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第45話 ズレてる

私は帰って来た、思ったよりも早く。


 朝、目が覚めると真っ先に視界に入ってきたのは美術品の様な少女の寝顔だった。


 昨夜、俺は彼女にベッドを使わせて自分は四ノ宮が泊まりに来た時に使っている布団で寝ていた。

 それなのに、何故か俺の腕の中で、すーすーと可愛らしい寝息を立てる四ノ宮生駒が目の前にいる。


 状況を把握して、その上で一つ気が付いた。


 これ、完全に俺の過失だ。


 普段と逆の違うに居たせいで、明け方頃に一度起きた時にベッドに潜り込んでしまったらしい。


 さてどうしたものか、なんて考える間もなく。

 気が付いたら生駒と目が合っていた。


「い、いつ起きた?」

「今、さっき。……いい朝だね」


 四ノ宮の時も思ったが、姉妹揃って寝起きは気分が良いらしい。


 軽そうに体を持ち上げて伸びをすると、薄手の寝間着にボディラインがぴっしりと浮き出る。

 その無防備な姿からそっと目を逸らすと、不意に生駒がこちらに手を伸ばして俺の前髪をかき上げた。


「な、なんだよ?」

「……明るい所だと綺麗な顔してる」

「どう言う意味だそれ」

「暗い所だと暗い顔してるから」


 俺がいつ暗い顔をしたんだろう?

 そこそこ明るい性格をしているつもりなのだが。

 昨日は色々と考え事もしていたから、その顔を「暗い」と言っているのだろうか。


 別に思い悩んでいるわけではない。

 ただ、正解が無いと分かっている問題に対して、どうにかして正解に、近い答えを見つけようとしているから少し滑稽に見えるだけだ。


 何気なくスマホに映る時刻に目を向けた時……。


「んっ……と……やばっ!」

「?」

「悪い、俺今日撮影あるんだ」


 慌てて飛び起き、着替え始める。

 一歳下の女の子に生着替えを観察される羞恥はあるが、遅刻するよりはマシだ。


「女の子みたいなくびれしてる」

「放っといてくれ、昔から脂肪も筋肉もつかないんだ」


 そんな話はどうだって良い。さっさと着替えを済ませて軽く手荷物の準備もする。いつもなら夜にやっている事だが、昨日は生駒が居て完全に忘れてしまっていた。


「ところで私たち、一緒に寝てたっけ?」

「……いや。俺が夜中に間違えてベッドに入っただけです」

「一緒に寝たかったなら言えば良かったのに」

「そういうつもりじゃないです、ただいつものベッドで寝てるから間違えただけです」

「誤魔化さなくて良い、気持ちは分かる」

「俺には君がなにを分かったのかが分からない」

「一人で寝てると、急に寂しくなる時もある」


 そう言われてはこれ以上言い合う気持ちも削がれてしまう。

 黙って部屋を出ようとしたら、後ろからスルスルと衣擦れ音が聞こえてきた。


 せめて、ちゃんと部屋を出た事を確認してから着替え始めてくれないとヒヤヒヤする。


 誰に見られてる訳でもないのに、なんでこんな下手な汗かかないと行けないんだ。


 取り敢えずハムエッグのトーストとコンソメスープという簡単な朝食を、一応二人分は準備する。


 その途中、部屋から出てきた生駒を見て、俺は何故か二度見した。

 なんで制服?と一瞬疑問に思ったが、冷静に考えたら昨日彼女は放課後にウチの店に寄ったんだった、と思い出す。


「撮影、ついて行っても良い?」

「えっ?別にいいけど、なんで?」

「今日は一日暇だから。夜までここで理桜と一緒にくつろぐつもりだったけど、忙しそうだから」


 何気なく聞こえてきた「一緒にくつろぐ」という予定に軽い恐怖を感じながら、俺は彼女の同行を了承した。

 特別、見られて嫌な物がある訳でもないし、そこまで大きな現場でもないから、彼女の容姿と愛嬌ならばすんなりと周囲に受け入れられる事だろう。



 そう思って現場に行ったら案の定。



 羽柴さんを筆頭に現場監督から何処から現れたのかすら分からないスタッフまで、とても彼女に親切にしていた。


 どうにかして明るい部分を見せて、あわよくば芸能界へと引きずり込もうとしたい欲が見え見えだ。


 事前にこうなるだろう、という話はしておいたからか、元々の性格かは分からないが、絡んでくるスタッフ達を彼女はほどほどにあしらっていた。


 どちらかと言うと彼女は、撮影現場よりも俺自身の方に興味が動いた様だ。


「人ひとり撮るだけなのに、案外忙しないね」

「関わってる企業とか、人の数が多いからな……。俺は雪さんの従姉弟ってだけの理由で随分と楽させて貰ってるよ」


 それはそうと、昨夜も今朝も散々見ているはずだから、ちょっと休憩してるだけの俺はそんなにジロジロと観察される様な対象では無いはずだ。


 生駒の視線に若干の居心地の悪さを感じていると、彼女は控えめに俺の髪に触れた。


「整えると本当に格好よくなるね。普通にしてる方が私は好き」

「褒めるのか褒めないのかはっきりしてくれない?」

「根暗な方が理桜らしい」

「俺は一ミリたりとも根暗じゃない」


 俺の何処がどう根暗だって言いたいんだ。

 常日頃から女子に囲まれても尚、謙虚に生活してる真っ当な男子高校生だと言うのに。


 なんて話をしていると、羽柴さんが俺の……と言うよりは生駒の側に寄ってきた。


「四ノ宮さん、せっかく来たんですから、四ノ宮さんも撮影、少し体験してみませんか?」 

「……理桜と、一緒なら」

「良いじゃないですか!ね、赤瀬さん?」

「……まあ、彼女がそれでいいなら良いですけど。何かに使うつもりですか?」

「それは……出来次第ですね」

「そうですか」


 羽柴さんに連れられて衣装を見に行った生駒の背を見送り、もう一度撮影のステージに戻る。


 なにやら気合の入ったカメラさん達を見てひっそりと溜息を零していると、思っていたより早く生駒が着替えてきた。


「どう?」


 さっきまで中学校の制服姿だった彼女は、白いレースやフリルがあしらわれた、オフショルダーのロングワンピースを着ていた。セミロングの髪はハーフアップに纏めて、メイクはナチュラルに。


 メイクアップアーティストとかスタイリストってやっぱり凄いんだなと感心した。

 やはり素材がいいと引き立て甲斐があるのだろうか、妙に気合が入ってる気がする。


「……見惚れてる?」

「うん。こういう彼女欲しいなって思った」

「なっても良いよ?」

「嬉しいけど、今は無理なんだ」


 君のお姉さんを筆頭とした数人をどうにかしてからじゃないと。

 今の時点で本当に生駒と付き合おうもんなら、周りに何を言われるか分かった物じゃない。


 それはともかく、生駒は軽い指導を受けてから二人で撮影を始めた。


 彼女自身、自分は割と何でも出来る方だ、と話していた通り飲み込みが早く慣れるのに時間は掛からなかった。


 ただ、一つ気になった事がある。


「……なんでずっと手握ってんの?」


 撮影の合間にポツリと質問すると、生駒は済まし顔で答えた。


「意外に、恥ずかしい仕事してるんだね」


 着飾った可愛らしい姿を不特定多数に見られる事より、俺と二人きりで風呂に入る事に羞恥心を感じてくれ。


 なんでこう、四ノ宮姉妹ってちょっとズレてる奴ばっかりなんだろう。

 私にはこの物語のヒロインが誰なのか分からなくなっていました。

 そう言えばこんな話だったな、と思いながらちょっと読み返したりしました。


 四ノ宮家の次女さんは、もう少し頑張って下さい。

 そんな訳で末っ子四女とのイチャイチャはまだ続きます。

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― 新着の感想 ―
>私にはこの物語のヒロインが誰なのか分からなくなっていました。 面倒臭い次女より、JCの四女で良いよ
おかえりなさい
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