第49話 自覚
更新遅れました。今度こそちゃんと帰って来れたと思ってる。あと、タイトルが変わりました。
「お疲れ様です。まだ来てないのは……」
「秋村だ。花ヶ崎は体調不良で休むそうだ」
そうか、体調不良。
あの精神状態でいつもみたいに元気に振る舞うのは難しいだろうから、それで良いと思う。
「別に来なくて良い」
「そっすか。てか、秋村来て──」
相変わらず態度が一貫している咲智さんは置いておき、俺はまだ来てない秋村と見間違えて三度見してしまった人影に目を向けた。
「いや、秋村じゃない……彩葉先輩!」
サイズ感が同じ過ぎて分かりにくいです!
「おっす、理桜」
俺の名前を呼んでいたずらっぽく微笑んだのは、三年の彩葉先輩。
「どうしてここに?」
「生徒会の仕事だ。毎学期に3回、部活動の監査にくるんだよ。それの一環だ」
「……会長なのに?」
「しゃーねーだろ、詩織が「偶には仕事しろ」って騒ぐんだよ。つーわけで、今日は一日活動に付き添うから、そのつもりで」
彩葉先輩なら大歓迎と言ったところだ。
「お前ら、来たからにはサボるなよ」
「サボりませんよ。ねえ、彩葉先輩」
「当然だよなぁ」
「なら獅子葉、ちょっと手伝え」
「うへぇ」
その後、集合時間ほぼぴったりに秋村が到着した。
校門近くで待っていた俺と咲智さんに小さく会釈をしてくる。
校舎の裏手にある駐車場に向かう途中、秋村がさり気なく肩を寄せてきた。
「なんか赤瀬、珍しく上機嫌」
「そう?」
「良いことでもあった?」
「あった」
「もしかして獅子葉先輩?」
「……そんな分かりやすい?」
「さっき目で追ってたから。赤瀬って低身長の子が好きなの?もしかしてうちも狙われてる?」
「いやまあ……身長低いのは可愛いと思うけど、別に誰も彼も狙う訳じゃないし、別に彩葉先輩のことも狙ってない」
強いて言うならば、初恋の人が以前と変わらない姿で居てくれる事に安心感を覚えているのだと思う。
「ま、そうだようね。獅子葉先輩って彼氏居るし」
「そうそ………………えっ?」
「ん?知らなかった?でも、あの感じなのにうちと違ってスラッとしてて大人びてて、マスコット過ぎない感じが、そりゃモテるよね〜って思うでしょ?」
「思う、けど……」
それはそうと猛烈にショックだ。
ずっと推してるアイドルが結婚したらこんな気分になるんだろうか。
ずっと推してるブイチューバーが卒業したらこんな気分なんだろうな。
「急に顔色悪くなったよ?やっぱり狙ってたんじゃん」
「いや、そういう感じじゃない、と思う」
彩葉先輩はとても人を見る目があるから、きっと上手くやれる人を見つけたのだろう。
いや、でもやっぱり普通にショックだ。
俺の初恋はほんのついさっきまで続いていたのかも知れない。
俺はきっと姉さんに恋人が出来ても感想の一つも芽生えないだろうと思っていたが、案外違うのかも知れない。
彩葉先輩は決して身近ではないが、少なからずの関わりがあった人だ。その人相手でこうなるなら、他の、例えば俺を好きだと言ってくれている子がに恋人が出来たらどんな気持ちになるんだろう。
星野にとって四ノ宮に恋人が出来るのは、こんな気持ちなんだろうか。
「……なにしてる、早く乗れ」
「「あ、はい」」
いつの間にか咲智さんと彩葉先輩は車に乗り込んでいた。
助手席に堂々と座る彩葉先輩の背中をぼんやりと見ながら、後部座席の三人でこそこそと続きを話していた。
「そうなの?知らなかった」
どうやら咲智さんも彩葉先輩の彼氏事情を知らなかった様で、意外そうな表情を助手席に向けた。
「意外」
普通に言った。
「……赤瀬、良かったの?」
「えっ?」
「あー……」
そうだった、咲智さんは知ってたんだ。
彼女はその雰囲気に反して、人の感情に敏感な部分がある。
「大丈夫です」
「そう」
「……えっ?赤瀬、それって……そういう事?」
少し声が大きくなった秋村に向けて、口元に人差し指を当てて見せた。
こくこくと頷きながらも、秋村はぐいっと顔を寄せてきた。
「そっちのが意外なんだけど。やっぱり小さいのが好きなんじゃん」
「違う、好きになった人が小さかっただけだから」
「じゃあ何処を好きになったのさ?」
「マイペース……というより、揺るがない自分を持ってるとこ……かな。俺って流されることが多いって言うか……大事なことを自分で決断出来ないことが多いから、ああ言う人に憧れるんだよ」
俺が四ノ宮生駒に甘いのは、多分そのせいだ。
彼女はかなり極端な例だと思うけど、生駒に対して俺は強く出られない。なんでって、二人とも肝心なところではちゃんと人に気遣いを出来るから。
「……赤瀬ってちゃんと女の子の好みあったんだ。マイペースでちゃんと自分を持ってる人が好き、と」
「分析すんなよ」
「いやぁ、うちは一応梓のこと応援してるから、これは良い情報」
「……桐谷さんね……」
「ところで、そこにもう一人マイペースの代表みたいな人がいるけど」
そう言って秋村は咲智さんに視線を移した。
俺はあまり彼女がマイペースなタイプだと思ったことはない。
「?」
小さく首を傾げた咲智さんを見て、俺と秋村は顔を向き直した。
「まあ……一緒に居て嫌だと思った事はない」
「うち結構あるけど」
「一緒にすんなよ、歴が違うだろ」
「赤瀬ってなんか女の子に甘くない?」
「俺は誰に対してもこんなもんだよ……」
同性の友達が引くほど居ないから女に甘い女好きだと思われても仕方ない。
でも俺は相手が男だろうが別に態度は変わらない筈だ。星野に接してる時もこんな感じだったと思う。
「正直言って良い?」
「なに?別にいいけど」
秋村はすっと姿勢を戻すと、小声を止めて普通の声のトーンで言い放った。
「赤瀬、顔は良いけど別にモテる要素なくない?梓とかが必死に気を引こうとする理由が分かんない」
それは俺も思ってる。
「俺より優秀なやつとかいくらでも居るのにな」
「赤瀬、お前案外考え方が幼稚なんだな」
不意に、神里先生が話に混ざってきた。
「そうですか?」
「人が人を好きになる上で、優秀さや魅力は案外アテにならないぞ。それに、主観的かつ利己的な感情ばかりが自分に向けられている、なんて思うべきじゃない」
そこまで言うつもりは無いが、人を好きになる時って、大抵は自分に無い物を持っているから気になるのだと思っていた、自分がそうだったから。
「因みにお前、今何人に好かれてるんだ?」
「……心当たりがあるのは三人です」
「高校生のくせにそこまで女を誑かしてるのか。恥を知れ、恥を。ったく、三人は、花ヶ崎と四ノ宮、あとは……桐谷か」
百歩譲って花ヶ崎は同じ部活で顔を合わせる事もあるから、気付かれていてもおかしくはない。
だが何故滅多に会わない筈の四ノ宮と桐谷の事まで分かるんだ。
「私の授業を聞き流しながら、真面目に授業を受けてる赤瀬をチラチラ見てる奴が何人か居るからな」
「うちの心読まれたんだけど」
秋村は俺と同じことを考えていた様だ。俺も心読まれたと思った。
「というか、何人か?その二人だけじゃなくて?」
「その三倍は思い当たるな」
誰だそいつら、授業に集中しろよ。
常日頃から見られてるって事じゃねえかよ。
「モデル業もやってるんだから、そう言う事もあるだろう。真面目にやれとは思うが、納得出来なくもない」
「……そうですか」
「顔の良い奴ばかり狙うなんて最低だな」
「先生はどうしても俺の事を女誑しのクズに仕立て上げたいんですか?」
「事実だろう?」
「事実であって欲しくないんですよこっちは」
何で俺はそんなに浮気するタイプの男だと思われるんだよ!
「なら、大人しく一人選んで付き合えば良いだろうに。なんで受け身で居続ける?」
「いやだって……俺に選ばれなかっただけで傷付くって、なんか可哀想じゃないですか?」
「そんな事まで考えていたらキリがないだろ」
「その通りで、キリがないからこうなってるんですよ」
今思えば四ノ宮一人に迫られるだけなら、大いに楽だったような気がする。
「モテる……って聞いて思い出した。そう言えば私、中学で部長やってた時に一年生から相談されたよ、赤瀬のこと好きって言ってた女の子に」
咲智さんが中学で部長をしていた時、と言うと二年前だ。
「……俺中学では後輩と仲良くした記憶無いですけど」
「星野零って子」
「え……星野君に妹とか居たの?」
「いや、妹じゃなくて従兄妹だった筈だな。その子は覚えてますけど……」
一個下の後輩だ。パソコン部でアイドルみたいに扱われていた。
俺がパソコン部で部長をやっていた時に副部長だったから、なにかと関わる機会は多かった。
ただ、俺に好意を持っていた様な態度は片鱗どころか欠片くずすらも見せられた記憶はない。
「……自覚ないのが怖いな」
俺が必死に記憶を漁っていると、前の席で彩葉先輩がポツリと呟いたのだった。
その日、天文部は北斗七星や春の大三角を中心とした星座の観測、撮影やそれに関する話を聞いていたら、家に帰るのは深夜になった。
また年下が出て来た……今度は星野くんの関係者、ちゃんと出て来るのはもう少し後かな、と。




