第50話 顔だけ
あの日以来、花ヶ崎と星野が一緒に居る時間が極端に増えた。
多少のフォローをしただけだと思っていたのだが、どうもそうじゃ無かったらしい。
以前と比べて少し距離の近くなった二人を横目に、若干不機嫌な四ノ宮も確認できる。望み通りになった筈なのに、どうも気になるようだ。
それはそうと花ヶ崎が俺の席に寄って来なくなった影響かは分からないが、隣の席の桐谷さんがグイグイ来るようになって来た。
早く席替え来ないかな。
なんて考えながら中間テストに向けて勉強をしていた休日の夜。
突然かかってきた通話に出て、俺は参考書に目を向けながら耳を傾けていた。
『さっきまで、美香さんのご両親をきっかけにバーベキューやってたんですけどね。その時、まあ空気が悪いのなんのって』
よく響く声、チャプチャプと聞こえてくる水の音。
一瞬、スマートフォンのスピーカーの不調かと思った。でもよく聞くと違う。
「伊吹、君なんでお風呂から通話かけて来てんの?」
『今ちょうど一人になったんです』
「いや……えっ?ていうか、それビデオ通話になってるけど」
『あれ、そうでした?まあ愚痴聞いてくれれば何でもいいですよ』
双子揃って羞恥心を母親の腹に置いてきたのだろうか。
チラリと画面に視線を向けると、どちらのカメラも呆然と天井を映している。
お風呂らしい白い天井、カメラは少し濡れている様だ。
ビデオ通話になったのは、画面に水滴が落ちて反応でもしたのだろうか。
……まあ、気にしないことにしよう。
「……で、バーベキューの空気が悪かったって、何で?」
『美香さんとゆうくんがイチャイチャしてたからですね〜。私も事情は聞いてたんで、美香さんがゆうくんにベタベタしてるのは理解できるんですよ』
「うん」
『でも、ゆうくんのあの感じは……何があったんだ!?って感じでしたね』
教室内の二人の様子から察するに、家では本当に今までにない光景だったのだろう。
『お姉ちゃんも居なかったんで余計に、ですね。ま〜たうちの長女が美香さんの愚痴を吐いてましたよ』
「……なるほどね」
『因みに、お姉ちゃんが何処居るのか、知ってます?』
「……そりゃ、知ってるよ」
家に居るもん。今君と同じでお風呂に入ってるよ。
完全に俺の家を隠れ家に使ってる。
『お姉ちゃんどんな調子です?』
「不機嫌」
『不機嫌?』
「乙女心は複雑なんだよ」
俺の知ってる範囲では、だが。
どうも、星野が自分から離れて花ヶ崎との距離を縮めた事がモヤモヤするのと、それが生駒の言っていた通りになった事が気に入らない様だ。
同じ気持ちを味わったことはないが、何となく気持ちは理解できなくもない。
『こまの言ってた通りって感じですか』
「そんなところ……」
不意に妙な物音と水の音が聞こえて、反射的にスマートフォンの画面に視線を向けた。
すると、画面が下を向いていた様で伊吹の下腹部から鼠径部辺りをしばらく眺めてしまった。
「……伊吹、ごめん」
『え、何です?』
あまり女の子の股間辺りをじっくりと眺める機会なんて無いが、そんな機会なんて無くて良いと心の底から感じている。この罪悪感は本当に嫌いだ。
「色々見てしまった」
『あ〜……別に良いですよ。カメラ起動したのこっちなんで。それに生駒とお風呂入ったことあるんですもんね、今更じゃないですか?』
「何がどう今更なの……?」
『ほら、遺伝子的には同一なんで』
言ってることが若干気持ち悪いぞ、それ。
少し伊吹の声が遠くなったので、俺はソファに置いていたスマートフォンを机に置いた。
すると、カメラに俺の顔も映り込むが、気にする事でもないだろう。
「……普通は大した仲じゃない男に裸見られるのは嫌な筈だけどな」
『そこで変な反応したり何も言わずに噛み締めたりこっそりスクショ撮ったりするタイプの人が相手だったら、不快ですけど、理桜さんは素直に謝るんで寧ろ好印象ですよ』
何がどう好印象になるのか、俺にはさっぱりわからない。
それはそうと、何故伊吹は俺が生駒と風呂に入ったことを知ってるんだろう。多分生駒が話したのだとは思うが、別に話す理由なんて無いはずだ。
『どうしても罪悪感があるなら、一つ私の頼みを聞いてもらえませんかね』
「え……何?」
『別に大したことではないですよ。ちょっと二人きりお出かけしませんか、という話です』
「……構わないけど、何すんの?」
『ごく普通のデートですよ?』
「え……?なんでまた」
『前に若干話したと思うんですけど、私モテるんですよね』
記憶が正しければ中学の頃の伊緒と同じ様な状況だ。
異性に好かれるが同性に嫌われる。
四ノ宮は星野の様な壁役というか、常に近くに居てくれる人が居たからそこまで被害は無かったらしいが、伊吹は多少なりとも嫌がらせをされているとか。
加えて伊吹は、無愛想が極まっている伊緒と違って辛辣な物言いで相手を煽るので、シンプルに敵を作りやすいそうだ。
『で、私何故か年上のイケメンな彼氏が居るという噂が発生してるんですね』
「なんだその噂?」
『さあ?』
さあ?って……。
どうも心当たりはないようだ。
「因みに彼氏とかは」
『今のところ考えてないです』
つまりは居ないという事だ。
「……それは、さっきのデートの話とどう繋がるの?」
『ちょっと私の彼氏役やってくれません?モデルモードで。大丈夫ですよ、ちゃんと顔隠すんで』
「……もしかして写真?」
『そーです』
「あー……。つまりアレか、その年上彼氏とやらの噂を利用して、彼氏っぽい男と写真とってSNSにでも上げれば、言い寄ってくる男子も嫌がらせしてくる女子も減るだろ的な話か」
『それです、理解が早くて助かります』
正直、生駒とも似たような感じでデートしてるから、それこそ今更と言った感じだ。
『苦肉の策なんですよね〜。ハッキリ言ってしまうと、私お姉ちゃんに睨まれるのは嫌なので』
「別に付き合ってる訳じゃないんだから気にしなくて良いだろ」
『付き合っても居ない女の子を普通に家に泊める人は言う方が違いますね』
「俺が家に泊めたことあるのって、君の姉妹だけなんだけど」
『図々しい人たちですね〜』
「君も人の事言えないけど」
『受け入れた上で手を出さない理桜さんって紳士なんですね』
「さっきからその棒読み止めてくれないかな……」
再度スマートフォンの画面を見ると、ラフなキャミソールを着てベッドに寝転がる伊吹が、カメラ越しに俺の顔を覗き込んでいた。
『ま、そう言う事なんで今度予定送りますね』
「──上がったよ」
伊吹の言葉に重なって、風呂場から四ノ宮が出て来たので俺は咄嗟に話を変えた。
「伊吹、話変わるんだけど、星野零って娘、知ってるか?」
『え?あー……ゆうくんのとこの従兄妹ちゃんですよね。学校違うんで、あんまり話したこと無いです』
「そう、その子」
『お知り合いですか?』
「部活の後輩だから一応」
『あ、そうなんですね〜。その子がどうかしました?』
「さっき言ってたバーベキューに参加してるのかなって」
『してましたけど隅っこでコソコソしてただけです。せっかく可愛いのに無愛想で陰キャなんですよね、嫌いじゃないですけど。顔だけなら私あの子より可愛い子知らないですよ、顔だけなら。顔だけですけどね〜』
陰キャ、というより大人しい印象はあった。
個人的にはクールで大人びているオタサーの姫みたいな感じだった様な気がする。
てか、どんだけ顔だけって言うんだ……。そこまで言うのはもはや嫌いだろ。
「生駒は仲良かった筈。相手の性格気にしないから」
『ですね〜。今日も話しかけてたのも、こまだけだったと思いますよ』
「そっか……」
そういう言い方をするということは、四ノ宮から見ても陰キャだったということだろう。四ノ宮が性格の話をするなんて相当だ。もしかして外弁慶なのだろうか。いや、外弁慶ってほど周りと関わりを深める印象も無かったけど。
『それで〜あの子がどうかしました?』
「いや、実は──」
俺は以前に咲智さんに聞いた話を、二人に軽く説明した。
その間、横から四ノ宮がとても複雑な表情で俺の事を見ていた。




