第42話 マイペース
喫茶店に入ってから、夕方になる前に星野は甘いミルクティーを飲んで帰った。俺も今日は暗くなる前に帰る予定なので、あと一時間くらいかな……と考えていたら、来店を知らせる音が耳に入って来た。
「いらっしゃいま──」
って、なんだ、四ノ宮……じゃない……!!?
「?」
「うわっ、マジで噂通りじゃん!」
「あ、あの!モデルのリオさんですよね!」
……まいったな、中学生か。
昔姉さんが着てたものと同じ制服だから、姉さんや伊吹と同じ中学校の子だ。
そして俺が四ノ宮と見間違えたのが、星野が言っていた生駒という妹さんだろう。
身長、スタイル、亜麻色の髪、ポニーテール、無表情と確かによく似ている。
ただ四ノ宮より少し髪が短く、ショートポニーテールと言ったほうが良いかも知れない。
それはそうと「噂」とは……。
俺は咄嗟に振り向いて、カウンターに居る才羽さんにアイコンタクトを取った。
才羽さんは苦笑いを浮かべて、小さく頷いた。
「あの、ちょっと声抑えて。他のお客様の迷惑に──」
「カフェモカとキャラメルモンブラン一つずつ」
「かしこまりました」
……じゃないだろ、何かしこまってんだ俺。
違う、なんてタイミングで注文してんだ。おい四ノ宮の妹、ちょっとは空気読めよ。
「ちょっと生駒、タイミング考えてよ!」
「あ、モカはソイミルクを……」
「話を聞いてよ、おーい、こまちゃ〜ん!?」
取り敢えずレジ前で騒ぐのを止めてくれ。
他の客に迷惑だから。
一旦、これからも騒ぎそうな中学生三人を一番奥の席に案内して、取り敢えず注文も取った。
「……では、ごゆっくり……」
「あ、あの!さっきは生駒のせいでちゃんと聞けなかったんですけど、モデルのリオさんですよね?」
「才羽雪の弟ってホントですか!」
「……えっと……」
なんか話が混ざってる。
適当に受け流すだけでも良いんだけど、今は一つだけ、とてつもなく大きな問題がある。
それは──
「私たちは従姉弟なんだよね〜」
「「……え゙っ」」
……ついさっき、雪さんがここに来た事だ。裏で品物を用意してたら裏口から入って来た。
その姿を見て俺は軽く絶望したよ。
「あ、雪ちゃん。こんにちは」
「おっ、こまちゃんも来てたんだ、生美さん元気してる?」
「してる。最近は泉凪も体調良いから、お母さんも嬉しそう」
「そっかそっか、それはなによりだねえ」
ちょっと待ってくれよ、君たちが普通に会話始めたら本格的に収拾がつかないって。
どう言う事だ、なんで四ノ宮の妹と雪さんが旧知の仲見たいな会話してるんだ。
雪さんを見て固まった四ノ宮妹の同級生二人は、普通に話している雪さんと四ノ宮妹を見て愕然としている。
誰か助けてくれ、この状況を詳しく解説できる人は居ないのか?
俺はそっとため息を吐いてカウンターに戻り、雪さんにもカフェオレを出してから才羽さんの側に向かった。
「……どうなってんですかアレ」
「あぁ、あの生駒って子が気になるのかな?」
「……なんか言い方は気になるけど、そうですね」
「前に雪が映画で共演した時に仲良くなった女優さんが居るそうなんだけど、その人の娘さんだと聞いたよ」
「……共演した女優の、娘」
そして四ノ宮の妹でもある……と。つまり四ノ宮の母親って女優なのか。
………………どこの女優か知らないけど、四ノ宮にあんなハイテンションなメッセージを入れる母親が、雪さんと仲良く女優やってんのか……。
そしてあのマイペースっぷりに、雪さんが相手でも変わらない豪胆な性格。
「……関わりたくねぇ……」
「あははっ、君がそこまで言うなんて珍しいね」
「俺は雪さんと気が合う人とは、気が合わない自信があるんで」
「君と雪は相性良いと思うんだけどね」
「才羽さんはいい加減、いとこ同士をくっつけようとするのは止めて下さい。アレに振り回される俺が可哀想だとは思わないんですか?」
「人の娘をアレ呼ばわりとは、良い度胸だね」
露骨に話題を逸らし、肩を揺らして笑らう才羽さんに、俺はため息を吐いた。
「あの二人、いつからあんな感じなんですか?」
「いつからと言う程でも無いよ、つい最近さ。まあ齢が離れているにしては、随分と、気が合うみたいだけどね」
「その結果、俺が被害を被りそうなんですよ」
「んん?なぜだい?」
おっと、才羽さん?ここまで来てとぼけられると思うなよ。この後雪さんがどんな行動に出るのか、予想できない俺じゃないぞ。
しばらく話していたところで、雪さんは突然立ち上がって俺のもとに来た。
「弟くん、お会計」
「あ、はい」
「それと」
「……なんですか」
「部屋借りるね」
「「…………」」
支払いを済ませると、雪さんは言うだけ言って中学生達の所へ戻った。
借りて良い?じゃなくて、借りるね(確定)である。
こういう育て方したのは貴方ですよ、才羽さん。
「部屋に、見られて困る物とかあるのかい?」
「ロックの掛かってないパソコンに次の撮影のスケジュールがあるくらいです」
「ずさんだね君は。パソコンとスマホはロックくらい掛けなさい」
「一々だるくないですか?」
「慣れれば気にならないさ」
どれだけ時間が経っても、雪さんの自由奔放さには慣れそうもないんですが、それはどうすれば良いですか?
勝手に大家さんと仲良くなって、勝手に合鍵を手に入れてるあの人を俺はどうやって抑え込めば良いんですか?
何処かしらの、然るべき機関に訴えれば勝てるんじゃないですか?
「……俺ときどき思うんですよ、雪さんって美人だから許されてるだけで、結構最悪な性格してますよね」
「そんな事はないよ、普段はとても良い子なんだ。ただ、君には遠慮なく甘えるから、そう見えるのかも知れないね」
「……」
実は、羽柴さんも似たような事を言っていた。
普段はストレスなんて曖にも出さないのに、俺の事でワガママを言ったときには驚いたと。
事務所の方ですんなりと話が通ったのも滅多に意見を出さない雪さんの申し出だったから、だと。
「どーせ…………ただの嫌味ですよ」
呟き、ゆっくりとため息を零した。
思考を切り替えて、仕事に戻る。
母さんは、前に俺の事を「父親に似て甲斐性がない」と評していた。
父さんには多少ダメージの入る言い方だったかも知れないが、俺からすれば妥当な評価だ。
俺は自分が頼り甲斐のある人間だと思った事はないし、そう在りたいと思ってるわけでもない。
頼られるのは悪いことじゃないし、そこまで悪い気はしない。
ただ、そこに混じる「期待」には少しだけ負担やプレッシャーを感じる。
母さんは、その「期待」をのらりくらりと躱そうとする俺の事を「甲斐性がない」と言ったんだと思う。
それなら、なんで俺は自分から行動を起こすと人の目を引くのだろう?
四ノ宮とか、姉さんとか、雪さん、あとは星野みたいに、居るだけで他人の目を引くタイプじゃないのは自分でも分かってる。突出した、何かを持ってる彼女たちとは違う。
俺の魅力って、一体なんだろう?
外見、性格、立ち振舞い、雰囲気、行動、思想。
人より優れてる事もあれば、劣っていることもあるだろう、それは当たり前の事……ごく普通のことだ。決して突出してるとは言えない筈だ。
それなら、俺じゃなくて良い。
絶対に俺じゃなきゃ行けない理由はない。
…………前に、誰かがすごく重要なことを言ってた気がする。そう、確か「恋は理屈じゃない」って……誰に言われたんだっけ?
お気にキャラその2が登場。
とある超有名な漫画に「恋はいつでもハリケーン」という台詞がありますけど、私アレ大好きなんですよね。割とギャグっぽいけど、ある意味で核心を突いてる気がします。




