第48話 母親
「へ〜そんな事があったんですね。どーりで昨日は陰鬱でブサイクな顔してると思ったら。ま、私は最初っから美香さんのこと嫌いなんで、今更感ありますけど」
「伊緒は視野が狭い。答えを出さない相手をもどかしく思うのが自分勝手なら、嫉妬するのも好きになるのも自分勝手で自己中心的な感情なのに」
姉妹揃って姉に対して随分な言い草だ。
俺自身もどちらかと言えば原因側の人間なので口を挟むことは出来ないが。
ただ「自分勝手の度合いで言えば君等も変わらないぞ」って凄く言いたい。
カウンター席に座って伊吹と生駒の話を聞いて、俺は小さくため息を吐いた。カウンターの奥では才羽さんだけでなくその娘の雪さんも喫茶店の制服を着て仕事に着手している。
昨日俺は結局、花ヶ崎を追い掛けるのを諦めた。
生駒が星野にフォローを頼んだと言っていたので俺からも星野に連絡を入れたのだが、彼は「多分大丈夫」という中々曖昧な返事だけを残した。
「ほい、弟くん。キャラメルマキアート」
不意に雪さんが、俺の前に大きなグラスを置いた。
「俺まだ何も頼んでませんけど」
「陰鬱でブサイクな顔してたから」
「……話聞いてたんですか……」
「私じゃ、恋の悩みは解決出来ないからね」
「最初から期待してないし、そもそも恋の悩み自体は俺がしてる訳じゃないんですけど」
「ありゃ?君が三人くらいの女の子を誑かしてたせいで、親友同士だった女の子が仲違いしちゃったんでしょ?それをどうにかしたいって話じゃないの?」
「いやそれは……」
間違ってるような、間違ってないような。
あれ?俺は誑かしたつもりなんか無いんだけど、状況だけ見たら大体合ってるのか?
「雪ちゃんは、一度に二人の異性を好きになったらどうする?」
ふと、後ろの方から生駒が雪さんにそんな質問を投げかけた。
「一人は振り向いてくれそうになくて、一人はライバルが沢山居るっていう条件あるけど」
中々面倒臭い二択だが、花ヶ崎の現状を端的に言い表している。
「うーん……難しいね、質問良い?」
「うん」
「一人目の方は、なんで振り向いてくれそうにないのかな?」
「他に好きな人が居て、その子に凄く一途だから」
「なるほど。弟くんじゃない方は良い子なんだね」
なんで俺が良い子じゃないみたいに言われなきゃ行けないんだろう。たまに授業サボる程度の優等生なのに。
「一人目の子が星野くんで、星野くんの好きな人が伊緒ちゃん、で会ってるよね」
「……そこちゃんと把握してたんだ……」
「んっと、いつだったかな。手を繋いで一緒に帰ってるの見かけたよ?」
「割と良くありますよ、それ。ゆうくんは考えなしに手握ったりしますからね〜」
「あの二人、付き合ってる訳じゃなかったんだね」
「伊緒は理桜にベタ惚れしてるから」
「へ〜。罪な男だね君は」
これって俺に罪があるのか。
「まあ……その状況だったら、私は星野くん選ぶかな。星野くんがどんな子なのかはあんまり知らないけど、好きな人に一途なら、その気持ちが自分に向いてくれたら凄く幸せだよね。比較対象が浮気しそうな弟くんなら尚更」
……なんで俺ってどこに行っても「浮気しそう」って評価されるんだろう?
少なくとも、彩葉先輩の事が好きだった頃は他の誰かに目移りする事なんて無かったのに。
彩葉先輩のことだって、卒業したせいで極端に関わりが減ったから気持ちが薄れていっただけで、以前に久々に話したときは少し浮ついた気持ちになった。
好意が薄れきった訳では無い事に気付いて、また誰かを好きになれたら良いな、なんて考えていたのに。
「ほぼ伊吹と同じ意見だ」
「ちょっと生駒、なんで言ってもない私の意見を分かってんの?これだから……。なら、生駒はどうなの?」
「悠岐は私のこと苦手みたいだからどうもこうもない。雪ちゃん、私もキャラメルマキアート欲しい」
「おっけー、伊吹ちゃんも何か追加で飲む?」
「……カプチーノ下さい」
「はーい、かしこまりましたっ」
パタパタと厨房へ向った雪さんの後ろ姿を横目に、俺は四ノ宮姉妹に視線を移した。
「……君らって、同級生の男子と遊んだりしないのか?」
「私たち受験生ですよ〜誘われてもそんな暇ないです」
「誘われない」
「私、高嶺の花扱いされてる生駒と違って親しみやすいんで〜」
生駒って同級生から高嶺の花扱いされてるのか……。そんな子と一緒にお風呂は入ってしまったんですが、バレたらどうなるんでしょうか。
「伊吹は男子に媚びてるとか言われて女子に嫌われてるから、私と対して変わらない」
「モテないから嫉妬してそう言ってんの」
どうしてこうも両極端なんだろう、四ノ宮家の姉妹って。
どういう育て方したらこんなに誰も彼も似てない様な姉妹になるんだ?
というか、この二人一緒に店に来た割にはあんまり仲良く無さそうなんだよな。
生駒は、伊吹が自分を嫌っていると言っていたが、生駒自身も多分あまり伊吹の事は好きじゃない。
「はい、お待たせしました」
「ありがとう雪ちゃん」
「いただきます」
「……そういや、雪さんは最近大学の方はどうなんですか?」
「大学?全然行ってないよ。でも『現役大学生』って肩書っ、色々都合よくってさ。普通に留年しようかなって考えてる」
「……いや、年齢の近い男子学生とかに、遊び誘われたりしないのかって聞こうとしたんですけど……そもそも行ってないんですね」
それにしても肩書とか、都合が良いとか、マジで仕事の事は真面目に考えてるんだなこの人……。
「連絡してくるのは同僚の女の子くらいかな、この前は貰ったぬいぐるみにカメラ入っててさ〜」
「「…………」」
「……そのぬいぐるみどうしたんです?」
「貰った袋に入れっぱなしだよ?うち飾るとこ無いもん」
「……そっすか」
流石の生駒たちでも若干引いてるぞ、多分車プレゼントしてくれて人だろうけど、何なんだその人。
「誰?その危ない人、俳優?」
生駒がそんな質問をすると雪さんはさらっと答えた。
「うん、岸波生美って女優さん」
「「は?」」
どうやら四ノ宮姉妹は心当たりがあるらしい。あまり表情の変わらない生駒ですら、大きく目を見開いていた。
「誰ですか、それ」
「あれ、弟くんは知らない?そこの二人のお母さんだよ」
「えっ……」
と言うことは、あれ……あの人でしょ?
四ノ宮にやべえ連絡してた人。
「ってか、岸波って?」
「結婚する前の旧姓。芸名ではそっち名乗ってるの」
「へぇ……」
何となく、納得してしまった。娘にあんな連絡してくる母親なら雪さんに、ストーカーじみた事をするのも、子供が皆やべぇのも納得出来てしまう。
だって会ったこと無いけど第一印象、鳥肌モノだったもん。
「子役の頃から私のこと知ってるから、ちょっと過保護なんだよね」
それで済ませて良いのかそれは。
というか、前は「事務所の先輩の女の子」って言ってなかったか。子ども四人居る人をそんな言い方するんじゃないよ。間違っちゃ居ないんだろうけどさ。
「……伊吹、今日って家にお母さん……」
「いる、今日帰ってくる筈」
「ちょっと、帰りたくない」
「私も……。こま、誰か友達の家にいけない?」
「連絡してみる」
あれ?もしかしてこの二人仲良いか?さっきから態度がコロコロし過ぎててわかんねえんだけど。
「あ、それなら今日ウチに泊まる?」
「「泊まる!」」
伊吹と生駒は完璧に声を揃えて答えた。
明日普通に学校だろうに、大丈夫なのかそれ。
「オッケー、弟くんも来る?」
俺が雪さんの家に行く訳ねえだろ。
「……午後から、夜まで用事あるんで」
「用事って?」
「部活です」
「……理桜って部活やってたの?」
「俺一応天文部の部員なんだよ、実はね」
そう言うと、3人揃って意外そうな表情をした。
やべぇ人の子どもだもん、ちょっとズレてるくらいが可愛いよね。




