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第36話 言い訳

 少し白んだ空を眺めていると、頼んでいたコーヒーと妙に量が多いスフレチーズケーキが運ばれてきた。


 内心で「どっちが食うんだこれ……」と困惑していると、四ノ宮姉妹が取り皿を使ってシェアし始めてちょっとだけホッとした。


「あ、食べます?」

「いや、遠慮しとく」


 彼女たちに比べると随分控えめなパンケーキが遅れて俺の前に置かれた。


「えーと、改めて私、四ノ宮伊吹って言います、中学3年生の15歳です。どーぞよろしく」

「伊吹さんね」

「呼び捨てで良いですよ〜」

「あ、そう。じゃあよろしく、伊吹」

「!?」 

「はいはい、よろです」


 四ノ宮が目を見開いたが、俺の自分で少し驚いた。年下が相手だからか、特に名前で呼ぶことにも抵抗がなかった。


「俺は赤瀬理桜、君のお姉さんのクラスメイトだよ」

「…………恋人じゃないんですか?」

「まだクラスメイト」

「まだってことは付き合う予定が?」

「予定があったらとっくに付き合ってるだろ……」

「大方ゆうくんの事で色々あったんでしょうね〜何となくお察ししますよ〜」


 若干違うと言いたいところだけど、実際六割くらいはそれもあるから別に間違ってないか。


 それはともかく「ゆうくん」とは、この子が勝手に呼んでるだけなのか、それとも星野と仲が良いのだろうか?


「ま、ゆうくんの事はどうでも良いんで、ちょっとお聞きしたい事があるんですけど」

「聞きたいこと?」

「……理桜さんって……赤瀬詩織先輩となにかご関係が?」


 ……なんでなんだ?何処に行っても姉さんの名前聞くんだけど。


「それは多分、俺の姉だけど……。先輩?」

「えっ、お姉さん……?にしては似てないですね」

「いや、結構似てるよ。ほら」


 言いながら、俺は軽く前髪を上げて見せた。


「「っ!?」」


 姉の名前が出て気を抜いていたからか、迂闊な行動だと気づいたのは二人が思い切り目を見開いてからだった。


「……それで、姉さんと知り合いなのか?」

「い、いや普通に話進めないで貰って良いですかね!なんか今の顔すっごい見覚えあるんですけど」


 お願いだから誤魔化させて下さい。


「気の所為だよ。それより……」

「それよりじゃないですって!」

「……気の所為じゃない……」

「絶対何かの広告で見かけた……」

「あぁもう、めんどくさい……。その話は後にして、てか見逃してくれよ」

「わー……理桜さんがすっごい不機嫌になった」


 そりゃ不機嫌にもなるさ。踏み込まれたくない……とまでは言わないけど、そうなった経緯を一々説明するのはとっても面倒臭いんだから。


「(てかめちゃくちゃカッコイイじゃんこの人、ゆうくんには靡かないのにお姉ちゃんって案外面食いなんだ)」

「(違っ、ただ好きな人が格好良かっただけで……)」

「それはそれでじゃない?」

「……何をコソコソ話してんの……?」


 思ったよりも仲の良い姉妹なのかもしれない。

 ……こんな子でも、花ヶ崎のことは嫌ってたりするのか……?


「あ、それで……赤瀬先輩の事ですよね?」

「何となく予想は付いてるけど」

「中学校の先輩だったんですけど、私あの人……その、ちょっと苦手で……」


 やっぱりそうか。今三年生なら新入生だった時に出会っていてもおかしく無い。ちょっとギャルっぽい雰囲気に反して中学校に受験して入ってるんだから頭はいいんだろうな。


「……姉だからって気遣わなくていいよ。正直に言ってみな」

「あの人スッゴイ怖かったんです。理桜さんのフルネーム聞いた時、自分の言動振り返って冷や汗が……」


 恋人かどうかを聞いてきた時に妙な間があると思ったら、そんな事考えてたのか。


「分かるよその気持ち、中学の時の姉さんはトゲトゲしてたもんな」

「部活一緒だったんですけど、副部長なのに部長が逆らえないのものすっごい光景でした」

「容易に想像できるな……」

「……詩織先輩、優しい人だったのに」

「四ノ宮は大丈夫だよ、姉さんは第一印象が良い相手には普通に接するから」


 因みに弟である俺には常に威厳のある姿を見せてくれるが、何をするにしても俺に拒否権が無いので横暴だと思ってしまう。

 ……ちゃんと、弟想いの優しいお姉様ではあるけどね。


「まあ伊吹は……別に姉さんと会う機会ももうないだろうし、気にしなくて良いんじゃないかな」

「理桜さんとお姉ちゃんに関わりがある間は会う可能性あるんじゃ……?」

「うーん……姉さんが部活の後輩の顔と名前忘れる訳無いし、怒られた事とかあるの?」

「わ、私は無いですけど」

「……苦手意識は、持たなくても大丈夫……だと思う。基本的に、優しい人……だから」


 圧がない訳では無いが、四ノ宮の言う通り基本的には優しい。


「割と嫌われるお姉ちゃんがそう言うなら、大丈夫かなぁ……」

「…………」

「理桜さんも否定しないんですね」


 ごめん四ノ宮、俺も中学の時の君は割と嫌われてる印象が強かったからあんまり否定できない。

 だって、最近の秋村とか桐谷さんとかと仲良くしてる姿を見て星野ですら嬉しい様な悲しいような、複雑な気持ちになるくらいなんだから。


「まーお姉ちゃんって特別感というか、すごい人っぽい雰囲気があるだけで、あんま魅力的な女の人って感じじゃないもんね〜」

「……」

「辛辣……」

「だって実際、理桜さんだってお姉ちゃんに色々アプローチされてても相手にしてないんでしょ〜?」


 実の姉妹と言うだけあって、伊吹はある意味で四ノ宮の事をよく分かっている。

 四ノ宮伊緒は良くも悪くも、雰囲気からは想像出来ないくらい普通……年頃の、ちょっとだけズレてる部分も見える程度の少女だ。


 ……俺は咲智さんとか桐谷さんの方が普通とは言い難いと思ってるよ。 


 なんて、思慮に浸っていると四ノ宮が不安そうな表情を俺に向けていた。それを見て俺は思わず笑ってしまった。


「……別に、四ノ宮に魅力が無いと思った事はないよ、そんな顔しなくても大丈夫だって」

「赤瀬くん……」

「え〜具体的に、例えばどこに魅力感じる時あるんですか〜?」

「例えなら、体育で走ってる時とかかな」

「……えぇ?」

「ほら、当たり前のことだとは思うけど、自分の好きな事頑張ってる人って綺麗だしカッコイイし魅力的だって感じるよな」

「ものすっごい客観的な意見ですね」


 普通に聞いたら、確かにそう聞こえるかも知れない。

 でも──


「……俺には、そういうの無いからさ」

「「………」」


 真面目な話、自分の好きな事に本気で向き合ってるとか、何かの目的に必死になっている人を見ると支えてやりたいとか、一緒に居てあげたいと思う。


 だから多分、俺の目には花ヶ崎とか咲智さんが魅力的に映るんだと思う。


 ……俺には好きな事とか趣味とか頑張りたいと思ってる事がないから、誰かの感動をエミュレートする事で自分を満たそうとしている節がある。


 ただ、その「好きな事」が俺自身に向いてくると一歩引いてしまう。

 四ノ宮の告白に対しての返答が誤解されても、その誤解を解こうとしなかった様に。

 だって俺自身の事で感動されても、俺は共感出来ないから。


「趣味とか無いんですか〜?」


そう聞かれて真っ先に思い付くのはスイーツ作りだが、元々はやりたくてやってた訳じゃないし、好きではあるかも知れないけど一人暮らしになってやらなくなってからは、本当にやらなくなった。

出来る環境があればもしかしたらやるかも知れないけど、環境を自分で作ろうとしない辺り、そこまでの本気度はない。

 

「……趣味は無い、かな。それはともかく、別に四ノ宮に魅力が無いとは思わないよ。俺はただ……」

「……ただ、何?」


 自分の意思で何かをするって、あまりして来なかった。誰かに頼まれてとか、誰かが困っててとか、そういう時に自分の良心に従って行動することはあったけれど、何かを好きでやりたいと思ったり、自分の意思とかワガママを通したりとかして来なかった。


 自分で言うのもおかしいが、割と何でも要領良く人並み以上に出来てしまう質だ。

 必死になって頑張ったり、苦手を克服したり、なんてそんな事とは無縁だった。

 だって何やっても出来てるし、必要なだけの評価もされてる。


 小さい頃は何をやるにしても真面目に、ちゃんとやってたと思う。

 ……ただ俺が一番じゃないってだけで。


 今だって、別に真面目にやってない事はない。ちゃんと、真面目に、評価される分だけはやってる。

 本気で、全力で、必死にやってる訳では無いけど。

 別にいいじゃん、それでも疲れる時は疲れるんだし。


 俺は小さい頃から勉強とか競走とかで一位になったことがない。

 いつも高い評価はされるけど、二番目以下。

 ……本気で、全力でやっても、適当に、ほどほどにやっても結果は同じだった。


 だから楽な方を選んだ。結果が同じなら、そりゃ楽な方が良い。


 だから一位になれない。だって全力じゃないから。

 全力なら一位になれる“かも知れない”と思って居られる方が、少し心が軽くなる。


 二番目で何が悪い、十分以上の結果だろうに。


 そう思って横を見ると、いつも一番凄いやつが居る。


 そういう奴と話してみるといつも感じる。

 こいつは充実してるんだな、何だかんだ言って頑張ってんだな、努力してるんだなって。

 ……俺よりよっぽど、人間味のある人格をしてるんだなって。

 素直に感心、尊敬する事はあっても嫉妬することは無い。俺も同じくらいやれば抜かせるって、心の何処かで思ってるから。でも何故か実行はしない、行動には移さない。


 俺は自分を自慢しない、傲慢にならない、卑下しない、謙遜しない。そうならない様にしている。

 事実を連ねることはあっても、事実と違う自己評価はしない様にしているつもりだ。


 自分を嫌いだと思った事は一度も無い、けれど俺は……赤瀬理桜という少年を好きになる感情を理解できない。


「俺はただ、自分がどんな人間なのかを分かってるつもりだから、俺を好きになる人の気持ちがよく分からないってだけ」


 ……こんな自分に、少しだけ劣等感を覚えることがあるけど、それは本当に些細な事でしかない。

これが赤瀬くんが面倒臭い理由。

なにより、自分の性格に自覚があることが一番面倒臭い。なんでこんなのがラブコメの主人公やってんだか。

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― 新着の感想 ―
なるほど。 あまりにも半端なことばかりしていて主人公のことがいまいち好きになれない、というより嫌いだったんですが、納得しました。
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