言して閉廷していたけど、王立裁判所には結局行かなかったからそこで齟齬があったみたい。そんな手続き的な理由で逮捕されそうだったなんて思わなかったけど。


「ちょっと逆に心配になるじゃない。なんで王都での手続きは終わっていなかったの?」


今回はケアレスミスだったから次は大丈夫、っていう人を信頼しちゃいけないと思う。ミスな上に「ケアレス」なんて恥ずかしい形容詞がついているのに、どうしてみんな軽く見るのかしら。


「妨害する人間がいたからだよ。とは言え、君の無罪には国王陛下の内諾が出ているから、再逮捕の恐れはほぼないと思っていい。」


「ほぼってことはゼロじゃないんですね。」


男爵は大雑把だから困る。今も私の逮捕の話をしているのに緊張感のない微笑のまま。


「そりゃあ彼らがこじつけようと思えば、今回のような手続き的な理由はいくらでも思いつくからね。でも君はもう星室庁で無罪になったから、他の理由で逮捕しても魔女の件を蒸し返すのは無理で、軽い罰金がせいぜいだと思うよ。」


「彼らって誰ですか彼らって。」


「もちろんアーサー王太子周辺の勢力だ。」


男爵は知っていて当然だろうって顔をしているけど、そもそも説明されてないからね。文脈が全くわからないじゃない。


「男爵、このまま説明不足が続くようなら二度とマッサージしてあげませんからね。」


「わかった、わかったよ、背景を解説するからそう睨まないでくれ。」


さっきまでなかったマッサージというカードを手に入れて、少しだけパワーバランスが平等になった気がした。

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