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第40話 サボり

 それはゴールデンウィーク明け、ある日の昼下がり。

 真夏日の日差しに嫌気が差し、体育祭の競技練習をしているクラスメイト達を横目に俺はグラウンドを抜け出していた。


 先生もグラウンドのど真ん中に椅子を置いて居眠りを敢行しているくらいだから、誰も気にすることはないだろう……なんて思いつつも誰にも気付かれない様に、サボっていた。


 どこかいい場所ないかな、なんて考えながら校舎の周辺を歩き回っていると───


「……お前またサボりか」

「センセーは人の事言えないでしょ」


 知っている声が二人で話をしていた。

 授業中の時間帯だと言うのに、一体何をやっているんだか。

 俺も人の事は言えないし、どちらも知っている相手だから特に躊躇することもなく、校舎の陰から身を乗り出した。


 そこは校舎裏、グラウンドの見える場所にある日陰のベンチ。

 缶ジュースを片手にベンチの手すりに座る行儀の悪い小柄な女子生徒と、タバコを片手に白衣を着た不機嫌そうな女教員が居た。


 足音に気付き、こちらを見て焦った表情を浮かべた二人に、俺は軽く声を掛けた。


「どーも、混ぜて下さいよ」

「赤瀬か……お前、こんな時間に何やって……」

「お二人と同じですよ。ねえ、彩葉先輩?」


 慌てた表情から一転、いたずらっ子の様に口角を上げた女子生徒は、獅子葉彩葉という俺の二学年上の先輩。中学では、咲智さんと同様に部活の先輩でもあった。


「なんだ、理桜か。まったくサボりとは感心しないなー」


 秋村と大差ない身長ながら、足が長く引き締まった身体をしておりスタイルが良い。

 赤茶色の髪は毛先が外ハネしたショートボブ、鼻先にかかる前髪の奥で大きな瞳をからかう様に細めて俺を見ていた。


「久しぶり……でもないか。去年の文化祭以来?」

「ですね。先輩も相変わらずサボりですか」

「まっさかそんな訳、校内でタバコ吸ってる悪いセンセーを注意してるだけだって」


 そんな軽口を言ってから、彩葉先輩は缶ジュースに口をつけた。


「……ったく、生徒会長がコレだから後輩が真似するんだ」

「理桜は中学の時から割とサボり魔だもんなー」

「校内全面禁煙なのにタバコ吸ってる神里先生が一番ヤバいですけど」


 そんな罪のなすりつけ合いはさて置いて、こうして見る感じだと、どうやらこの二人は常習犯の様だ。


「つーか理桜、お前大丈夫なのか?」

「何がですか?」

「詩織と同じ学校に来てんのに、サボりバレたらどうすんだよ、帰ったら怒鳴られるだろ?」


 ……そう言えば、姉さんと彩葉先輩って一応生徒会の人なんだった。俺の中ではどちらも生徒会なんて組織に入っている印象がないので、すぐに忘れそうになる。

 姉さんと彩葉先輩は、互いをある程度知っている関係な訳だ。


「今俺一人暮らしなんで、家に帰っても怒られないです」

「逃げる算段は着いてるのか、悪い奴だな」

「まあそれに、多分バレてるんで。何も言われてないから諦められてるんじゃないですかね」


 話しながら、俺もベンチに座る。

 すると彩葉先輩が手すりから降りて普通に座る……かと思ったら、靴を脱いで俺の膝に足を乗せてきた。その方が姿勢が楽なんだろうか。


「それは無いと思うけどなー、アイツまあまあブラコン入ってるだろ」

「どうでしょうね。普通の姉弟と比べたら過干渉気味ではあると思うけど……俺も俺で、それを嫌だと思った事はないんで」


 ああ見えて甘い所もある人だから、ブラコンっぽく見える部分が無いとも言い切れない。


「優センセーって確か、去年詩織のクラスの副担任でしたよね?」

「獅子葉……お前なんでそういう余計な事ばっか把握してんだ」

「共通の話題なのに入って来ないからなんでかなーって」

「質問の答えになってない」

「一年の時って詩織どんな感じでした?詩織が生徒会来たの冬くらいだったから、それより前はほぼ知らなくて」

「話を聞けよ……」


 話を無視して自分の話を強行する彩葉先輩に青筋を立てる神里先生は、俺が苦笑いしながら見ていることに気付くと大きなため息を吐いた。


「……つまんなそうにしてたよ。今年は弟が来て、随分張り切ってるように見える」

「ほらな」


 姉さんがそこまで俺のことを意識して行動を起こしてるなんて考えたことがないから、そんな実感は無い。


「小さい頃は姉さん、俺の事大嫌いだったのに。あの頃から別にそんな変わってないと思うんだけど……」

「おん?そうなのか?」

「そうですよ。俺、昔姉さんに『居なくなれば良い』とまで言われた事ありますから」

「……自慢気に言うことかそれ?」

「何かあったらそんな事言われんの?」

「えー……と……」


 何があったら、か。

 俺は少し、小さい頃の記憶を引っ張り出した。


「小1の時の夏休みに、俺一回だけ海外旅行に行ったことあるんですよ」

「ほーん、どこに?」

「イギリスのロンドンです。父さんが通訳の仕事やってて色んな国行くんですけど、それについて行く形で行ったんですよね」


 俺としては懐かしい話だ。あの時のことは鮮明に覚えている。


「……で、なんで海外旅行からそんな事言われる事態になんだよ?」

「父さんが仕事から戻って来るまで退屈だったから、ホテル抜け出して散歩してたんですよね。そしたら俺迷子になったんですよ。あ、いやまあ、正確には迷子ではなくて、普通に道分かってたしその頃から英語できたんで特に問題は無かったんですけど……」

「理桜ってそんな自由奔放なタイプだっけ?」

「昔は人の言う事聞かなかったんで」


 俺が変わったのは、中学生になって変わった姉を見てから、というちょっと特殊な理由だ。

 中学受験をしなかったのも、姉さんと同じ学校に行くのが嫌だったから。

 それが今では姉さんを追いかける形で同じ学校に入ってるんだから、時間の流れは不思議だ。


「それはともかく……一時間くらい散歩してたら、治安悪そうな路地裏で迷子の女の子を見つけたんですよ」

「急に不穏だな」

「いやいや……不穏じゃないです。何故か日本人の、同級生くらいの女の子が迷子になってたから、仕方なくその子を親元まで連れてったんですよ。んで、逸れたことを怒られそうになってたから『俺が迷子になった所を助けてもらった』って真逆のこと言って、俺は俺で親に連絡してもらって、万事解決と」


 小さいながらに綺麗な女の子だなと思った記憶がある。残念ながら名前を聞かなかったので、再会しても分からないまま終わるんだろうけど。


「……で、それ詩織の話に繋がんの?」

「両親は心配してたけど、迷子から帰って来た俺の事見て、姉さんが『そのまま居なくなれば良かったのに』って言ってたんですよ」

「──よく覚えてるわね、そんな昔の話」

「「「…………」」」


 何故か背後から、声がした。

 恐る恐る振り向くと、いつもなら閉まっている保健室のカーテンと窓が開いており、窓枠に頬杖をついた姉さんがこちらを見ていた。

 ジャージを着ており、手首には湿布が貼られていることから、体育の授業中に捻挫でもしたみたいだ。

 グラウンドに二年生は居なかったから、体育館で授業をしていたのだろう。


「ねえ理桜、アンタ──」

「因みに姉さんは学校の外だと、俺の事『お前』って呼んでたんだけど、母さんに咎められて学校とか人前では『アンタ』に変わったついでに、ちょっと口調柔らかくなったんですよ」

「「……」」

「…………お前ふざけんなよ、なんでこのタイミングでそんな事暴露しやがった」


 おっと、これはうっかりだ。

 猫かぶって丸くなってる、可愛げのある姉を見てると寂しくなるから、ついつい言ってしまった。


「お前そんなだから昔の私に邪魔な奴だと思われてたんだよ」

「じゃあ今はそう思ってないんだ」

「……ちっ……。一々揚げ足取ってくんな」

「俺は丸くなった姉さんより、尖ってる姉さんの方がらしくて好きだよ」

「…………さっさと授業に戻りなさい」

「はーい」


 気の抜けた返事を返すと、姉さんはため息を零して窓を閉めた。


「……理桜お前、凄いな」

「そうでも無いですよ、姉さん不機嫌なときはもっと口調荒いんで」

「獅子葉が言ってるのはそこじゃないだろ……」

「……まあ、ともかく。姉さんはちょっと甘い所があるだけでブラコンではないですよ」

「「……そうか」」


 ……でも、買い物行くときは弟じゃなくて彼氏っぽい雰囲気を出させようとするんだよね。

 まあ、強引な部分だけは本当に苦手なんだけど。




 グラウンドに帰る途中、校舎の陰に人影を見たような気がした。確認しても誰も居なかったから、気の所為だろうか。


「……覚えてたんだ、あの時のこと」


 少女の微かな呟きが理桜の耳に入ることは無かった。

本当はずっと口悪いお姉ちゃんにしたかったけど、学校で弟にヤンキー口調で話してるのは流石に……生徒会の治安が心配になる。

学校の外かつ理桜と二人のときは、多分ヤンキーだと思います(笑)

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