第46話 仲違い
四女とのイチャイチャはここまでかなぁ……。
撮影が終わった後、いくつかそのまま写真を貰ったり、生駒が衣装を気に入ったそうなので買い取らせて貰ったりしてから、俺は現場から退散した。
その後も生駒は俺から離れようとしなかったので、撮影用の衣装のまま、ちょっとしたデートをする事になった。
なった、のだが────
「生駒ちゃん……が、お洒落してる、な……な、何や……って、え?」
「あれ、伊緒と美香だ」
「隣のって、あ、赤瀬……?赤瀬だよね?」
ショッピングモールのドーナツ店で並んでいたら、とても良く見知った二人と遭遇し、なにやら混沌とした雰囲気になっていた。
星野が部活を始めた影響か、それとも元々こうなのかは分からないが、俺は四ノ宮と花ヶ崎が二人だけで出掛けている様子を勝手に珍しいと感じた。
それが軽い現実逃避なのはさて置いて、動揺しまくってる花ヶ崎と愕然とした様子でフリーズしている四ノ宮に目を向けた。
「あ、赤瀬っていつから生駒ちゃんとそんな関係に……!?」
「花ヶ崎、一旦落ち着け。他の客に迷惑だ」
「オールドファッションとフレンチクルーラーを三つずつ」
「生駒、俺チュロス」
「じゃあチュロスも二つ。あと、新作のそれ三つ下さい」
生駒がさらっと注文を始めたので思わず口を挟んだが、俺はすぐに花ヶ崎と四ノ宮へ視線を戻した。
状況を飲み込むのに随分と時間の掛かった四ノ宮と動揺しっぱなしの花ヶ崎を一緒に席へ誘導した。
何気なく生駒が俺の隣に座ったことで、二人がまた百面相をし始めたが、生駒は相変わらずマイペースにこの店の新作のストロベリーなんとかドーナツを口に運んだ。
「ん、これ美味しい」
生駒がそう言いながら、手に持っていたドーナツを俺の口元に寄せてきたので、特に何も考えずに一口貰った。
「……俺これ好きだな」
「コーヒーが欲しくなるやつ」
「ちょっと分かる」
「えっ、もしかしてもう付き合ってる?」
「ん、なにを?」
花ヶ崎の疑問に生駒が首を傾げると、それだけで四ノ宮がホッとした様に息を吐いた。
果たして何を考えているのやら、花ヶ崎も若干遠い目をしている。
「……で、どういう関係なの?」
「友達」
「……らしい」
生駒が即答したのでそれに便乗すると、花ヶ崎はそっと目を細めた。
「それって友達の前になんか付くタイプの友達?」
花ヶ崎が何を想像しているのかは全く予想できないが、俺はそもそも友達なのかすら怪しいと思っているので生駒に目を向けて、不本意ながら彼女の言葉に身を任せる事にした。
生駒は口に入れていた物をしっかりと飲み込んでから、淡白に答えた。
「友達は友達。前も後ろも無いと思う」
「……そっか」
「理桜がどうしてもって言うなら、友達以外でも良いけど」
「「…………」」
何故生駒さんはちょっと挑発的にそんな事を言ったんですかね、俺には理解しかねますね。
花ヶ崎と四ノ宮から鋭い視線を感じて、背中に冷や汗が流れるのを感じた。
正直なことを言ってしまうと、生駒とどうこうなるのも、悪くは無いなと感じてる自分が居る。
彼女のマイペースに振り回されるのは、多少疲れるが退屈はしないし、生駒自身はとても素直で良い子だから憎めなくて愛らしいと思う。
ある程度長い時間を一緒に過ごしたら、自然と好きになってたりしそうだと思う程度には、相性も悪くは無い。
だから、と言ってまだせいぜい会って数日とも言えない様な女の子と「友達」以上の関係になろうとは思わないが。
「あー……もう、アタシが好きになる人って、なんでこう」
「……美香、それどういう意味?」
「えっ?」
花ヶ崎の何気ない呟き反応したのは、彼女の隣に座っていた四ノ宮だった。
俺はてっきり、二人は普通に情報共有をしている物だと思っていたのだが、四ノ宮の反応を見る感じだと、これは──
「好きな人……って、悠岐は?」
「あっ、いや……」
「……なんで、赤瀬くんを見て言ったの?」
怒っている、とは少し違う。
四ノ宮が何を思っているのかは分からない。
ただ、このまま言い合いをされるのは面倒だと思い、俺は咄嗟に口を挟もうとした。
「しのみ──」
「伊緒」
だが、俺より先に生駒が四ノ宮に声を掛けた。
四ノ宮は少し焦点に合ってない瞳を、妹に向けた。
「なに、生駒。私、今大事な話して」
「その嫉妬は醜い」
生駒は淡々と、かなり辛辣な言葉を吐いた。
「美香と悠岐が上手く行かないのは伊緒にも原因があるのに、自分を棚に上げて美香を責めるのはお門違いも良いところ」
「っ……」
「そもそも他人の感情に口を挟む事自体が失礼」
えっ、生駒ってこの面倒な幼馴染み達の三角関係をちゃんと理解してたの?
俺はまずそこから驚いた。他人の色恋なんて一切興味なさそうなのに、ちゃんと状況を把握していたなんて。
他人の感情や好意に敏感な子だな、とは思っていたし、妙なところで鋭いから天然なのに天然っぽくない変な子だ。
「ごめん、いっちゃん」
花ヶ崎が口を開いたら、生駒が大人しくまたドーナツを頬張り始めた。
「……」
「アタシだって分かってるよ。でも、仕方ないじゃん」
我関せずと言った様子の生駒と、当事者の筈なのに蚊帳の外になってる俺。
花ヶ崎と四ノ宮は互いを真剣な眼差しで見つめ合った。
「悠岐の事は好きだよ。だって、ただ小さい頃から一緒にいた幼馴染みって、ただそれだけの理由で昔から、何も変わらずに接してくれるんだもん」
思えば、花ヶ崎が星野を好きになった理由を詳細に聞いたことは無かった。
「アタシはいっちゃんみたいに凄く可愛い訳じゃないし、勉強も運動も人より出来ないし、人と話すのも苦手だから友達も少ない」
確かに花ヶ崎は、同年代の平均と比べても決して優秀とは言えないだろう。でも、それは所詮、平均だ。
彼女にとって重要だったのは、自分の身の回りに居る存在が、誰も彼も優れていた事。
自分が劣っていると言う強いコンプレックスを抱いていた。
「そういう自分が嫌で、ちょっとでも振り向いて欲しくて変わろうとしたら、泉凪さんとか勇人さん、伊吹ちゃんに白い目で見られて……!」
「……」
ほんの少しでも自分を良く見せようとしたら、優秀な身内から理解されず、果てには嫌われる始末。
「でも、悠岐は変わらずに接してくれたよ。何も…………変わらなかったんだよ」
そう、変わらなかった。
否、星野は花ヶ崎の変化にも好意にも気付いていた。その上で自分の気持ちは四ノ宮の物だから、と変えなかった。
自分の気持ちを、四ノ宮を好きだという感情を優先した星野を責める事は、誰にも出来ないだろう。
「なのに、赤瀬は見てくれるんだよ。アタシなんかの事でも可愛いって言ってくれるし、何年も前に一回だけ話した好きな食べ物の話覚えててくれて───」
四ノ宮は表情を変えない。
花ヶ崎は感情を溢れさせ、少しだけ涙を浮かべた。
「好きになるじゃん、そんなの!して欲しい事も言って欲しい事も、アタシの事分かってくれるから、アタシが求めてた物ばっかりくれるから……!」
花ヶ崎が求めている物。
その内容が分からないと言えば、それは嘘になる。
ただ、何故彼女がそれを求める様になったのかは、分からない。
「アタシだって望んで好きになったんじゃない、でも好きな物は好きなんだよ。アタシはそう言う自分が嫌い、大嫌い」
そんな気持ちは、本当は口に出したくなかったんだろう。少し盲目的で、ただどこまでも一途な二人の幼馴染みには、きっと理解して貰えないから。
「でも、でも……。赤瀬は、こんなアタシの事でも、受け入れてくれるから」
四ノ宮は、何も言わなかった。
表情一つ変えず、視線を外す事も無い。
彼女が花ヶ崎の言葉に何を思ったのか、何を感じたのかは予想出来そうない。
花ヶ崎はこれ以上ここに居たく無かったのか、不意に席を立って店の外へ、人混みに紛れて行ってしまった。
「…………」
四ノ宮は花ヶ崎を目で追うことすらせず、ただ真っ直ぐに、彼女が座っていた場所を見つめていた。
「理桜」
不意に、生駒が俺の袖を引っ張った。
「ん?」
「行ってきて良いよ」
「……悪い、頼んだ」
やっぱり、妙なところで鋭いな。
今回は有り難いけど。
俺は生駒の言葉に甘えて、花ヶ崎の後を追った。
この気遣いは生駒じゃなきゃ出来ないっす。マイペースだけど、人の感情に敏感な子なので。




