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第37話 伊緒と伊吹

いつかぶりの四ノ宮視点です。この子の視点っていっつもネガティブなんだけど、何でだろう。

「じゃ〜お姉ちゃんは連れて帰ります」

「……えっ」


 駅前のコーヒーチェーン店を出ると、伊吹は突然そう言って伊緒の手を握った。


「いや、私……」

「じゃ、また今度お会いしましょうね〜」

「………まあ、機会があればね」


 理桜は引き留めるような事はせず、少し目を細めると興味を失ったかのように表情を消して踵を返した。


 そんな物憂げな雰囲気の彼を見て、伊緒は少しだけ伸ばしていた手を引っ込める。今の表情を自分に向けられるのが怖くて、声をかけることも出来なかった。


 伊吹もすぐに振り返って、さっさと駅に足を進めた。

 一歩遅れてその後ろに続き、伊緒と伊吹は肩を並べる。


「や〜……アレだね、なんというか〜……」


 不意に口を開いた伊吹はさっきまでとは随分と態度が違う。猫を被っていたというより、初対面の相手にそれなりの態度を取っていたに過ぎない。


「いい人だけど……うちの人たちが大嫌いなタイプだ」


 伊吹は少し時間を使って考えたが、すぐに諦めて言葉を選ばずにそう言った。


「お姉ちゃんがコソコソ会ってるのも納得」

「……」

「良くも悪くも傍から見れば典型的な八方美人だね〜」


 赤瀬理桜という男の子は伊吹の言う通り、一見すると欠点が無い様に見える。

 外見も、性格も、能力も、何処を取っても人より優れているように見える。

 そして実際、本当に優れている部分は多いから余計に。


「理桜さんにはその気が無さそうなのが、ま〜タチ悪いね」

「……」

「正直、私もゆうくんの方が好きかな。あの人は美香さんと同じ感じがする。あれならまだ赤瀬先輩の方がマシ」


 伊緒にとって美香は幼馴染みであり親友だ。

 伊吹の言う様な八方美人的な姿の美香は殆ど見たことがない。

 寧ろ、内気な彼女が要領良く人付き合いが出来ているのならそれは褒められた事だと思うくらいなのだ、自分にはそれが出来ないから。


 電車に乗り込んだあとも、伊吹は独り言の様に話を続けた。


「ま〜お姉ちゃんには良いんじゃない?うちの人たちは絶対に認めないと思うけど、美香さんと上手くやれてるんだし」


 伊吹の言葉通り伊緒や悠岐の家族は、言うなれば八方美人の様な自分の意見を持っていない、優柔不断で周囲に同調するばかりの人間を嫌う。

 両親がそうしない事で自分の立場を確立し、成り上がってきた人達で、そういう親の後ろ姿を見て育ったから。


 小さい頃から見てきた家族間では美香の内気な性格は周知の事実だが、彼女は伊緒や悠岐と居る時には明るくて人当たりが良い。能力がないくせにそうやって取り入ろうとする姿が気に入らないのだ。


 伊緒は寧ろそれを一つの努力だと認めない自分の家族に納得が行かないくらいだったが、それはきっと見てきた物や距離感の違いから生まれる価値観の違いだから、何を言っても仕方がない。


 決して優秀とは言えない美香とは違い、理桜は寧ろ何に置いても優秀な方だ。


 ただ、それを伸ばそうとする性格じゃないのは伊緒も知っていた。そして、そういう性格を自分の身内が嫌う事も理解している。


「おねーちゃーん?話聞いてますか〜?」

「……」

「あーはいはい、どーせ私となんて話す価値ないですよ〜だ」


 伊緒が口を開かずにいると、伊吹は不機嫌さを隠しもせずに足を組み、膝に頬杖をついた。


「まーったく、なんでゆうくんはこんな人形が良いんだか、私にはさっぱりですよ」

「………」

「だんまりかい。理桜さんと居る時はキャピキャピしてたのに」


 そう言って伊吹はスマホに目を落とした。

 話に飽きたのかと思いきや、伊吹はそのまま話を続ける。


「あの人、才羽雪と雑誌に乗ってたでしょ?」

「え……!?」

「ありゃ、知らなかった感じ?」

「……テレビでは、見かけたけど」


 ただとても驚いた。家に居る時でも前髪を上げた姿を見る機会なんてまず無い上に、CMで見た様な爽やかな雰囲気を見せてくれた事なんて一度も無い。


「私もそれ見たよ、理桜さんは顔見せた時『やらかした』って感じだったけどね〜。てか私の一個上でしょ〜?顔良くて金持ってて、さぞモテるし遊んでるんだろうな〜」


 伊緒は伊吹の言葉を否定しようと思えば簡単に否定できた。

 悠岐ですら狼狽えない自分の下着姿を見て、顔を赤くして目をそらすような彼は女遊びが出来るような人では無いと。

 それを伊吹に伝えたところで何の意味もないから、伊緒は何も言わなかった。


 二人で電車を降り駅を出ると、偶然知った顔を見かけた。

 美香と悠岐の歩く姿を見つけると、伊吹が後ろ二人の間を割って入り、いたずらっぽい笑みを浮かべた。


「あっれ〜?二人でお出掛けなんて珍しいですね、デートですか?」

「うわぁっ!って、伊吹ちゃん!?」

「んな訳ねえだろ、葉月さんのとこ言ってたんだよ」


 葉月と言うと美香のお姉さんの事だ。

 引っ越しで荷物を運んでいる最中だったからその手伝いか何かだろう。

 伊緒は思考を自己完結させて、二人の横を素通りした。


「二人は何してたの?」

「私達ですか?仲良く理桜さんとお話してましたよ〜」

「りお……っていうと、赤瀬か。なんでまたあいつと……」

()()遭遇しましてね〜って、お姉ちゃん先行かないでよ!」


 伊吹と共に美香と悠岐も自分の横に着いて来た。帰り道なんて皆同じなのだから、わざわざ肩を並べる必要なんてないのに。


「つーか伊緒、お前スマホ見つかったのか?」

「……あった」

「なら良いけど、ちゃんと持っとけよ」


 妹に取られていたなんて考えもしなかったから、出掛ける時間のギリギリまで探すのを手伝わせた悠岐には少し申し訳なさを感じている。

 かと言って伊吹が持っていたことを話しても混乱させるだけ。


「それで、赤瀬とは何を話してたの?」

「何て事無い話ですよ〜。理桜さんのお姉さんが私の先輩だったというだけで」

「あそっか、伊吹ちゃんって私立中だもんね」

「美香さんと違って頭良いんで〜」

「「……」」

「あはは、アタシも頑張ってるつもりなんだけどね。伊吹ちゃんは受験初めてじゃないし、高校も大丈夫そうだね。何処行くとか決めてるの?」

「まだ確定はしてませんけど〜、取り敢えず瀬川は無いですね。お姉ちゃんと同じ高校とか、絶対噂されるじゃないですか〜目立って仕方ないんで行かないです」


 真っ先に伊緒の隣に来ていた悠岐が、後ろの二人の会話を聞いて小さくため息を吐いた。


「ったく、伊吹はなんであんな、敵を作る様な言い方しかしないんだ」


 そういう言い方をして煽っているからに他ならないだろうに、伊吹にとっては美香に怒られようと嫌われようとダメージなんて無い。


 それに美香はどういう言い方をされても基本的に怒らないし反抗しない。

 どうにかして上手く立ち回ろうとする。


「え、えと……伊吹ちゃん?その……」

「美香さん、スマホ鳴ってますよ〜」

「えっ、あ……(赤瀬、なんで今……?)ごめん、先に帰ってて」


 伊緒個人として聞き捨てならない名前が聞こえた気がして思わず振り向いたが、美香はさっさと遠くに行ってしまった。


「美香あいつ、今誰って行った?」

「さあ〜誰でしょうね、聞こえませんでした」


 伊緒が聞こえたのだから伊吹に聞こえなかった筈はない。絶対に気付いているが、その後話が面倒臭くなるのを嫌がって伊吹は適当な返答を返している。


「まあいいや。それより伊緒、前から聞こうと思ってたんだけど」

「?」

「お前最近、偶にどこ行ってんだ?家に帰って来ない時あるだろ」

「お友達の家に泊まってるって聞きましたよ〜」


 伊吹は今日の事で大体察している筈なのに、あえて伊緒が適当に使っている言い訳を先んじて言い放った。


「友達……って、桐谷さんとかか?」

「さあ〜私はそこは知りませんけどね〜。今度写真でも取って送ってもらえば良いんじゃないですか?」

「それ良いな」


 伊吹はいたずらやからかいのつもりで言っているのかも知れないが、伊緒もそれはそれで面白いかも知れない、と少しだけ考えるのだった。上手く行けば今後の言い訳にも都合良く使える事だ。


 こちら向けてこっそりいたずらっ子は笑顔を向ける伊吹に、伊緒はそっと微笑みを返してみせた。

視点が違えば価値観も違う。


因みに作者は八方美人やあざといのは、創作なら好きです。リアルはいつも黒いからやだ。

でも伊吹は作者のお気に入りだったり。

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― 新着の感想 ―
つまり、四ノ宮の身内にほとんどは自己中な奴か 妹と星野はこんな感じだし そして、娘のことを何もわかってない両親も うわ、まともな人間はいない
伊吹、お気に入りなんですね。。。 私は、この作品中で、一番嫌いなタイプです。強者の立場、自分は安全な立場で、他人の迷惑顧みず、他人を踏みにじることにも無頓着。 自分の気に入らない相手は、ナチュラル…
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