第38話 ラーメン屋
コーヒー店を出て四ノ宮姉妹と別れた後、街を歩く理由も特に思い付かなかった俺はさっさと帰宅する事にした。
……いや、その前にお昼もう少し食べてからかな。パンケーキ一枚じゃ流石に足りない。
普段外食をしないので取り敢えず周辺でお昼ご飯が食べられそうな店を検索する。
一つ気になった、高級そうなラーメン屋を見つけたのでその店に足を踏み入れると──
「…………春宮?」
「いらっしゃいま……え?」
なんか知った顔を見つけてしまった。
妙に板についたラーメン屋の制服に身を包んだ春宮飛鳥がそこには居た。
さっきまで四ノ宮の妹を見て「胸デカいなあ」とかぼんやり考えてたけど、彼女より身長の高い春宮がボディラインの見えない服装をしているのに彼女よりも目を引くことに気がついた。……どうでもいいなこれ。
「あ、えっと何名様でしょうか?」
「……一人です」
「で、ではカウンター席でよろしいですか?」
「あ、はい」
いつもなら自分が接客する立場だからあまり気にして来なかったが、同級生の人に接客されるってなんだか新鮮な感覚だ。
「ご注文お決まりでしたらそちらのタブレットから……」
「…………」
「……いかが致しました?」
「いや……。なんでもない、ありがと」
ちょっとふらついた様な足取りでバックヤードに戻る春宮を見送り、取り敢えず豚骨ラーメンと味玉のトッピングを注文した。
俺の場合ただの手伝いでやってる物だからともかく、彼女は本当に事情があってアルバイトをやっているようだ。
あまり本人に直接聞けるような事情では無さそうな気がするので、間接的に何か聞いていそうな花ヶ崎に通話を掛けた。
『な、なに?どうしたの急に……?』
花ヶ崎はどこか慌てた様な声色で通話に出てくれた。
「あぁごめん、声抑えて。あのさ、花ヶ崎って春宮の家の事情とか知ってる?」
『えっ、本当に何の話?今度は飛鳥ちゃんのこと狙ってる?』
「ちょっと待ってよ、俺のことなんだと思ってんの?」
『女誑し』
何度か聞いたことのある単語だが、何度聞いても辛辣な一言にしか感じられない。
「なんでだよ。違うって、もっとシンプルな話」
『惚れた側ってこと?』
「だから違うって、なんで俺が女子のこと話すと必ずそっち方面の話になんの?いっつも思うんだけど、そういうのは中学まで星野の担当だっただろ」
『なに?担当って』
思わずどうでも良い余計な事を口走ってしまった。
俺が話したいのはこんな事じゃないってのに。
「それはどうでもいいんだよ。俺が聞きたいのは──」
「お待たせしました」
余計な話をしていたら注文したものを春宮が持って来てくれた。昼過ぎで客が少ないからか、注文した物が来るのが早い。
「……ごめん、ちょっと待って」
『あ、うん』
花ヶ崎の返事を聞いてから、俺は通話を切らずに春宮に声を掛けた。
「春宮、ちょっと良い?」
「えっと、ごめんなさい。私たち知り合いですか?」
「…………」
ちょっと待って?そこからだとは思わなかったんだけど。確かに今俺は、普段と違って髪をセットしてたり眼鏡してたりするけどさ、流石に分かってくれ。
仕方なく眼鏡を取って手櫛で前髪を降ろした。
「……赤瀬?」
「御名答」
「えっ……嘘」
こいつ本当にびっくりしてるんだけど。何でちょっとお洒落しただけでクラスメイトから変装してるみたいに思われなきゃ行けないんだ。
今のところは中学の時ほど単独行動ばっかりしてる訳じゃないだろ。
雑誌の方はともかくCMに関しては知り合いの八割くらいにはバレる覚悟でやってたのに、どうなってんだ。そんなに爽やかなイメージ無いのか俺って。
「見えてる物が事実だよ……」
「めっちゃタイプなんだけど」
「……なんかありがとう」
「でもここ、あんま高校生が一人で入る様なお店じゃないんだけど……」
「それは知ってるよ。でもどっちかと言うと、君がここに居ることの方が気になってる」
一旦素直に聞いてみると、春宮はわざとらしく視線を反らした。
「あ〜……色々あって、ちょっとね」
「……色々ね」
「こういうの、やっぱり似合ってないかな?」
一体何について聞かれているのか分からなくて、俺は取り敢えず思った事をそのまま口に出した。
「ん?制服似合ってるよ」
「にぁっ!?違っ、そっちじゃなくて!バイトとかやってるイメージ無いって……」
にぁ、って何?
タイトスカートとか洒落てるし、ちょっと大人っぽくて良いと思うんだけど。ラーメン屋っぽさは無いけど。
「別に、普段から人当たり良いし、接客やってても違和感はないけど」
「……」
何のことかと思ったら、春宮も時には要らない心配をしてしまうようだ。
お世辞にもイメージ通りとは言えないが、とても板についていると思う。
「あ、引き留めてごめん、いただきます」
「……ごゆっくりどうぞ」
離れていった春宮を再度横目に見つつ、繋がったままの通話を確認し、小声で花ヶ崎話しかける。
「聞こえてたよな……どう思う?」
『そういう所だよ、赤瀬』
マイクが捉えた微かな呟きに思わず眉を顰めた。
「……今度はなんだよ」
『赤瀬が飛鳥ちゃんを口説いてた事しか頭に入って来なかった』
「……俺がいつ口説いた?」
『ずっと』
「嘘だろ」
どんなに誇張しても一言一句全てで口説き文句を言っていくのは無理じゃないだろうか。
『あれ無意識なの?無理あるでしょ』
「今日に関してはマジで変な事言ってないだろ。過剰反応し過ぎだって」
『反応してたのは飛鳥ちゃんだって』
「えぇ……?」
にゃ、って言ってたくらいで後はいつも通りだった。俺は他人の変化には敏感なつもりだが、春宮は言い辛い事がある程度にしか見えなかった。
『ええ、じゃないから。赤瀬はもう少し言葉を選んだ方が良いと思う』
「かなり選んだ上で話してるんだけど」
『末期じゃん』
これでも才羽さんに自分の魅力を自覚しろと言われてからはある程度自分の言動や立ち振舞いには、ある程度の意識を向けてきたつもりだ。
四ノ宮は中学の時に、桐谷さんに関しては多分、初めて会った時から目を付けられていただろうから、俺の意思や言葉は関係ないと思う。
花ヶ崎は軽く傷心中の時に、俺が意識と言葉選びを間違えて思いっ切り彼女の情緒を壊したのが悪いけど。
『そもそも赤瀬って前はもっとドライだったって言うかさ──』
何となく花ヶ崎の話が長くなりそうな予感がして、俺は片耳にイヤホンを着けて箸を手に持った。
『あの常に周りに興味ありませんみたいな雰囲気だしてたのはなんだったの?今普通に誰とでも関わるじゃん……男子は寄ってこないけど』
余計なお世話だ。
別に男子生徒と仲良くなれなくたって良いんだよ、どうせ今まで友達と遊びに行くとか経験無かったから、高校に入って急に人付き合いできるかって言ったら難しいだろうし。
『……赤瀬聞いてる?なんかラーメン啜ってない?』
うーん、高いだけあって美味い。
『……やばい、なんかアタシまでお腹空いて来た』
それはそうと、花ヶ崎は何かあったのだろうか。
俺の気の所為じゃなかったら、通話が繋がった瞬間の花ヶ崎は少し泣いている様な声色だった。
すぐに治ったけど、いつもより俺のことを詰めるような言い方ばかりしていた。
なんとなく、彼女らしくない。
これがただの杞憂だったなら、それで構わないんだけどな……。
でも赤瀬くんの口説き文句って、顔が良い奴が言ってるから成立してるだけ。




