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第28話 食い違い

今回、赤瀬くんへのご褒美会かも知れない(笑)

「えー……と、それじゃあ、6月に入ったらすぐの体育祭の出場競技とか準備の話し合いなんだけど……皆参加出来そうだね」


 今日帰って、明日学校が終わったらゴールデンウィークの10連休が始まる。


 俺にとっては若干の不安が募る連休であり、バイト先の喫茶店は店長の才羽さん……ではなく店主である奥さんの都合でしばらく店が閉まっている。

 何があったのか、詳しいことはまだ聞けてない。


 それはそうと、大体一ヶ月ほど先に体育祭があり、それについての話し合いをするとのこと。

 話し合いを進めるのは四月の半ば頃に決められた学級委員の桐谷さんだ。


 昼休みに体育祭実行委員の上級生が持って来た資料を見ながら、俺は黒板に競技の種類や参加人数を書き出して行く。

 ……学級委員を決める話し合いは、居眠りしてたら何故か書記として決まっていた。


 真っ先に委員長として選ばれた桐谷さんのいたずら推薦だと知った時は、何とも言えない気持ちになったよ。


「それで、リレーについて言っておくと、学年対抗リレーが女子の全員参加で、同学年内でクラス毎に順番を決める。で、クラス対抗リレーは全クラスの選抜四人で争うって感じ、こっちは男子が話し合って決めてね」

「ま、二人は確定してそうだけど」


 桐谷さんの司会に、副委員長の秋村がぼそっと返した。桐谷さんはくすりと小さく笑って、話の続きをしていく。


「……二人って誰?」


 俺がこっそり秋村に聞き返すと、彼女はしゃがむように仕草をしてきた。

 立ったままだと身長差があり過ぎて耳打ちが出来ないからだろう。俺は平均よりもちょっと低いくらいくらいだけど、秋村さんは明らかに150センチに満たないから仕方ない。


「赤瀬と星野」

「……星野はともかく俺も?」

「体力テストの成績見た感じ、固いよ」

「……頑張れよ陸上部……」

「長距離得意なのは多いみたい」

「あー……そっちか」


 成る程と一人納得して、再度黒板に向き直った。


 高校生の話し合いと言っても案外スムーズに進んでいた。ちょっとびっくりしたのが、桐谷さんがクラスのほぼ全員の運動における得意不得意を把握していた事で、彼女自身はそれこそ体力テストで学年一位の成績だった……と秋村に教えてもらった。


 俺は大人しく黒板と向き合ってチョークで手を白くしていただけだが、秋村と桐谷さんのお陰で全体の話し合いは一時間と経たずに終わり、それこそリレーのメンバーなんかの話も滞りなく進んだ。


「んーと、後なにか決めておく事とかあったかな?」

「いや、大丈夫じゃない?」

「じゃ、今日は解散だね。お疲れ様でした」


 桐谷さんの号令で話し合いは終わり、各々が行動をし始めた。


 俺は決まった事を軽く纏めてメモしておき、提出するように言われた書類への必要な記入を済ませてから黒板に書いた物を消した。


「お疲れさま。ごめんね、書き物全部任せちゃって」


 提出物は秋村が職員室に持って行き、俺と桐谷さんが二人きりで教室に居た。


「書記ってそういう役割なんだけど」

「その役割も押し付けちゃった奴だから」

「いいよ別に、一番前の席で居眠りしてた俺が悪いし」


 今の生活に慣れてなかったから、あの時は本当に疲れが溜まっていたんだと思う。


「それじゃ、弥生が帰って来たら私達も解散だね」

「……秋村って職員室行くとすぐ先生に捕まるよな」

「あはは、手伝わされやすいの、なんでかな」

「事務仕事得意なのか?」


 何気なく聞いてみたら、桐谷さんは小さく首を傾げた。


「どうだろうね、中学校ではどうだったんだろ?」

「あー……そういや知らないのか。桐谷さんって中学時代は海外だろ?今日の司会みたいなのって慣れてたの?」

「ううん、全然。もしかしたら初めてやったくらいかも」

「そうなの?かなりスムーズだったから慣れてると思ってた。教卓に立つのって意味もなく緊張しない?」

「……ふふっ」

「?」


 窓際に立っていた桐谷さんは上品な仕草で微笑むと、俺の隣の席に腰を下ろした。


「正直言うと緊張はしなかったかな。赤瀬くんが後ろに居てくれたから」

「俺なんかした……?」

「私が上手く出来なくても、何だかんだフォローして纏めてくれるでしょ?」

「……いや、桐谷さん要領良いし、大丈夫だと思うけど。後ろで見てて安心感あったし」

「そう言ってくれるのは嬉しい……けど」


 不意に席を立ち、桐谷さんは俺の机に腰掛けた。


「ね、今更な気もするんだけど……なんで私だけ桐谷“さん”なの?」

「え、あぁ……。なんだろうな?大人びたイメージがあるから自然と出るだけだよ」

「最初は皆にさん付けだったのに、気付いたら呼び捨てしてるんだもん、ちょっと嫉妬しちゃうよ?」

「……君にそう言われると困るんだけど……」


 あまり気にした事が無かったな、春宮と秋村の二人に関してはいつの間にか距離が近づいていたから。

 桐谷さんはどれだけ近くても大体は隣の席までだ。

 ……ここまでの距離は……てか、なんか物理的に近いぞ。


「……ところで、伊緒さんとはどうだったの?」

「えっ、どうって?」

「惚けてもだめだよ、ちゃんと本人に聞いてるから」

「なら分かるだろ……」

「うん、聞いた。()()()()()()()()()んだよね?」

「…………?」


 あれぇ?なんか認識が違う。


「君、伊緒さんに『惚れさせてみろ』って言ったんでしょ?」


 言ってないよ、なんの話してんの?


 確かに俺は「好きにしてくれ」とは言った。俺が何を言っても……それこそ真正面から断ったとしても、姉さん辺りに詰められる様な気がしたから。

 それがまさか「好きなだけロアプローチして惚れさせてみろ」という解釈になっているなんて、誰が思うんだ。


 どおりで、距離は近いのにめちゃくちゃ積極的って訳じゃないから若干不思議だったんだよ。

 安心して日々を過ごしてるのかと思ったら、まだ何か考えてるのか。


「……ね、それなら私も好きにして良いよね」

「…………えっ……………え?」

「さっきの話の続き、しよっか」

「なっ、何?はあ?」


 俺にはこの美人さんが何を考えているのか全く分からないよ、誰が助けてくれ。


「私、キミが女の子を名前で呼んでるの見たことない気がするな……」

「え?いや……」


 …………さっきの話って、そう言うこと……?


「ほら、私のこと名前で呼んで?」

「……い、いや…」


 腰まで伸びた長い黒髪が窓から吹く風に少し靡いて、整った顔立ちはとても大人びているのに、少しあざとさのある笑みを見せた。


「……理桜くん?」


 まだこれは、相手の名前を呼ぶだけなのに、この雰囲気はまるで───


「……梓」

「っ……ん」


 あ……この空気、マジでだめだ。

 柔らかく微笑む桐谷さんから目を逸らし、妙に熱くなった顔を背けた。


「このくらいで赤くなんないでよ」

「……勘弁して……。弄ぶなよ」

「そんな事してないよ。理桜くんが純情過ぎるだけじゃないかな?」

「からかうなって、あと……それ続けんの?」

「今のうちに慣れておいて良いんだよ、理桜くん?」


 …………ほんっとに止めてくれ……。

 俺のことを名前で呼ぶ人は小さい頃からの知り合いだけなんだ。


「あれ?弥生ちゃん何して──」

「うひゃあっ!?」

「っ……!?」

「……戻って来ちゃったかな」

「…………」


 廊下がなにやら騒がしくなり、少しして秋村と花ヶ崎が教室に入って来た。


「なんでコソコソ隠れてたの?」

「だ、だって……!なんか梓が赤瀬のことからかってイチャイチャしてるから!」

「……え?」

「私からかってないよ、真面目に理桜くんは良いなって思ってる」

()()()()……?」


 あーあ……なんだかな。

 中学時代の静かな日々に戻りたい……。


「ふふっ、ちょっと不公平かな?実はね──」


 桐谷さんはどこか上機嫌な様子で、事の発端である自身が四ノ宮とした話を簡潔にしてくれた。


 俺の予想とは少し違い、どうやら四ノ宮は俺が彼女の好意を受け入れた事は理解しているらしい。


 その上で、自分を好きになって欲しいと思っているのだとか。

 それもある意味、四ノ宮なりの決意表明なのかも知れないし、ある種、俺の周りに居る女子への牽制でもあるのかも知れない。


 ………まあ、モロに裏目に出たみたいだけど。


 花ヶ崎は事の顛末を聞いて、複雑な表情で呟きを零した。


「……そういう所だよ、赤瀬。……あんまり希望持たせることしないでよ、ばか」

「……やっぱり、美香さんはそうじゃないかなって、ちょっと思ってたんだ」


 頼むから俺じゃなくて星野の方に行ってくれ。


 ……本当に俺の手に負えないじゃん、なんだよこれ。


「……赤瀬、なんか大変だね」

「秋村……他人事だと思って雑な感想言うくらいなら、こいつら止めて」

「無理無理、人の恋は理屈じゃないから」


 そう言い残して、秋村は一人教室を去って行った。

 俺を置いていかないでよ、ねえ。

あざとい!!あざといぞ桐谷さん!!

赤瀬との距離はこうやって詰めるんだよ、分かったか四ノ宮。


一回でも「幼馴染み」という単語で紹介されたんなら、ヒロインレースに入らないと思うなよ。脱落できるとも思うなよ。

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― 新着の感想 ―
花ヶ崎さん感情ぐちゃぐちゃにされてて可愛いねぇ
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