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「私も前にあなたと同じようなことを経験したことがある。その時は本当に怖くて、父親を……殺そうとした」
エリスが一瞬息をのむ。一緒にいたナースは以前私がERで起こした事件を知っているからか、何も言わずにいる。
あまり人には話したくない内容だけれども、エリスのためだ。仕方ない。
「結局それも失敗したけどね。あなたのママと同じように私の母さんも父親に撃たれた」
「先生のママは、どうなったの?」
「今も生きてるわ。元気に、新しい家族と一緒に」
言い終わると、エリスはほっと息をはいた。
「エリス。警察に今までのこと話して。ソーシャルワーカーにも。あなたたちの身の安全は絶対に保証する」
「ダメ……」
「エリス……」
まだ何がダメなのか、エリスはまた泣き出しそうな顔になって首を横に振る。ナースと目を合わせてどうしようかと小さく溜め息をつく。
「あたしが……」
「え?」
エリスが小さく呟いて、顔をエリスに向ける。
「あたしがあの人を撃ったの……。あの人がママを殴るから、初めはビールの瓶を投げた。そしたら、あの人あたしを思い切り殴って、あたし側にあった銃であの人を撃ったの。でも、弾はかすって……。あの人はもっと怒って私に向かって……」
そこでエリスが自分を抱き抱えるようにして震えだした。話はそこで終わったけど、何となく話の内容は分かった。つまり、あの男が撃った弾がエリスにかすった後、もう一度撃った弾がエリスを庇おうとしたラードナーさんに当たった。
「エリス、大丈夫よ。あなたの行為は正当防衛になる。いいえ、ならなくても私がさせる」
「どうやって……?」
「あの警察とは友達なのよ」
エリスの心配げな声に、窓の外を見やって笑いながら言った。窓の外、ERの廊下にはアレックスとユノが立っている。
「だから、警察に話して。エリス」
「……絶対に守ってくれる?」
「ええ、約束する」
「……分かった。警察に話す」
力のなかったエリスの目がしっかりと意志を持って頷いた。
それに安心して息をはき、外のアレックスたちに中へ入るよう合図する。二人とも、それを見てゆっくりと中に入ってきた。
「エリス、誰か連絡してほしい人はいる?」
「ナタリーのパパに……」
「ナタリーって?」
「学校の友達よ」
「分かった。これに連絡先を書いて」
エリスに胸ポケットから出したペンと紙を渡す。
エリスがそれに電話番号を書き込むと受け取って、ナースに連絡するよう頼んだ。
それからアレックスたちに話をしてもいいと、私は椅子から立ち上がってアレックスたちの後ろに下がった。
「話は全部聞いたから、ソッコーでアイツに手錠掛けに行くよ」
「エリスはおとがめなしよ」
エリスの話を聞き終わったアレックスとユノが病室を出ながら言った。私はそれにお礼を言って二人を見送る。
「ナタリーたちはあと少しで着くみたいだから」
ドアを閉めて、エリスを振り返る。エリスはさっきよりは元気な顔をしている。ナタリーたちのことを聞くと、嬉しそうに顔を綻ばせた。
「何かしてほしいことある?」
再びベッドの横にある椅子に座って尋ねる。エリスは私の言葉に一瞬躊躇したように顔を背けたけど、すぐに思い直したように私の方を向いた。
「ママに会える?」
やっぱり自分のせいでラードナーさんが撃たれたと思っているのか、エリスは心配そうだ。
私は一応腕時計を見て時間を確認する。時間からみて、まだオペは終わっていそうにない。
チラッとエリスを見ると、頼むような視線を送ってきている。
……仕方ないか。
「いいよ。会わせてあげる」
「ほんと?」
「本当。でも、ママはまだオペ中よ。お腹が開いてて、血も出てる。それでも大丈夫?」
「大丈夫」
エリスは迷うことなく、しっかりと頷いた。
こうなったら後には引けない。
「分かった。じゃあ、連れてってあげる」
そう言って、エリスを連れて病室を後にした。
外科へと行くためエレベーターに向かう途中で、ジャスティンにナタリーたちが来たら外科へ来させるよう伝えてエレベーターに乗り込んだ。
患者にオペを見学させるなんて、後でオペ室出入り禁止だけで済むかな……。
外科病棟に到着して、誰にも見つからないようオペ見学室へと向かう。きっと、今は部長のピーターのオペも入ってるから、見学者は皆そっちに行っててデイヴィスの方には誰もいないはず。
そう願いながら見学室のドアを開くと、思った通り誰もいなかった。
エリスを中に入れて、見学室のドアに鍵を掛ける。エリスは入るなり見学室の窓に走り寄って、オペを見ている。私もエリスに近付いて横に並ぶと、エリスに気付いたコリンに下から思い切り睨み付けられた。
これは、オペ室出入り禁止じゃ済まないかも。
「ママ、血がたくさん出てる……」
窓に手をついて、オペの様子を見下ろしながらエリスが言った。私もエリスの言葉でラードナーさんの方に顔を向ける。
確かに、出血が多いかもしれない。弾はトレーの中にあるから取り除けたんだろうけど、ラードナーさんの様子が芳しくない。
エリスに目を向けると、泣きそうな顔になっているのに気が付いた。
「エリス、ママに話し掛けたい?」
「出来るの?」
エリスは驚いたように私を見上げた。私は頷いて、見学室に備え付けてある内線のスイッチをオンにする。
「これでママに聞こえる」
私がエリスにそう言うと、当たり前にオペ室にも声は聞こえたらしく、マーサたちがこっちを見上げた。私はそれに気が付かない振りをして、エリスに話すよう促す。
「ママ?」
エリスがオペ室を見ながら話し出した。
「ママ、聞こえる? ごめんなさい、私のせいで撃たれて。でも、私ママを助けたかった。ママ、ごめんなさい。私、全部警察の人に話したの。今度はちゃんと助けてくれるって。ねぇ、ママ。だから死なないで。今日はクリスマスパーティー、する約束でしょ?」
エリスは途中から泣き声になっていった。
私はエリスの肩に手を置いて、さすってやる。
「ママ……」
エリスが最後に一言発すると、徐々にラードナーさんの心拍数が上がっていった。デイヴィスたちも驚いたように、こっちを見上げる。
「ママ、助かるの?」
エリスはデイヴィスたちの驚きに気付いたらしく、不安げに私を見上げてきた。
「ええ。心拍数が上昇してきたから、助かるはずよ」
「本当に?」
「本当に」
私の言葉にエリスは安心して、息をついた。
私も安心して、ふとオペ室を見下ろすと、コリンの突き刺すような目と合った。視線が『もう出ていけ』と言っている。
私はそれに頷いて、エリスの肩を抱き見学室を出た。




