第27話 寄り道
その日は天文部の活動を一通り説明、見学させて貰ってからので、帰る前に今後の活動についての話を聞いていた。
「基本的に活動は週に三回だが、は毎日の様に完全下校の時間ギリギリまで部室に居る。特に気にせず来ると良い。……来る時は、の話だけどな」
「来なくても良い」
「……一応、バイト無い日は来ますよ。どうせ帰っても暇なんで」
……四ノ宮が来ない日は、暇してる。四ノ宮が来た時も、疲れてたら関係なく寝るけど。
「……あと、連休には天体観測に行くことがあるから、連絡はちゃんと確認しろよ」
「来なくても良い」
「バイト無かったら行きますよ」
「……律儀」
「いや、部活入ったのに行ける時サボったら姉さんに何言われるか分かんないんで……」
「そっか」
簡素に答えた咲智さんが踵を返して部室に戻ろうとすると、神里先生が咲智さんの襟首を掴んだ。
「下校時間だ、お前も帰れ」
「……」
「……じゃあ、お疲れ様でした」
「お疲れ。っておい!部室に戻るな七沢!閉めなきゃ行けないんだから帰れ!!」
……概ね愉快な部活だったな。
幸い退屈する事はなさそうだ。身体を酷使する事も無いだろうから悪くない時間かも知れない。
第一校舎に戻って教室に置いてあった荷物を手に取り、一階へ。
靴を履き替えて、昇降口のドアに触れると……その俺の手に誰かの手が触れた。
「あ、悪い」
「あぁいや……えっ、星野?」
思わず二度見してしまった相手は、ある意味でよく知る相手だった。
「……赤瀬……お前こんな時間まで何してんだ?」
「……部活だけど、そっちこそなんで学校に残って……」
「…………オレも部活だ。まだ体験入部だけどな」
「あれ?星野は部活入らないって聞いたけど」
「誰にだよ?」
「花ヶ崎」
その名前を言うと、何か考える様に星野は眉を顰めながら校舎から出て行った。
何となく気になって、俺は彼を追いかけた。
「なんだよ?」
「気にすんなよ、帰り道ほぼ一緒なんだし」
「……隣歩くな、仲良い訳じゃねえんだから」
「だから気にすんなって……。別に仲悪い訳でもないだろ」
俺にとっての星野がそうであるように、星野にとっての俺は、ただ傍から見てるだけの相手だ。
直接関わる事は殆ど無かったが、関われる機会は幾らでもあった。そうしなかったのが俺たちだ。
「……この前は、悪かった」
「ん?」
「お前がバイトしてる喫茶店で、……あっただろ」
「あぁ……別にいいよ。あの後色々トラブルがあったから、寧ろ早めに帰ってくれて助かったんだ」
どっかのいとこのせいでな!……てか、あの雑誌そろそろ発売するんだったな。
「乱入したやつに気使うなよ」
気を使ったつもりは無いのだが、星野は小さく苦笑いを浮かべた。
「……そう言えばあの時、四ノ宮のこと尾行してたのか?」
「違う、そんな訳ないだろ。四ノ宮をつけてたのは美香だ」
「え……?」
何やってんの花ヶ崎。
「あいつ俺がいくら連絡しても返して来ないから家行ったんだよ、でも出掛けてたから、仕方なく追いかけたんだ。んで、見つけたのが駅前の喫茶店の前だった」
「……そこで、俺と四ノ宮が話してるのを見つけたのか」
「それより先に、めちゃくちゃ挙動不審な美香を問い詰めた」
「なるほど……」
つまりあの状況の原因は俺か。
花ヶ崎に告白してきた相手が四ノ宮だった事ををバラさなかったら、もう少し静かに終わってたかも……。
……まあ、雪さんが来てたからあんまり関係ないか。
話していると、星野が道中でコンビニに寄ったのでそのついでに雑誌コーナーに目を通した。
……あと二冊しか残ってないのか。いや、二部って言うんだっけ。
売上次第でまたよろしくとか言われたから、丁重に断らせて………貰う予定だったんだけど、そこそこ高額な報酬に釣られてやるって言っちゃったんだよな。
プロのファッションモデルと同程度とか聞いたし、流石に釣られるって。
雪さんと一緒に撮影する事になったのは中高生向けのファッション雑誌、だから知り合いの目につく可能性もある。
「……お前、ファッション雑誌とか見るのか?」
「ん、高校入ってからだけど」
「やっぱりそういう奴多いのかな」
「まあ、そこそこ居るでしょ」
かなり適当な会話をして、雑誌を棚に戻した。
ファッション雑誌なんてまず読まないよ俺は。
買い物をする予定は無かったので、俺はそのまま星野と共にコンビニを出た。
すると、星野は持っていたレジ袋からカップのチルドコーヒーを手渡してきた。
「えっ…あ、ありがとう」
「……最近よ」
「ん?」
「伊緒の方からお前のとこに行くこと多いよな」
「…………流石に突き放すのは無理だからな…?」
「言わねえよそんな事!」
星野は強めに言ってから、考え直すように前髪を弄った。
「悪い……あんま説得力ねえな。伊緒の方が“友達だ”って前に言ってたし、あいつから行く分にはオレにも口挟めねぇよ」
「星野って、四ノ宮にはめちゃくちゃ甘いんだな」
「悪かったな!」
「でも花ヶ崎には塩対応してるよな」
いくら「四ノ宮命」って感じの星野と言えど、気付いてない訳じゃないだろう。少なくとも俺はずっとそう思ってた。
「美香って、お前のこと好きなのか?」
「はぁ……?あ、いや……。え?それ俺に聞くなよ」
一瞬何を言ってるのか分からなくなった。
てっきり俺が花ヶ崎を好きなのかどうかを確認してるのかと思ったら、逆じゃん。
「あんだけ距離近ければ少しは分かんだろ」
「……正直、まだ六割くらいは君の方に傾いてると思う」
お人好しという一面もあるが、彼女が四ノ宮を後押ししたのは俺と自分との距離をこれ以上近付けない様にする為だ。
それは四ノ宮を想うが故の行動でもあるし、自分の恋心を星野に集中させるという決意表明でもある……と俺は勝手に思っている。
「星野はさ、花ヶ崎の気持ちに応えようとは思わないのか?」
「…………思ったよ、何回も。伊緒は全くオレのこと意識してねえし」
「自覚あるんだ」
「あるに決まってんだろ、何年片想いしてると思ってんだ」
「似たような事を花ヶ崎も言ってた気がするな……」
なんにせよそれは自慢になる様な事でもないが。
「……俺が聞くのも変だけどさ」
「なんだよ?」
「星野って、何で四ノ宮のこと好きなんだ?こう言ったら悪いかもだけど、君なら他にいくらでも選択肢あるだろ?」
多分俺も人のことは言えないんだけど。
ただ、星野と違って四ノ宮じゃなきゃダメだとは全く思ってない。
花ヶ崎に一途に想われている星野を羨ましく思う感性に変化はないし……。
俺は多分、今周りに居る女子の誰と付き合っても、今と変わらない気持ちだろうから。
………そう考えると俺ちょっとクズっぽいな。
でも、星野は違う筈だ。
四ノ宮伊緒という少女に、彼女でなければいけなき何かしらの理由を見出している。
「……知って何になるんだよ。言っちまえばオレ達って恋敵だろ」
……その認識だけは本当にどうにかしてくれ。もしも恋敵という関係なのだとしたら、君はもう負けてるんだから。この状況は俺が望んだ訳じゃないから。
「……その前にクラスメイトで、ずっと同級生やってたよ。関わりがなかっただけで」
「その“関わり”って部分かなり大事だろ」
やっぱり適当な言い訳じゃだめか。なんて言えば引き出せるかな……。
「…………赤瀬お前さ、初めて伊緒と会った時、初めて見た時って……どう思った?」
その質問の意図はあまりよく分からなかったが、俺は素直に正直な感想を答えた。
「似てる、そう思ったよ」
「誰にだよ?」
「……姉さん、あといとこ、とか」
「赤瀬詩織……と?」
「……才羽雪」
他の誰にも似つかない特別な存在感、神秘性。
俺は最初、四ノ宮の事が苦手だった。
「そういやさっき見てた雑誌って……。そういう事か。なんか色々納得したわ。前に、赤瀬詩織と才羽雪が似てるって話を伊緒たちとしてたけど、いとこか……どおりで似てるわけだ」
星野はあまり驚くことは無く、納得した様に一つ頷いた。
「……オレも多分、一目惚れみたいな物だったんだと思う」
……俺別に、姉さんと似てるからって一目惚れしたりしないよ?寧ろ苦手だったんだから。なんで同じ物だと思われてんの?
「今思うと、人生観全部覆された様な気分だったんだ」
あ、まあ……その気持ちは、分かるかも知れない。
あの人たちと居ると、自分の価値観がおかしくなってくるんだよな。四ノ宮もそんな感じするよ。
「誰よりも特別に見えるのに、妙に危なっかしいんだ。オレが側に居なきゃいけないって、そう思うことが多かった」
「……それ、いつの話だよ?」
「さあ、いつからだろうな?よく覚えてねえよ。何にしたって、昔から意識はされてなかったと思うけどな」
駅前の広場に到着すると、星野はスマホで電車の時間を確認した。
それから、近くのベンチに座った。
「……この前、伊緒の部屋入ったらモロに下着姿だったんだ。それなのに、隠しもしないでぼんやりしてんだぞ?」
「……は、はぁ……?」
確かに下着姿でも何の気なしに目に入る所に入って来たけどさ……あれ、好きな人の前でやってるちょっとした作戦、とかじゃなかったのか。
普段からそうなんだな、どういう思考回路してるんだろ。
「ノックしなかったオレも悪いけどよ、いくら何でも気にしなさ過ぎじゃねえかなって。オレ訳わかんねぇ事口走ってたからな?そもそも直視できてねえっつうの」
「……」
「オレが何を言ってもどんな事しても、伊緒は欠片も意識してくれないけど……。なんでどこの誰かも知らない奴に手紙貰ったり、呼び出されたら律儀に行くんだよ」
さっき星野は、花ヶ崎の事を全く意識してない訳じゃないと言っていた。
今の星野は多分、自分が四ノ宮にされているような対応を、意図的に花ヶ崎に向けてやっている。
それはきっと、花ヶ崎が俺を意識しない様にと思って四ノ宮を後押しした事と同じだ。
一途な気持ちで接しないと振り向いてもらえないという、無意識の思い込みがあるんだろう。
テレビやネットのニュースですぐに話題になる芸能人の不倫やらなんやら。
そういう物が目に入り、徹底的に叩かれている姿を見て育っていくと、複数人の異性を好きになるなんて駄目な事だと思ってしまう。
世間的には悪くとも、俺にはそれが悪い事なのかは分からない。だってこの国でそれは犯罪ではないし。
少なくとも花ヶ崎と星野はそう在ることを嫌がって自分の二番目以降の好意に蓋をしている。
……相手を意識させれば勝ち、花ヶ崎はそう言っていたけど……。
そうも行かない相手もいる。
面倒臭いな、人の好意って。
…………俺も結構、面倒臭い側の人間か。星野達にどうこう言える権利はないな。
男子高校が二人でコンビニ寄って買い食いしながら気になる女子の話をしている。
人はこれを「青春」と言います、異論は認めません。これは青春です。
空回りしてる一途男子と、気持ちを動かす気がない女誑しです。




